インプレッション

ホンダ「クラリティ フューエル セル」

5名乗車という合理的なパッケージングを実現したクラリティ フューエル セル

 世界初の量産型燃料電池車として、トヨタ自動車「ミライ」が発売されてから1年4カ月。率直なところ、「あれから結構待たされたナ……」とそんな思いを禁じ得ないタイミングで発売されたのが、本田技研工業の燃料電池車「クラリティ フューエル セル」だ。

 ただし、日本国内での初年度計画台数が200台程度としてローンチされたこのモデルの場合、発売となってもミライのように個人がディーラーに出向いて購入というわけにはいかない。「導入初年度は自治体や企業を中心にリースを行ない、その後の状況を見て個人ユーザーへの販売を行なう予定」と、まるで首を長くしてそのデビューを待ちわびていた人の気持ちに釘を刺すかのように、発表のニュースリリースにはそんな一文が加えられているからだ。

 あくまでも試験的な市場導入に留まった2008年発表の従来型「FCXクラリティ」。それに続いて、今回もまたリース販売という方法が採られたことは、個人的にはちょっと残念に思う。もっとも、建前上は「誰でも買える」というミライの場合でも、いざ購入となれば現時点で注文を入れても納車は2019年以降になるとのこと。それはひとえに生産能力ゆえの事情とされているが、こちらもまた、これで「量産」と言えるのか!? と、そんな疑問が拭えないでもないわけだ。

 それはともかく、いずれにしてもかつては世界のメーカーがこぞって開発にしのぎを削った燃料電池車も、結局のところ現時点で“モノ”になったのはこの2台のみ。もちろん、それがともに日本メーカーの作であることは、ためらいなく誇れる事柄であることだけは間違いない。

クラリティ フューエル セルのボディサイズは4915×1875×1480mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2750mm。車両重量は1890kg。同じ燃料電池車のトヨタ「ミライ」が4名乗車であるのに対し、クラリティ フューエル セルは5名乗車として使い勝手を高めているのがポイントの1つ。ちなみにミライのボディサイズは4890×1815×1535mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2780mmとなる。クラリティ フューエル セルの価格は766万円だが、導入初年度は自治体や企業などを中心にしたリース販売で、その後個人ユーザーへの販売も行なう予定
先進的なデザインのエクステリアでは、タイヤやホイールハウスなどで発生する乱流を抑制することを目的に、前後輪の前側に走行風を取り込んで乱流の発生を抑えるエアカーテンを採用するとともに、リアタイヤカバーも装備。タイヤはブリヂストン「エコピア EP160」(タイヤサイズ:235/45 R18 94W)。ヘッドライトはハイビーム3灯とロービーム6灯のすべてにLEDを採用する「9灯式フルLEDヘッドライト」を標準装備する。そのほかフロントウィンドウに単眼カメラ、フロントグリルにミリ波レーダーを備え、衝突軽減ブレーキ(CMBS)、渋滞追従機能付ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)、LKAS(車線維持支援システム)といった機能を持つ「Honda SENSING」で安全性を高めている
助手席側のリアフェンダー部に水素の充填口が、運転席側のリアフェンダー部には発電した電気を出力するチャデモ規格の外部給電ポートがそれぞれ備わる。外部給電ポートなので充電することはできない。70MPaの高圧水素貯蔵タンクを搭載し、3分程度の充填で約750kmの走行が可能という

 果たしてこれがスタイリッシュと呼べるのか否か!? かくも意見が分かれそうなルックスではあるものの、クラリティ フューエル セルがミライ以上に「エアロダイナミクスに注力した造形の持ち主」であることは間違いなさそうだ。

 実はこのモデル、抵抗係数や揚力係数など空力にまつわる数値データは公表されていない。担当エンジニア氏に問うたところ、「そうした数値は測定用風洞によるバラ付きが無視できないため、誤解を避けるために現在は公表を行なっていない」というのがその理由であるという。

 それでも、前輪はもとより後輪側にもエアカーテンを採用し、ルーフサイド部分のモールを廃して段差をなくした上で、目に見えない床下全面までを整流用のカバーで覆うといった、きめ細かな対策を施しているこのモデルの空力性能が優れていないはずがない。スタイリッシュか否かはまた別問題として、プロポーションそのものはすこぶる流麗なクラリティ フューエル セルの空力性能が、世界トップレベルにあることは間違いナシだ。

 ミライの場合と同様に、「これがクルマの基本形であるから」というフレーズを用いつつ、この時代に敢えて4ドアセダンのパッケージを選択したのは、やはり当然官公庁への納入も考えての事情もあるはず。「キャノピー風のデザインを強調したかったので、ルーフ部分をブラックで塗り分けた」としつつも、せっかくのそんな狙いを台無しにしてしまう(!)ブラックのボディカラーを設定したのも、理由は同様と考えられる。

 そんなクラリティ フューエル セルのボディサイズは先発のミライに比べると、全長と全幅がやや大きい一方で、全高は55mmと明確なマイナスという関係。だが、その程度の差とは信じられない思いを抱くのは、リアシートへと乗り込んだ時。「こんなに大きなセダンなのにどうして?」と、そんな疑問を抱かざるを得ないほど、特に足下空間がタイトなミライに比べると、クラリティ フューエル セルの後席スペースは遥かに余裕が大きいのだ。そう、より合理的なパッケージングを実現させたことこそが、ミライに対するクラリティ フューエル セルの明確なアドバンテージの1つ。

撮影車のインテリアカラーはプラチナムグレー。そのほかブラックも設定する。シート表皮は本革とプライムスムースを使い分けるコンビネーションタイプとなる。なお、運転席、助手席、左右後席にシートヒーターが備わる
ハイデッキセンターコンソールにはエレクトリックギアセレクターが備わり、前方には加速時の応答性が高まる「SPORT」ボタンも付く
プラズマクラスター搭載のインテリジェント・デュアル・フルオートエアコンディショナーを標準装備
スムースレザーを使った本革巻きのステアリングホイール
デジタルグラフィックメーター
運転席の右側にパワースイッチ、その下にヘッドアップディスプレイの表示位置調整スイッチなどが備わる
8インチワイドディスプレイを採用するHondaインターナビ。Apple CarPlayに対応するほか、燃費/航続可能距離の確認や水素ステーションの情報などを得ることができる
デジタルグラフィックメーターではパワー/チャージメーター、スピードメーター、燃料電池発電モニター、バッテリー残量計、燃料計などが表示される
トランクは9.5型ゴルフバッグを3個積載できるスペースを用意

 モーターやコントロール・ユニットはフロントフード下。燃料電池スタックや昇圧コンバーターはボディ中央部のフロア下。水素タンクはリアシート下とリアアクスル後方。そしてニッケル水素バッテリーをリアのシートバック背後……と、分散配置を余技なくされ、結果としてかなりの部分を専用構造とせざるを得なかったのがミライの骨格。

 それに対して、クラリティ フューエル セルではまず、燃料電池スタックや昇圧コンバーター、駆動ユニットなどを、従来の3.5リッター級V6エンジン+トランスミッションと同等のボリュームにまとめた上で、フロントフード下に一括搭載。さらに、リチウムイオンバッテリーをフロントシートのクッション下に、ミライ同様サイズの異なる2本の水素タンクを、大小の組み合わせをミライとは逆方向にしつつやはりリアのシートクッション下とリアアクスル後方にレイアウトしたことで、よりコンベンショナルな車両に近い骨格を用いることを可能としているのだ。

モーターや燃料電池スタックをV型6気筒エンジン並みのスペースに集約し、ボンネットフード下に格納。採用する「MCF4」型モーターは最高出力130kW(177PS)/4501-9028rpm、最大トルク300Nm(30.6kgm)/0-3500rpmを発生

 実は“クラリティ”を名乗るホンダの新世代モデルには、この先近い将来にプラグインハイブリッド仕様とピュアEV仕様が加わる可能性が示唆されている。そしてそのいずれもが、今回のクラリティ フューエル セルで陽の目を見た新開発プラットフォームを採用する可能性が高い。極端に言えば、エンジンとトランスミッションを組み合わせたパワーパックを搭載すれば、そのまま“エンジン車”としてデビューできてしまいそうなのが、このモデルに採用された新骨格。そんな高い汎用性の実現の背景には、徹底的なコンパクト化を図ったホンダならではの燃料電池システムの完成があったわけだ。

試乗会会場に展示されたクラリティ フューエル セルのカットモデル。ボンネットフード下にパワーコントロールユニット、FCスタック、FC昇圧コンバーターを設置。また、フロントシート下にリチウムイオンバッテリー配置したほか、トランク側に117L、リアシート下に24Lの容量を持つ水素タンクを搭載する。ボディフレームとサブフレームを組み合わせたストレート構造の新骨格プラットフォームは、強固なキャビンの実現とともにバッテリーや水素タンクを保護するための役割も持つ
左がクラリティ フューエル セルの燃料電池スタック、右がFCXクラリティの燃料電池スタック。FCXクラリティのものから33%小型化されている
クラリティ フューエル セルが搭載する燃料電池スタックのセル構造

「余分なノイズ」が聞こえないキャビン

 クラリティ フューエル セルで走りはじめると、それはミライの場合以上に「ピュアなEVそのもの!」というのが第一印象。そもそも、駆動力を発揮するのはモーターのみという燃料電池車も、当然EVの一種。だが、それを承知の上でミライ以上に“ピュアEV濃度”が強く感じられたのは、そこに「余分なノイズ」が加わらないからだ。

 実はミライの場合、アクセルの踏み込みにリンクをして、金属的なノイズが明確に耳に届く。燃料電池スタックの化学反応を促進するべく、エアを送り込むコンプレッサーの回転数が高まることによるノイズがこれだ。

 ところが、クラリティ フューエル セルではそうしたノイズがほとんど聞き取れない。こちらもエアポンプは採用するものの、ホンダが“電動ターボ型”と称する同軸上に形状の異なる2つのインペラーを配置したコンプレッサーが発するノイズは、最高回転数は10万rpmに達するというにも関わらず、相当に意識をしていても「聞こえない」に等しいものなのだ。

 一方で、それゆえということもあって気になったのは、ロードノイズばかりが目立つという印象。絶対的にも気になるボリュームであると同時に、路面変化に対して敏感に反応する点も残念だ。前述のように、入念な空力対策が施されていることもあり、確かに風切り音などは小さめという印象。だからこそ、このロードノイズの対策は早急に行なってほしいと感じられた。このモデル用に開発されたというタイヤも、あるいは何らかの“わるさ”をしている可能性も否定はできない。

 ちなみに、高速道路と一般の幹線道路をメインに、基本は1人乗りで行なった今回のテストドライブでは、特に強力とは言えないものの、アクセル操作にきれいにリンクして速度が高まるEVならではの感覚はなかなか気分がよく、その力強さも必要にして十二分という印象。自然なステアリング・フィールやなかなかしなやかなサスペンションのストローク感など、基本的な乗り味もこうしたサイズを備える上級セダンとして満足に足ると評価できるものだった。

 ところで、ホンダではそんなクラリティ フューエル セルと同時に、そこから「最大で一般家庭およそ7日分の電力供給を可能にする」という可搬型の外部給電機を発売した。さらに独自開発を行なった高圧水電解技術を活用し、大きなエネルギーを消費する圧縮機を用いずに高圧水素を製造する、10フィート・コンテナサイズのパッケージ型水素供給設備「スマート水素ステーション(SHS)」を岩谷産業と共同開発し、今回の試乗会のベースとなったホンダ和光本社ビルに設置して2015年末から稼働させていることも再度アピールした。

試乗会会場のホンダ和光ビルに設置された「スマート水素ステーション(SHS)」。SHSは圧縮機を使用せずに製造圧力40MPaの水素を24時間で最大1.5kg製造でき、製造した水素は約19kg貯蔵することが可能。主要機器を7m2程度に収まるサイズでユニット化する
こちらはクラリティ フューエル セルと同時に発売された可搬型外部給電器「Power Exporter 9000」(118万円)のデモ。出力端子として100V端子6個、200V端子1個を設定し、定格出力は9.0kVA。クラリティ フューエル セルと接続することで、一般家庭のおよそ7日分の電力を供給することができる。サイズは755×387×438mm(全長×全幅×全高)で、重量は50.8kgある

 こうした中で特に興味深いのは、燃料電池車では先行するトヨタですらいまだに手掛けていない、水素そのものの製造までを自身の手で行なう姿勢を見せていること。その理由について、「ホンダはすでに独自の水電解技術を持っていたため」と説明する。これは、既存のエネルギー供給会社以上に高い技術力を備えているという自負の表現であると同時に、水素製造の過程に対し、自動車会社が抱く1つの危惧の現れとも読み取れることができそうだ。そう、供給インフラの未整備ぶりばかりが話題とされがちな“水素社会”の実現も、そもそも自然界にそのままの姿では存在しない水素そのものを、どのような手法で製造するかが大問題。

 例えば、せっかく起こした電気から水素を製造する、という手間や効率を考えれば、もしも究極的に優れた2次電池が完成された暁には、「そのままピュアEVに充電して走った方が遥かに得策」というシナリオが成り立ってしまう。そう、“水素社会”のメリットとは、まずは現在の2次電池が不得意する「貯めること」と「運ぶこと」の2点が克服できるという点にあるはず。例えば、人里離れた砂漠や平野で自然エネルギーを活用しつつ起こした電気を水素に変換し、それを遥か離れた地に運んでふたたび燃料電池によって電気へと変える、という具合にだ。

 燃料電池車を走らせるための総合効率は、水素の製造法次第で大きく変わってしまう。確かに走行時のCO2発生はゼロであっても、広い視点で見た時にそれは必ずしも“究極のエコカー”などと呼べないというのは、そんな理由によるものだ。

 それでもやはり、燃料電池車が将来に向けて欠かせないテクノロジーなのは、燃料たる水素を製造するためにさまざまな方法が存在するという、“内燃機関車では考えられない多様性”を備えるからこそであるはずなのだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/

Photo:安田 剛