試乗レポート

アウディの新型「S3」、コーナーが楽しいオンロードで最高のスポーツセダン

場面を選ばずに走りやすいエンジン

 梅雨に入る前の箱根に間にあった。フルモデルチェンジしたアウディ「A3」「S3」に乗るチャンスを得た。

 S3はセダンとスポーツバックのボディがあるが、今回試乗したのはセダンの方。ボディサイズは4505×1815×1415mm(全長×全幅×全高)でアウディシリーズの中ではコンパクトだが、日本で使い切るにはちょうどいいサイズだ。しかも室内は結構広く、身長170cmの筆者がドラポジをとっても後席は十分なスペースがある。

 後席について触れておくとレッグルームは余裕があり、つま先も前席の下に入るのでセダンとしてちょうどいい空間を確保している。シートサイズはそれほど大きくないが、友人や家族で移動するのに不自由はないだろう。前席はSシリーズらしくサポート性を重視したドライビングシートで、サイズもホールド感も高い。クルマとの一体感を抱かせるものだ。

今回試乗したのは5月に発売された新型A3シリーズのうち、パフォーマンスモデルの「S3 セダン」(661万円)。ボディサイズは4505×1815×1415mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2630mm
新型S3ではボンネットの先端に往年の「Audi quattro」を彷彿とさせるデザインのスリットを備えるとともに、ハニカムパターンのシングルフレームグリルや大型のエアインテークを備えたフロントバンパー、専用デザインのリアディフューザー、左右4本出しのテールパイプなどによってスポーティさをブラッシュアップ。タイヤはピレリ「P ZERO」(225/40R18)をチョイスし、サスペンションはフロントがマクファーソンストラット、リアが4リンクで、ベースモデルに比べて車高を15mm低く設定
インテリアは黒を基調にスポーツシートを採用するなど、プレミアムスポーツの雰囲気を強調したもの。新型S3には12.3インチのバーチャルコックピットプラスが標準装備される。ドライブモードは「Efficiency」「Comfort」「Auto」「Dynamic」「Individual」から選択可能

 S3に積まれる2.0リッターターボエンジンは228kW(310PS)/400NmとこれまでよりもパワーアップされたDNF型。A3 セダン(40TSFI quattro)が搭載する2.0リッターターボのDNN型エンジンとはボア×ストロークが共通だがこちらは140kW(190PS)/320Nmで、低中速回転での出力特性を重視したエンジンになる。

 イグニッションスイッチを押すとエンジンが硬質な回転フィールで始動する。雑な振動も少なくアウディの高性能エンジンらしい回り方だ。低回転から出力があって常にパワーバンドに入ろうとする力強さがあり頼もしい。

 このエンジンが本領を発揮するのは、高回転まで回した時だ。アクセルを踏み込むとストレートにレッドゾーンに飛び込むような勢いがあり、さすがにターボを使い慣れたアウディらしいスポーツエンジンだ。しかも高回転でも振動は小さく、シュンと回る気持ちよさを持つ。エンジン特性は最高出力回転域が5450-6500rpm、トルクは2000-5450rpmとなっており、高回転型でありながら低回転でも粛々と粘り強く出力を出す柔軟性を持ち、場面を選ばずに走りやすい。

S3が搭載する直列4気筒DOHC 2.0リッターターボエンジンは最高出力228kW(310PS)/5450-6500rpm、最大トルク400Nm(40.8kgfm)/2000-5450rpmを発生。WLTCモード燃費は11.6km/L

 トランスミッションはデュアルクラッチ方式の7速Sトロニック。駐車場で使うようなタイヤ半回転という微低速ではアクセルに過敏に反応するので使いにくいが、それでもかつてほどデリケートに扱わなくても済むのはありがたい。一方、ギヤレシオは同じ2.0リッターターボの40TSFIとは幾分異なり、クロスレシオ化が図られている。

Dynamicモードの懐の深さ

 試乗車には11万円で選べるオプションのダンピングコントロールサスペンションが装備されていた。ダッシュボード左側にある独立スイッチのドライブモードはEfficiency、Comfort、Auto、Dynamic、Individualの5つのモードから選択でき、またシフトスイッチからDモードとSモード、さらにパドルシフトを操作するとマニュアルモードに切り替わる。マニアックに多彩な変化を楽しめるのもSシリーズらしい。

 通常はAutoにしておけば操舵力、ドライブトレーン系、サスペンションはその場に応じた乗り味を提供してくれるが、S3はオンロードでのスポーツドライブを趣向としているので基本的にバネの硬さもあって荒れた路面では突き上げ感はある。それでもドタバタしたところはなく、シャキっとしたスポーツセダンらしい乗り心地だ。

 AutoからDynamicに変更した途端にS3は完全にスポーツカーになる。ダイナミックなエクステリアの中でもひときわ目立つリアのディフューザーの左右に配置された4本のエキゾーストパイプのうち2本のマフラーのフラップが開き、湿っぽくいかにもパワフルな音が響く。それだけでも元気が出てくるようなスポーツエンジンの音だ。さらにショックアブソーバーはグンと引き締められ、路面の凹凸を正直に伝えてくる。操舵力も一段重くなるがスポーツドライブにはちょうどいい補舵力となる。

 アクセルレスポンスも鋭くなり、エンジン回転は高回転まで維持し、いつでも大きな出力をデリバリーしてくれる。またシフトも多少ショックを伴いながら素早い変速で気持ちも盛り上がる。

 さらにコーナーでの姿勢安定性にはびっくりした。少ないロールもさることながらライントレース性が抜群なのだ。S3のクワトロシステムは巧妙なトルク配分でグイグイと曲がっていく。それも無理に旋回していく感じではなく、針の穴を通すような正確なラインに乗るのが素晴らしい。一度ハンドルを切ると滅多なことでは修正を加えることはない。リアのウイッシュボーンによる独立懸架もピレリ「P ZERO」(225/40R18)の接地状態を正確に保っている。ボディのサイズ感もつかみやすく、コーナーが楽しいオンロードで最高のスポーツセダンの1台だ。

 ちなみに、Dynamicでの乗り心地はかなり硬くなるが、コーナリング中に斜めに通過したギャップもスムーズに上下収束し、リアの挙動が乱れることはなかった。このショックアブソーバーの減衰力可変システムはバルブ調整で行なわれるが、非常に反応が早くてダイレクト感があり可変範囲も巧みにチューニングされているのが嬉しい。アウディ得意の磁気を応用したマグネティックライドでないが勝るとも劣らない。

 シフトスイッチでSモードを選択すると、Dynamicと同様にエンジンも高回転をキープするのですぐに出力がほしい場合に向いている。また変速も素早くなるのも同様だ。この簡単な操作でもスポーツセダンらしい所作を楽しめるが、自分でギヤを積極的に選べるパドルシフトはやはり面白い。パドルを使うと積極的にドライブに関与でき、S3との付き合いも深くなる。

 S3はComfortかAutoモードにしてノンビリと乗れば、それに応えてクルマ側もリラックスして走ってくれるが、素晴らしいのはDynamicモードにしてアウディの本領を発揮した時の懐の深さだ。アウディの伝統を感じさせるターボエンジン、それを受け止めるボディ、サスペンション、そしてクワトロ。全てがドライバーの期待に応えるように背筋が伸びる。そのパフォーマンスを体感して改めてアウディの真骨頂に触れた思いがする。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛