再生が完了した「1972年式 B110サニー 1200クーペ GX-5 特殊ツーリングカー仕様車」 日産自動車には開発部署である日産テクニカルセンター内の従業員を中心とした「日産名車再生クラブ」がある。このクラブでは神奈川県座間市にある「日産ヘリテージコレクション」で収蔵する車両から毎年1台を選び、現役当時の状態で動態保存するための作業を実施。完成した車両は「NISMOフェスティバル」にて展示とデモ走行を披露している。
その日産名車再生クラブが2018年に手がけたのが、1972年式の「B110サニー 1200クーペ GX-5 特殊ツーリングカー仕様車」。このクルマは1972年の東京モーターショーに出展されたものだが、スポーツパーツの組み込んだ姿を見せるためのデモカーだったようで、実際のツーリングカーレースには参加していない。とはいえ、B110サニーには日産のワークスレースカーが存在しないため、日産が作ったB110サニーのレース仕様車はこれだけである。デモ車と言えども貴重な存在なのだ。
日産テクニカルセンターは新型車の開発を行なう部門。そこに勤務する従業員を中心に活動するのが「日産名車再生クラブ」だ 日産名車再生クラブがこれまで再生を手がけてきたクルマ。すべて神奈川県座間市にある「日産ヘリテージコレクション」に収蔵されている 2018年に手がけたのが1972年式のB110サニー 1200クーペ GX-5 特殊ツーリングカー仕様車。当時の東京モーターショーに展示されたクルマ 2018年5月26日に行なったキックオフ式から再生作業が開始されたB110サニーは、12月1日~2日の「NISMOフェスティバル 2018」で無事走行。ドライブを担当した往年の名ドライバー 和田孝夫氏からもいいクルマであると評価を受けた。
そして活動の締めくくりとして、2月2日にクラブ員とサポートメンバーを集めた「再生完了宣言式」が、再生の実作業が行なわれた日産テクニカルセンターで開催された。
1972年式 B110サニー 1200クーペ GX-5 特殊ツーリングカー仕様車 ボディサイズは3825×1615×1285mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2300mm。車両重量は650kg 再生前はサニーのマスコットである「サニーちゃん」のステッカーが貼られていたが、東京モーターショー出展時と同じゼッケン 32(サニー)に直された 展示車は当時の日産純正マグネシウムホイールとブリヂストン製のRA-300が履かせてある。サイズは前後とも7.0/21.0-13 最初は欠品していたGX 5SPEEDのエンブレムも装着 フロントスポイラーはアルミ板を叩いて製作されていた。裏側は折り込みがあり、裏板がアルミで付いていたが、これは0.6mmほどのスチールで作り直した。型がない状態でハンマーのみの造形には熟練職人の手を借りたとのこと トランクリッドはFRP製。ボンネットやオーバーフェンダーもFRP製だ トランク内には安全タンクが付く。ホース類などは安全第一で現代のものを使って再生されている エンジンは「A12」型のレース用チューン仕様。展示車といえどもキチンとチューニングされていて、推定で120PSは出ていたという ニスモフェスティバルでは多少控えめ(?)に8500rpmでシフトチェンジしていたとのこと。回そうと思えば10000rpmまで回るという OHV、ターンフローとスポーツとはほど遠いエンジンだが、チューニングに対する素性は非常によく、このエンジンを触って育ったエンジニアは多い。日本のレース界に大きな影響を与えたのがA型エンジンとのこと インテリアもレース仕様になっている。再生作業では電装系も手直しされるのでメーター類もすべて動く 状態がよさそうに見えたシートも調べると傷んでいたことが発覚。ここもリペアされている 本来は5速MTが付いていたはずだが、再生開始時に確認したところ4速MTに載せ替えられていた。そこで稀少な5速MTを探しだして元どおりにしている さて、再生完了宣言式だ。名前から受ける印象では堅苦しそうな感じもするが、日産名車再生クラブは社内クラブなので内容はいたってカジュアル。
まず最初に、クラブ代表の木賀新一氏から挨拶と作業の印象が語られるが、ここでのスピーチは一緒にクルマを直してきた仲間へのねぎらいや思い出が中心。挨拶を終えた木賀氏は「今年のクルマのエンジンはすごく高回転型の作りなので、トルクが付いてくるのが6500rpmくらいですかね。和田(孝夫)さんに乗ってもらったときはレブリミットを8500rpmに抑えてもらっていましたが、実はもっと回ります。腰下がとてもしっかりしている印象のエンジンです。そんなことからモータースポーツをやるにはもってこいのエンジンだったんですね。デモランを見ていましたがとてもいい音で走ってくれていて、その光景を見ながら“今年もいい仕事をした”と思いました。皆さんご苦労さまでした、ありがとうございました」と笑顔で語った。そして「これをもちまして、B110サニーの再生を完了致します」と今期の活動の完了を宣言した。
2018年の活動スケジュール。再生作業はクルマの部位ごとに分かれて作業するので、再生に関わったメンバーでも他の作業箇所のことはあまり知らなかったりする。そこで木賀氏のスピーチの後で、担当ごとにスライドを使った簡単な作業内容の解説が行なわれた 作業に入る前に情報収集と仕様の決定という作業があった。東京モーターショー出展時と座間記念庫にあった状態ではゼッケン部のデザインが異なっていた。エンジン、トランスミッション、足まわりは当時の部品を最大限使って走行できる状態にすることに決まった 見た目はきれいなクルマだが、再生作業ではエンジン、ドライブトレーン系パーツ、配線などがすべて取り外されて、それぞれを再生させる。ボディは全塗装。再使用するパーツは徹底的に磨きあげる コアメンバーから「活動のほぼ中心になっているのが部品磨きです(笑)」というくらい点数が多い部品磨きの作業。コアメンバー、サポートメンバー総出で磨いたという レース用のオプションパーツが組まれていたエンジン。バルブとピストンのクリアランスが非常に狭い設定で、手加工でバルブリセス(バルブの逃げ用の凹み)が掘られていた。当時の5速MTは珍しいポルシェシンクロタイプで組み直しを行なった フロントキャリパーは珍しいアネット型が使われていた。担当したメンバーも「初めて見る」というものだったそうで、直しながら構造を興味深く観察したという。足まわりはしっかり走れることを考え、減衰力調整式のショックアブソーバーを新調している 電装系は予定より早く作業が終わったが、後からウインカーを操作するとブレーキランプが点滅するという報告があった。そこで配線を調べたが異常なし。不思議に思ってもう1度見直すとユニットへの差し間違いが判明。当時のクルマはウインカーとブレーキが同じハウジング構造だったのが原因。笑い話になっていた ボディの状態はよかったが、インナーパネルなどは軽量化のためか「ここを切ってもいいのか?」と思われる部分まで切られていた。ボディ剛性の低下はあるだろうが、今回の走行には支障がないということでそのままとなった ボディに施されているラインの型取りが困難だったとのこと。そしてドアのゼッケンスペースは左右で大きさが違っていたのでそれも再現。このクルマはウェザーストリップタイプのフロントウィンドウを使っているが、現代では使われていないので若いメンバーは初めて見るもの。そこで作業時は多くのメンバーが集まって見学したという シェイクダウンは雨が降る富士スピードウェイで行なわれた。2本走行したとのことで、再生のためのパーツ入手も手伝ってもらった自動車工房の廣田氏にテスト走行を依頼。キャブレターのセッティングやサスペンションの減衰力調整などを行ない、本番に備える 12月1日の「サーキットサファリ」で初めて10周ほどの連続走行を行なった。ドライバーは和田孝夫氏が担当。この時代のクルマの乗り方を熟知しているので、扱いにくいトランスミッションながら1度もギヤ鳴りさせず、非常にクルマを労りながら操っていたとのこと 2018年のニスモフェスティバルでは日産名車再生クラブが過去に手がけたクルマもデモランと展示を行なった。B110サニーの作業と並行してPA10バイオレットに搭載する「LZ20B」型エンジンのオーバーホールも行なったとのこと 1972年式 B110サニー 1200クーペ GX-5 特殊ツーリングカー仕様車の再生に協力した企業一覧。2019年もクラブは活動するが、手がけるクルマは未定とのこと 日産OBであり、日本モータースポーツ推進機構 理事長を務める日置和夫氏 来賓の挨拶もあった。まずは日産OBであり、日本モータースポーツ推進機構 理事長を務める日置和夫氏。日置氏は「日産はファンクラブが一番多い自動車メーカーです。また、最近は古いクルマを大切にしようという動きも増えています。それだけに、皆さんの活動は非常に重要なものになっています。2019年以降の活動も期待しています」と激励した。
日産自動車の中山竜二氏。中山氏は日産で会社としての歴史を担当するヘリテージマーケティング担当に属する方。日産名車再生クラブの活動も社内から発信している 今回再生された1972年式 B110サニー 1200クーペ GX-5 特殊ツーリングカー仕様車は、2月いっぱい日産テクニカルセンターで車両展示されているが、ここは一般の人は入れない場所である。しかし、3月に入ると神奈川県座間市にある日産ヘリテージコレクションに戻る予定という。ここは予約制で一般の見学を受け付けている。日産ヘリテージコレクションにはこのB110サニーの他、日産名車再生クラブが手がけたクルマ、日産が生産してきた歴史的価値のあるクルマが収められているので、興味のある方は見学に行かれてはいかがだろうか。申し込みは「日産ヘリテージコレクション 見学案内ページ」で行なえる。見学料は無料。午前と午後、それぞれ40名までの人数限定。
展示場所で横にあったのが「ノート」。このクルマは2018年の登録車販売台数1位となったが、B110サニーも当時の登録車販売台数1位を記録したクルマ。そして車格的にも同じ。意図した展示でないとのことだが、歴史を感じさせる並びだった