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トヨタ、最先端AI開発を担うToyota Research Institute初公開、「TRI Expo」で高齢化社会、気候変動、人間理解の取り組み紹介

Toyota Research Institute CEO ギル・プラット博士(Dr. Gill Pratt)

 トヨタ自動車の研究機関であるTRI(Toyota Research Institute、トヨタリサーチインスティチュート)は2月15日(現地時間)、研究所内を初公開し現在のAI研究など最先端の取り組みを紹介する「TRI Expo」を開催した。

 TRIはトヨタ自動車が最先端のAIを研究する組織として2016年1月にアメリカ カリフォルニア州パロアルト、つまりシリコンバレーに設立。設立当初から5年間で10億ドルを投資し、自動運転のアーキテクチャ開発などを行なってきた。その後、拠点をスタンフォード大学近くのパロアルトをはじめ、マサチューセッツ州ケンブリッジ、ミシガン州アナーバーへと拡大。アメリカの西海岸、東海岸、中部とアメリカ各地に投資をしてきた。現在、アナーバーの拠点は自動運転開発ごとウーブン・コア(旧TRI-AD、2023年4月からはウーブン・プラネット改めウーブン・バイ・トヨタ傘下に)に移管し、研究段階から開発段階へと移行した自動運転車開発を行なっている。

Toyota Research Institute「TRI Expo」
アメリカ カリフォルニア州パロアルトにあるToyota Research Institute本社。近くにスタンフォード大学があり、シリコンバレー地区に位置する

 これまでトヨタの自動運転アーキテクチャ開発を担うとされてきたTRIは、より最先端の研究を行なう機関として位置付けられ、今回のTRI Expoでは高齢化社会(Aging Society)、気候変動(Climate Change)、人間理解(Human Understanding)といった問題解決のために行なっている5つの研究が紹介された。

 このTRIを率いるのがギル・プラット博士(Dr. Gill Pratt)。ギル・プラット博士は、インターネットを開発したことでも知られるDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency、米国防総省高等研究計画局)で、自律型ロボットのコンテスト「DARPA Robotics Challenge」のプログラムマネージャーなどを行ない、ロボットやAI、自動運転の先端的な開発やビジョンを示してきた。2015年9月にトヨタ自動車のエグゼクティブテクニカルアドバイザーに就任し、2016年1月に設立されたTRIのCEO(最高経営責任者)に就任した。

 ちなみにDARPA Robotics Challenge当時にGoogleでロボットカーである自動運転車のテクニカルリードマネージャーを務めていたのが、現在ウーブン・プラネット・ホールディングス(2023年4月からウーブン・バイ・トヨタ)CEOであるジェームス・カフナー(James Kuffner)氏。記者はTRI設立直後にシリコンバレーで行なわれたNVIDIAのGPU技術カンファレンス「GTC 2016」でギル・プラット博士、ジェームス・カフナー氏と話をする機会があり、自動運転車に関する考えの深さに感銘を受けたのを覚えている。

 そのGTC2016ではギル・プラット博士が講演し、豊田章男社長の4つの理想(AKIO TOYOTA'S Priorities)を紹介。安全(Safety)、環境(Environment)、誰もが使える移動手段(Mobility for All)、楽しい運転(Fun to Drive)を挙げ、この理想に共感したためトヨタと一緒に研究開発していくと語っていた。SafetyおよびEnvironmentは自動運転車開発として理解しやすい理想であったが、Mobility for AllとFun to Driveの2つの理想については、約7年がたった今、豊田章男社長とギル・プラット博士の未来を見通す力の確かさを強く感じている。

 そしてGTC2016の講演でギル・プラット博士が提唱したのが、自動運転車に関する「Chauffer(運転手)/Series Autonomy」「Guardian Angel(守護天使)/Parallel Autonomy」という考え方。Chaufferはショーファードライブなどまるで専属の運転手がいるような完全自律自動運転。もう一方のガーディアンエンジェルは、人をサポートして人に寄り添ってくれるアシストタイプの自動運転。当時、いろいろ混乱していた自動運転の意味を見事に整理し、その後の自動運転開発の世界では、ショーファーであるのかガーディアンであるのかを整理した議論が深まっていった。ギル・プラット博士の影響力の強さが見えた講演であり、この考えがCES2019でトヨタが示した「トヨタ ガーディアン」へとつながっている。

「TRI Expo」で語られたガーディアンエンジェルの背景

豊田章一郎名誉会長との記念写真

 2月15日開催の「TRI Expo」は、CEOであるギル・プラット博士のキーノートからスタート。ギル・プラット博士は2月14日に亡くなった豊田章一郎名誉会長に哀悼の意を表わし、豊田章一郎名誉会長との思い出から語り始めた。

 豊田章一郎名誉会長は2016年9月にTRIを訪問、その際に記念写真を撮影した。トヨタに偉大な貢献をし、日米関係に偉大な貢献をされたとTRI Expoを取材に訪れた世界の記者相手に紹介。笑顔が人柄を表わしているといい、「現地現物」の考え方をしっかり根付かせてくれた方であり、ミシガン州で行なった自動運転のテストドライブの際に長期的に投資をしっかりしていくことの大切さを語っていただいたという。

 ギル・プラット博士は、そうしたTRI設立の背景にあったものを紹介し、自分たちの歴史について紹介。自身がMITの学生時代に見た壁画の話、1979年に知ったガーディアンエンジェルなどについて語った。ここで紹介されたガーディアンエンジェルは、患者に寄り添うように設計されたコンピュータシステムで、医療ミスを防ぐことなどを目的としている。ミスがあった際には赤い旗を振って注意を促すようなシステムで、ギル・プラット博士は「テクノロジが人に取って代わるのではなく、人に寄り添うようなシステムでよいなと思った」と述べた。これが現在の自動運転に採り入れられているガーディアンという思想につながり、当時のガーディアンエンジェルシステムを作り出した人たちに、自動運転の分野でガーディアンエンジェルという言葉を使うことは許可を得ているとのことだ。

ガーディアンエンジェルの着想について

 ガーディアンの由来について説明後、ギル・プラット博士はトヨタの自動運転に採り入れられたトヨタ ガーディアンの考え方について説明。トヨタ ガーディアンは人の代わりになる自動運転ではなく、人とともに機能する自動運転機能になる。突発的な何かが起きた際に人の運転能力をサポートし、事故を防ぐようなシステムになっていると紹介した。

ガーディアンのサポート領域
TRIとウーブン・バイ・トヨタについて

3つの課題に対する、5つの研究

高齢化社会、気候変動、人間理解の3つの問題に5つの研究で挑む
豊田章男社長との共感について。TRI設立発表会の写真を紹介

 トヨタ ガーディアンなどこれまでの研究成果について説明後、ギル・プラット博士は現在取り組んでいる3つの問題を示した。その3つの問題は、高齢化社会、気候変動、人間理解で、この問題に取り組むために5つのコア研究をしているという。

 その5つが「エネルギーと材料」「人間中心のAI」「ヒューマンインタラクティブドライビング」「マシンラーニング研究」「ロボット工学」で、それぞれにAIなど最先端の技術を投入。TRI Expoでは実際の研究現場においてそれぞれの開発リーダーが研究内容について語った。

 ギル・プラット博士は、TRIで研究しているAIのベースになる考え方についても説明。主要なアイデアは、人に取って代わるAIではなく、AIを使って人の能力を拡張する(Amplifyng Human Beings)ことにあるという。AIの高度化と言うと、どうしても人に取って代わるシンギュラリティなどを語る人もいるが、TRIでは人に寄り添い、人の能力を拡張していくのだという。

 それは、無停止杼換式豊田自動織機(G型)が成し遂げ、トヨタが行なっているニンベンのついた自働化と同じ考え方であり、さらにそれを超えるような技術的飛躍を発見することでもあるという。ギル・プラット博士は「TRIはフロンティア(開拓者)であることが非常に重要です。それがトヨタが新しい市場を生み出す製品など、何らかの発見や飛躍的ブレークスルーにつながっていくのです」「私たちの研究は本質的に人に焦点を当てています。人々のさまざまな場面で重要となるようにAI技術を活用しようとしています。私たちはこの分野でブレークスルーを起こすために、最先端の科学技術を駆使しています。そして、その可能性は十分にあると信じています」と、TRI Expoのオープニングスピーチを結んだ。

ニンベンのついた自働化について紹介
TRI Expo Human Interactive Driving