インプレッション

「アウディ・ウィンターエクスペリエンス・イン・女神湖」でアウディの“クワトロ”モデル氷上&雪上一気乗り

低い速度だからこそ学べる「クルマの運転で大切なもの」とは

 クルマの運転が上手くなりたい。もっとクルマを自由に操れるようになりたい。そんなアウディオーナー向けに開催されているのが「アウディ ドライビング エクスペリエンス」だ。今回は、長野県の女神湖で氷上&雪上イベントとして開催された「アウディ・ウィンターエクスペリエンス・イン・女神湖」に参加してきた。

 このドライビングエクスペリエンス、本国ドイツでは30年以上の歴史を誇り、日本でも2001年から始まったというから、すでに17年の実績がある。ただし、今回のような氷上&雪上のイベントは3年ぶりとのこと。今回は一般向けイベントの翌日に開催されたプレス向けイベントに参加した。

2018年の女神湖は、池の水が外気で40cm凍り付いており、さらに上から水をまいて5cmの氷を追加。計45cmの氷上に雪でコースを設定してトレーニングが行なわれた

 まずは中央自動車道を走って諏訪南IC(インターチェンジ)で降り、女神湖を目指す。気温がぐんぐん下降して、女神湖に近づくにつれてマイナス表示になる。この調子だとかなりコンディションがよさそうだ。気温が上がると湖面に張った氷が解けるので、タイヤと氷の間に水が入って逆に滑りやすくなるのだ。だから、気温が低いほどに程よいグリップが得られ、運転がしやすくなる。とはいっても氷上なので、滑るのだが。

 無事、女神湖に到着してさっそく全体のブリーフィングに参加。注意事項とグループ分けを受ける。今回のメニューは「ブレーキング」「スラローム」「円旋回」「ハンドリング」を練習し、最後にハンドリング路でタイムトライアルを行なうスケジュール。

各メニューの開始時に、トレーニング内容についてブリーフィング。参加者が車両に分乗してコース確認したり、講師陣によるデモ走行を見学してから実技に入る
今回の講師を務めた加藤正将氏(左)、番場彬氏(中央)、井尻薫氏(右)

氷上ブレーキング

 まずはアウディ「S4」での氷上ブレーキング。スタートしてから約40km/hに速度を保ち、左右に置かれたパイロンの間を通過した時点でブレーキを踏み、そのまま前方にある障害物に見立てたコーンを回避するというもの。まずスタートすると、加速中とにかくタイヤが滑る。予想以上に滑るので、ブレーキング場所のパイロンまでに40km/h出るかどうかという感じ。そこからブレーキを蹴飛ばすように踏み込み、ABSが作動したまま前方の障害物コーンを左側に避ける。非常に細かくABSが作動して緩やかに減速しながらハンドルを左に切ると、何とかギリギリで障害物コーンを避けることができた。次のトライでは、今度はブレーキを踏まず、アクセルをOFFにするだけで障害物回避を行なう。すると先ほどよりも若干の余裕をもって回避することができた。ブレーキを使わないので、アウディの4輪駆動システムの前後駆動配分コントロールが精密であることを感じさせる。

氷上ブレーキングでは「S4」で約40km/hまで加速して、パイロン通過のタイミングで回避運動を開始
ブレーキングのありなしで旋回力が大きく異なる結果に
今回のトレーニング車両では、純正サイズが存在しない「Q7」以外の全車でコンチネンタルタイヤ製のウインタータイヤ「ContiVikingContact 6(コンチ バイキングコンタクト・シックス)」を装着していた

円旋回「クワトロ・ドリフト」

 続く円旋回のメニューは、半径20mほどの定常円を旋回するトレーニング。アウディでは、円旋回を別名で「クワトロ・ドリフト」と呼んでいる。クワトロとは、いわゆるアウディの4輪駆動システムのこと。このクワトロシステムによって普通の円旋回とはかなり異なる「ドリフト円旋回」ができるというのだ。まずは講師陣が模範のデモランを行ない、そのあと見よう見まねで行なうのだが、これがなかなか手強い。センターに置かれているパイロンの周りを、できるだけノーズを近づけて、ほとんどパイロンを真正面に見ながらドリフト定常円旋回する。クルマがパイロンに対して斜めになりつつドリフトして円旋回するのではなく、パイロンを時計針の中心に見立てて針のように一直線の状態を保って円旋回するのだ。アウディの4輪駆動システムだからこそできる技だ。

アウディ Q5「クワトロ・ドリフト」(3分30秒)

 試乗車両は「RS 3」「RS 7」「Q5」「Q7」だ。もともとボク自身はこの手の円旋回が苦手でほとんど練習したことがない。たまにテストコースなどを使った試乗会で行なうことがあるくらい。そのため、最初は思うようにノーズをコントロールできなかったが、ある瞬間にゼロドリフト(ステアリングが真っ直ぐでのドリフト)状態になり、真正面にパイロンを見ながら円旋回できたのだ。小さい円から大きな円まで、クワトロ・ドリフトの状態を保ちながらコントロール。アクセルは若干多めに踏み込み、後輪だけでなく前輪も大きく空転させることがコツ。さらに正確なステアリング操作も重要だ。

トレーニング序盤の「RS 3」では、はじめにESCをONの状態で試し、その後はOFFにしてみたが、時間がなくなってクワトロ・ドリフト完成には至らず
続く「RS 7」はホイールベースが長く、カウンターステアを切りながらクワトロ・ドリフト状態に近づいていく
3台目の「Q5」になるとコツがつかめ始め、円形のコース外縁付近でクワトロ・ドリフト状態が維持できるようになった
さらに走行を続け、中心のパイロン近くで小まわりのクワトロ・ドリフトも達成
車重が2.0t以上あり、マッド&スノータイヤを装着する「Q7」では、走行を開始してすぐにゆっくりとした速度でのクワトロ・ドリフトに成功
タイヤが激しく空転しながらQ7の巨体がゆったりスライドしていく不思議な光景となった

ハンドリング路

 円旋回の後はハンドリング路を走る。ハンドリング路はS字などが組み合わされた、いわゆるワインディング路。基本的に氷の路面だが、所々に雪が凍り付くように乗っていて、その部分だけ極端にμが高くなるのでグリップする。そこを通過すると、4輪のうち乗ったタイヤだけがグリップするのでクルマが不安定になり、目指す方向に曲がってくれなくなったりする。路面状況を読むことも重要なドライビングテーマとなるのだ。

 また、氷よりもグリップする雪上でスピードを出し過ぎると、その次に待ち構える鏡面のような氷上では全くグリップせず、コーナーを曲がり切れずに雪で作り上げたアウト側の土手に乗り上げて万事休す、という場面を経験することに。サーキットとは全く異なる路面μに戸惑いながらも、ある瞬間はとても上手くクルマの向きを変えられる。そのときのクルマの状態や体感値、操作、マインドなどなど、1つひとつを体験することで学び取る。この滑りやすい氷上をほんの少しドライブするだけで、クルマの運転というものの大切な心構え、トランスフォーミングしている自分というドライバーに大切なものを気付かせてくれる。低い速度という時間軸が、自分というドライバーをまるで生体離脱したかのようにしっかり俯瞰視させてくれるのだ。これまで氷上イベントには何度か足を運んでいるけれども、初めてそのようなメリットがあることに気付かされた。

ハンドリング路では「S4 アバント」「RS 6 アバント」「SQ5」「RS Q3」でトレーニング走行

 滑りやすい路面でのテクニックを習得できることはもちろんだが、自分のドライビング能力を静観視し、今できることへの備えを知ることができる。アウディ ドライビング エクスペリエンスの安全に対する考え方の深さを見た気がする。その充実したプログラムを支えているのが優秀な講師陣だ。やはりこのようなイベントでは講師の質が問われる。デモランなどで見せることも大事だが、言語でしっかりと伝えることが重要。そのためには深い知見と思いやりがなくてはいけない。アウディの目に適う講師陣はホンモノである。

 後半に実施されたタイムトライアルのことはさて置いて(笑)、その後も直線路を使ったスラロームを行ったりするなど密度の濃いプログラム。そしてアウディ・クワトロシステムの信頼性に感心したイベントだった。来年もあれば、また参加したい。

S4でのスラローム走行

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在63歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

http://www.matsuda-hideshi.com/

Photo:堤晋一