インプレッション

アウディ「TT RS」「RS 3」(ドイツ/オマーン試乗)

5気筒エンジンの歴史

 直列4気筒に近いコンパクトさや経済性と、直列6気筒に迫るプレミアム性やスムーズさを一挙両得――要は、そんな両者の“いいとこどり”を売り物とする直列5気筒エンジンが、アウディのラインアップに初めて加えられたのは1976年のこと。すでに40年以上の歴史を持つそうしたデザインのエンジン1号機は、この年2代目となる「アウディ 100」に搭載されたのだ。

 フォルクスワーゲンの上を行くに相応しい先進技術をアピールしたいこのブランドにとって、そんな稀有でユニークなデザインの心臓は、記号性の上でもプレミアムを表現するための大きな売り物であったはず。その後、ボルボ/フォードやフィアット/アルファ ロメオ、さらにはホンダ車などにも採用例が現れ、すっかり市民権を得たかにも思えたこうしたエンジンを搭載するモデル。しかし、4気筒エンジンの進歩や世の中のダウンサイズ/レスシリンダー化の流れに押されるかのように、その後は数が減少していくことになった。それはアウディラインアップの場合も例外ではなかった。1997年には“最後の5気筒エンジン車”として生き残っていたA6/S6の生産が終了することとなったのだ。

 こうして時代の変化とともに、一度は役割を終えたかにも思えたアウディの直列5気筒エンジン。それが突如として復活を遂げたのは2009年のことだった。ハイパフォーマンス・モデルを手掛けるアウディ子会社である当時のクワトロによって開発されたのは、直噴テクノロジーとターボチャージャーを採用することで最高出力340PSを発する2.5リッターユニット。まずはTT RS、ついでRS 3とRS Q3にも搭載されたのが、改めて復活を遂げたこの“特別な高性能”を特徴とする直列5気筒エンジンであったのだ。

 ここに紹介する2代目となるTT RSと大幅なリファインが加えられたRS 3に7速DCTとの組み合わせで搭載されるのは、これまで同様の2.5リッターという排気量にターボチャージャーを備えたもの。ただし、それは前出のエンジンとは別モノとなる、改めて開発が行なわれた新世代ユニットだ。

日本では5月中旬に導入される「TT RS」と7月中旬に導入される「RS 3」に搭載する、新開発のオールアルミ製直列5気筒DOHC 2.5リッター直噴+ポート噴射ターボエンジン。最高出力294kW(400PS)/5800-7000rpm、最大トルク480Nm/1700-5850rpmを発生

 前出クワトロからアウディスポーツへと名を改めた現在のハイパフォーマンス・モデル部門が手掛けた新エンジンは、直噴とポート噴射を併用するデュアル・インジェクション方式や大容量ターボチャージャーなどの採用で、その最高出力を400PSの大台にまでアップ。同時に、低フリクション化などを徹底することで燃費性能も向上させるとともに、アルミ製クランクケースや中空クランクシャフトを採用することなどで26kgという大幅な軽量化を実現させるなど、改めて時代の要請にも応えた最新ユニットなのだ。

 こうした、アウディきってのスポーツ心臓を搭載したモデルを、日本導入に先駆けて早速チェックしてきた。フラグシップ・スーパースポーツカーであるR8とともに、アウディ・ラインアップの代表的スポーツモデルとしての役割を担うTT RSは、本社から車両を借り出しての本国ドイツでのテストドライブ。そして、新たに最新のエンジンを獲得したRS 3は、国際試乗会が開催されたオマーンでチェックを行なった。

試乗したTT RS クーペの日本での販売価格は962万円。TT RS ロードスターは978万円
エクステリアではハニカムメッシュのシングルフレームグリルや専用フロントバンパー、固定式リアスポイラーなどとともに、電子制御可変ダンパーであるアウディマグネティックライドや5アームポリゴンデザインの19インチホイールを標準装備。オプションとしてアウディの量産モデルでは初採用となるマトリクスOLED(有機発光ダイオード)テールランプも用意する

 ちなみにRS 3の場合、新エンジンの搭載と並ぶ最新モデルでのトピックが、セダンボディの追加というニュース。すでに日本でも受注がスタートしているこのモデルは、従来のハッチバックボディに加えて主にアメリカや中国など、セダン人気が高い地域への訴求も踏まえて設定したものであるという。

A3セダンとして初めてのRSモデルとなるRS 3セダン。日本では7月中旬に発売される予定で、価格は785万円(参考予定価格)
エクステリアでは専用のシングルフレームグリルやバンパー、5アームブレードデザインの19インチホイール、20mm拡げられた前輪トレッド(後輪トレッドは14mm拡大)とフレア付きのフェンダーなどを採用。ボディサイズ(欧州仕様)は4479×1802×1399mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2631mm

思わずサーキットに行きたいと思わせるTT RS

 歴代3モデルの中ではもっとも大柄ではあるものの、それでも全長が4.2mに満たないコンパクトさが特徴なのが現行TTシリーズ。フォルクスワーゲングループ最新の骨格「MQB」をベースとしながらも、そこに多くのアルミ材などを加えて開発された専用ボディを用いるなどで、今回テストしたクーペモデルではヨーロッパ仕様で1440kgという重量が発表されているのがTT RSだ。

 アウディ得意の4WDシステム「クワトロ」の威力も借りて、このモデルが叩き出す0-100km/h加速は、わずかに3.7秒とまさにスーパーカー級。なにしろ、前出の重量に400PSエンジンの組み合わせだから、ウェイト・パワーレシオは3.6kg/PSと、こちらも見事にスーパーカー級だ。

 50km/h、あるいは場所によっては30km/hという制限が課された集落部と、100km/h制限の郊外部が連続して現れるドイツならではのカントリーロードでは、そんな身軽さを生かしての脱兎のごとき強烈な加速を何度も味わえることに。DCTならではの、アクセル操作に鋭く反応するダイレクト感に富んだ駆動力発生時の印象も、スポーティな感覚をさらに上乗せしてくれた。

「直列5気筒エンジンならではの売り物」と謳われる、ちょっとばかり不協和音が混じったような独特のサウンドが耳に届くのは3800rpm以上の領域。ちなみ、最大トルクは1700-5850rpmという広い範囲で発せられるので、そんな5気筒サウンドを待つまでもなく強力な加速は「いつでもスタンバイOK」という印象だ。

 ワインディングロードではクイックさを演じながら、同時に200km/h超のアウトバーンクルージングも安定してこなすハンドリング感覚は、ボディのコンパクトさと4WDシステムの融合の威力が実感できるもの。テスト車にはオプションの電子制御式可変減衰力ダンパーが採用されていたものの、コンフォートモードを選択しても基本的な乗り味は硬めの設定。そんなところに、このモデルをブランドきってのピュアスポーツとして位置付けたいという“作者”の思いが見え隠れする。

 結果として、乗れば乗るほどに「サーキットへと連れ出したい……」と、そんな思いが募ることになったこの1台。なるほど、「生粋のピュアスポーツ」とそんなセールストークが聞こえてくるのも当然だ。

実用的なパッケージングのRS 3、その実力は?

 一方、飛び切りスパイシーなTT RSの走りは確かに魅力的でも、実質2シーターのクーペではやはり日常使いへのハードルが高い……と、そんな人にとって同じパワーパックを搭載しながら、より実用的なパッケージングの持ち主であるRS 3は気になるモデルであるはずだ。

 特に、追加されたセダンは言わば“羊の革を被った狼”そのもの。今回のテスト車は派手なグリーンの衣装を纏っていたが、ボディカラーの選択次第では鋭く尖った爪を隠しておくのは容易い事柄だろう。

 平坦な砂漠ばかりだったらどうしよう……と、そんな事前の危惧は幸いにも外れ、試乗会のために設定されたルートには100km/h超でクルージングが可能な一般道や、美しいアラビア海を見下ろすワインディングなども少なからず含まれていた。

 結果論からすれば、そんなシチュエーションで乗ったセダンとハッチバックで、ボディの違いによる印象差はほとんど実感できなかった。リアオーバーハングと全長の大きいセダンが大幅に重さを増しているようにも思えるが、実は両者の重量差はわずかに5kgに過ぎないのだ。

 一方、コンパクトクーペのTT RSに比べると、ハッチバックで70kg、セダンでは75kgの上乗せが報告されるRS 3。実際のところ、フル加速シーンでは弾かれたように加速するTT RSに比べると「わずかに刺激が薄れる」とも感じられたものの、それでも0-100km/h加速を4.1秒でこなすのだから、絶対的には文句ナシの速さの持ち主であることに変わりはない。

 5気筒サウンドを耳にしながらそんな強力加速を味わっていると、「こちらもサーキットで乗りたかったナ」と、そんな思いが沸き上がってくることに。一方、こちらは両ボディともにオプションの「マグネティックライド」を試すことはならなかったが、少々揺すられ感の強いその乗り味は、特にセダンの後席にゲストとして招かれた場合、「長時間乗るのはちょっと辛いかな」と感じられたことも事実ではあった。

 ハンドリング感覚も、シャープなコーナーへのターンイン時点などで、TT RS+αの重さを感じさせられはしたものの、基本的にはこちらもオン・ザ・レールの感覚が強いのは同様だ。

 ベースであるA3と変わらない実用的なパッケージングに、日本の環境にも相応しいサイズや取り回し性も、大きな魅力と映るのがこのモデル。いずれにしても、今回紹介したモデルたちは「RS」の記号が与えられたモデル群の中にあっても、飛び切りスパイスの効いた乗り味の持ち主であることは間違いない。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

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