イベントレポート

【東京モーターショー 2019】Sクラスとの違いは? EQシリーズのフラグシップ「VISION EQS」について、ダイムラー ホルガー・フッツェンラウブ氏に聞いた

「ファーストジェネレーションのEVのSクラスでは、80%くらいがこの形になる」

2019年10月23日 開幕

2019年10月25日 プレビューデー

2019年10月25日~11月4日 一般公開日

東京モーターショー 2019で公開された「VISION EQS」

 インポーターの出展が少なかった東京モーターショー 2019において、大きなブースを構えたメルセデス・ベンツ。そこには「VISION EQS」と呼ばれるサブブランド・EQの名が付けられた大型セダンが展示された。“S”が示すように、EQシリーズのフラグシップのコンセプトモデルであるEQSのデザインについて、ダイムラー メルセデス・ベンツ研究開発部門 アドバンスド・デザイン シニアマネージャーのホルガー・フッツェンラウブ氏が質問に答えた。

大きなDNAの元でそれぞれのサブブランドを差別化

VISION EQSについて、ダイムラー メルセデス・ベンツ研究開発部門 アドバンスド・デザイン シニアマネージャーのホルガー・フッツェンラウブ氏に聞いた

――EQシリーズと現行メルセデスのすみ分けはどのように考えているのでしょうか。また、スマートに関しても教えてください。

フッツェンラウブ氏:まず、大きくはメルセデスのDNAというものがあり、われわれのフォーカスはそのDNAを維持しています。そしてサブブランドとしてAMGやEQ、マイバッハが存在します。元々の大きなDNAを元に、サブブランドはそれぞれの特徴を持たそうという考えで、特徴的なルックスも持たせています。EQはプログレッシブ、マイバッハはアルティメット、メルセデスはモダン、AMGはパフォーマンスラグジュアリーというカラーを持たせているのです。

 その中でスマートは少し特殊で、スマート独自のDNAがあるのです。それは機能性と電気です。スマートは機能性を最大限に生かしながらなるべくキュートなものを作り出す。スペースを最大化しつつ、フットプリントはミニマムにしようとしているのです。そのすべてに共通しているのがエレクトリックということです。

新しい定義はホイールベースを長く、室内を広く

VISION EQS

――デザインについて伺います。メルセデス・ベンツのデザインフィロソフィとして「センシュアル・ピュリティ(官能的純粋)」というものがあります。それを元に今回のEQSもデザインされていますよね。では、内燃機関モデルとEQシリーズとでこのデザインフィロソフィを共通させつつも、デザインの差別化はどのように行なわれているのでしょうか。

フッツェンラウブ氏:今回のEQSとSクラスで比較すると、フットプリントはほぼ一緒ですが、高さは20mmから30mmほど高くなっていますので、既存のSクラスのプロポーションをそのまま踏襲すると太って見え、バランスがわるく見えてしまうでしょうね。

 既存のSクラスは、ダッシュ・トゥ・アクスルの距離(フロントホイール中央からドア開口部までの距離)を長くとっています。その理由は、1930年代のメルセデスを見ると長いボンネットと小さいキャビン、リアはボートテールですね。つまりダッシュ・トゥ・アクセルの距離が長いほどプレステージ感、高級感を定義付けるものとなっていることが分かります。ボンネットが長いほど、より大きくパワフルなエンジンが搭載されているという印象をもたらすからです。V8やV12といったエンジンであればこのように長いボンネットが必要になり、ボンネットが長ければ長いほどより高級という認識があるのです。

 それに対して新たな定義として、EQSの場合はダッシュ・トゥ・アクスルが短くなった一方で、室内が非常に広くなるようにしています。さらにフロントとリアのオーバーハングもより短く、ホイールベースをより長くすることで、より広い室内を確保しているのです。EVであれば、こういったプロポーションのエクステリアが新たなSクラスになり得るという新たな定義なのです。

ダッシュ・トゥ・アクセルの距離が長いほどプレステージ感、高級感を定義付けるという

 インテリアにおいても差別化を図っており、EVの方がフロント、リアともにより広い室内が確保されています。デジタルとのインタラクションという観点で見た場合、クルマと乗員との間にやり取りがあるわけですが、これもEVであればより濃厚なやり取りが実現可能となります。その結果、将来的には“デジタル”のSクラスの方が既存のモデルよりグレードが高いものになる予定です。数か月ないし数年先に、より革新的なクルマが出ることを申し上げておきましょう。

 さて、2020年に予定されている次期型Sクラスのテーマはモダンです。それに対して、その先に予定されているEVのSクラスはプログレッシブとなります。今回お見せしたVISION EQSは、まさに将来的に技術面、ユーザーエクスペリエンス、インタラクションにおいてどのようなものが実現されるのか、そのビジョンを示したものなのです。

 将来登場するファーストジェネレーションのEVのSクラスでは、80%くらいがこの形になると思いますし、これはわれわれのボスからも確認を得ています。

時おりスケッチを交えながら解説してくれた

プロポーションはこのままで

――VISION EQSはコンセプトカーですが、このモデルが持つ近未来感が市販車になるとどのような部分が受け継がれ、逆に実現が難しい部分はどういったところでしょうか。

フッツェンラウブ氏:全体的なプロポーションはこのまま受け継がれるでしょうが、もちろんショーカーということで誇張されている部分はあります。

 例えばホイールの大きさやカラーなどです。アドバンスドデザインという観点から、ビジョンを提供することがわれわれの責務です。したがって、われわれはプロダクション側とはどちらがよりよいアイデアを提供できるかという観点で、常に競り合うような関係です。仮にこのモデルをプロダクション側で製作したとすると、もっと細かく詰められたものが提供されたでしょうが、今回はコンセプトということでアドバンスドデザインが手がけています。

 インテリアに関しても将来的に違う部分が出てきます。ドアハンドルも、ミラーなどもありません。しかし、将来プロダクションに移行する際にそういったものを付けたとしても、全体のプロポーションには影響を及ばさないようデザインしています。先ほども言いましたように、インテリアとエクステリアに関してはより現実的なものになるかもしれませんが、実際には80%くらいはこのデザインが受け継がれることになるでしょう。

DNAを守りながら、時には一線を越えて

日本にいる間に禅の世界、考え方を学んだというフッツェンラウブ氏

――若いころに影響を受けたアーティストや作品があれば教えてください。

フッツェンラウブ氏:私は3世代目の“メルセデスメンバー”です。祖父はエンジニアリングテストをシュツットガルトで行なっており、プロトタイプを手掛けていました。小さいころには彼からさまざまなインスピレーションを受け、近所にあるメルセデス博物館にも連れて行ってもらったものです。そこで目にしたシートメタルなどに命を感じ、心が踊ったものです。そこでは祖父がこのクルマはどんな用途があったかとか、レースに使われたとか色々な話をしてくれました。そういったストーリーを聞くのが本当に面白かった。

 今、私はそういったことをデザインで伝えたい。つまり、そういったコンテンツ(デザインモチーフ)が含まれるようなきちんとしたストーリーを、デザインにももたらすべきであると幼少の時の経験から会得したのです。それ以外にも色々なモーターショーにも連れて行ってくれて、その中で色々な形に関心、情熱を持つようになっていきました。

 学校に通う年齢になると、さまざまな美しいものに心を惹かれるようになっていきました。その美しさは自然であったり動物の姿、流れや素材であったり。それらに大きな関心を抱くようになりました。さらに大きくなってデザインを学ぶようになると、バウハウスなどに惹かれ、さまざまなインスピレーションを受けるようになります。そこで得たのは最もシンプルなものから最大の表現をするという、シンプリシティを尊重する姿勢です。

 日本にいる間(メルセデス・ベンツ アドバンスド・デザインセンター東京に在籍)に学んだのが禅の世界、考え方です。なるべく簡素にしていこう、すべてをそぎ落としていこうという部分で、日本で4年間過ごしてその禅の精神からも大きな影響を受けました。現在、メルセデスで使われているデザインランゲージ、センシュアルピュリティは人間的な部分(内面的な部分)であると思っています。人であれば洋服などを着ますが、この外見的なものは一定の効果をもたらすだけ。内面にある体がより重要なエッセンスです。

 しかし、建築でもそうですし、ファッションデザインでもそうなのですが、時には挑発的な発想も必要になります。DNAを守っていかなければいけませんが、どんどん削ぎ落とせばいい、合理化をすればいいというものではなく、時には一線を越えて何か違うもの、誇張しすぎるというか、オーバーにやらなければいけない場面もあります。それがそもそもの哲学に合わないことがあるかもしれません。時にはあまり近すぎては見えなくなってしまうので、一歩退いて考えなければいけません。

 つまり、同じことばかりやっていると中長期的にはつまらないものになってしまいますので、一歩退いた姿勢も必要ということです。従って、源流にあるDNAは安定的に強固なものとして維持し続けながらも、そこにスパイスを加えていく作業が必要となるわけです。それは食べ物でも同じですよね。何かベースがあって、そこにスパイスを加えることによって面白いものができ上がる、個性ができ上がると思うのです。

 そうそう、先日「EQ House」(東京 六本木にあるMercedes me Tokyoに隣接)に行きました。ここは非常にプログレッシブで、メルセデス・ベンツ日本としては大胆で素晴らしい試みではないかと思います。建築デザイン自体に透明感があり、また非常に革新的なものです。必ずしもEQそのものの哲学ではありませんが、それをまた違う形で表現していると思います。

 要は、物理的にはシームレスではありませんが、クルマの横に住むことができるといった発想という意味で、シームレスさが実現されていると感じたのです。哲学的なシームレスと言い換えられますね。クルマと家やまわりの環境とかシームレスにつながるという意味において、この考え方が達成されていると感じました。このアプローチは素晴らしいです。最近で大きなインスピレーションを得たのがこのEQ Houseです。

EQ House

内田俊一

AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしてデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー 25 バカラと同じくルノー 10。