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INDYCAR iRacing もてぎ戦を終えた佐藤琢磨選手にオンラインインタビュー。「応援してくれるファンのみんなのためにしっかり走りたい」

次戦は4月26日の早朝3時30分開始

アメリカの自宅でオンラインインタビューに応じる佐藤琢磨選手、スポンサーロゴなどが入っている会見用背景は、日本でデザインをしたデータをアメリカに送り、アメリカでプリントアウトしたものだという。とても今っぽい

 新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染流行により、日本でも緊急事態宣言が出されるなどしており、モータースポーツも含めたリアルイベントはいずれも開催延期を余儀なくされている。

 2017年のインディ500ウィナー佐藤琢磨選手が米国で参戦する「NTT INDYCAR Series」(NTT・インディカー・シリーズ)も3月15日(現地時間)に決勝レースが行なわれる予定だったセント・ピーターズバーグでの開幕戦が延期となり、その後米国での新型コロナウイルスの流行に伴い、シリーズのハイライトとなる5月の「インディアナポリス500マイル・レース」が8月23日に延期になるなどの状況になっている。

 そうした中でインディカー・シリーズが始めたのが、「INDYCAR iRacing Challenge」(インディカー・アイレーシング・チャレンジ)とよばれるバーチャルレースシリーズだ。eSports(PCゲームなどを利用した選手権のこと)の世界で標準的に使われている「iRacing」(アイレーシング)というレーシングシミュレータソフトを利用して行なわれているバーチャルレースで、車両としては実車のDW12から採寸した作った仮想レーシングカーを利用して、実際にインディカーに参戦しているドライバーが参戦して毎戦激しいレースが繰り広げられている。

 そのINDYCAR iRacing Challengeの第4戦ツインリンクもてぎ戦から、佐藤琢磨選手(30号車 ダラーラDW12/ホンダ)も参戦を開始し、スタート直後のクラッシュに巻き込まれて最後尾になってしまったものの、その後着実に追い上げて12位で完走するという結果を残した。その佐藤琢磨選手に、初めてバーチャルレースに参戦した感想や、第5戦として行なわれるCOTA(Circuit Of The Americas、テキサス州オースティン)に参戦する意気込みなどを、オンラインインタビューでうかがった。

プロレーサーから見たバーチャルとリアルの最大の違いは、やはりGがかかるかどうか

佐藤琢磨選手

──佐藤琢磨選手がINDYCAR iRacing Challengeに第4戦ツインリンクもてぎから参戦すると聞いて日本のファンはみんな喜びましたが、同時に、どうして今まで参戦していなかったのだろう? という疑問も出ていました。今回参戦することになった経緯を教えてください。

佐藤琢磨選手:今回のINDYCAR iRacing Challenge、最初のレースをやると決まったときには、今のようにインディカードライバーがほぼ全員参戦するという状況になるのかどうかも分からなくて、当初はF1のEsports Virtual GP raceのように、一部のドライバーだけが参加するようなものになるのだろうと考えていました。また、アメリカの自宅にはそうしたシムレーシングの機材は一切なくて、そうした機材を1つひとつ集めなければならない状況から始まりました。

 INDYCAR iRacing Challengeはコンペティティブ(競争が激しい)と聞いていたので、ハンドルコントローラやシートなどもそれなりの機材をそろえないといけない。しかし、現在はこうした状況下ですから、専門店に買いに行くこともできませんから、すべてオンラインベースでそろえなければなりませんでした。しかも、こういう状況下なのでシミュレータの需要が高く、それこそアメリカ国外にある在庫を探したり……そうした作業の準備が整わなかったという状況だったのです。本当は第3戦(ミシガン)から出たかったのですが間に合わず、第4戦からということになったのです。

INDYCAR iRacing Challenge: Round 4 - Twin Ring Motegi (Oval)

──バーチャルレーシングとリアルレーシングの違いはなんでしょうか?

iRacing上で再現されたツインリンクもてぎのオーバルコース。現実には2011年の東日本大震災で被災して、レーシングコースとしては現在は機能していないが、バーチャルの世界でよみがえった。右下にホテルも再現されている

佐藤選手:最大の違いはシミュレータの世界に慣れているかどうかです。画面から視覚で得られる情報、ハンドルコントローラのフォースフィードバック(例えば縁石に乗り上げたときにハンドルがぶるっと震えることでドライバーに実車と同じような感覚を伝える機能のこと)で分かることなどから雰囲気は出るんですが、コンペティションとしてはリアルから比べるとあまりに足りない。それを正確に掴むのが難しいです。

 また、当然ですがシミュレータではG(重力)を受けることができませんし、ハンドルの感触にしてもリアのグリップが抜ける瞬間などは分かりづらい。ディレイ(遅れ)がある訳ではないのですが、脳が行なう処理は異なりますので、そこは特殊なドライビングスタイルが必要になります。そうしたことにいち早く慣れることが重要です。あと、レースでは当てるとペナルティがあるのでやりませんが、練習走行ではみんな思いっきり来たりしますよ(笑)。

第4戦もてぎのスタート直後の様子、佐藤琢磨選手は後方からの追い上げを図っていた。

──このINDYCAR iRacing Challengeでのチームの役割は?

佐藤選手:このINDYCAR iRacing Challengeでは、全車両が同じセットアップで走らないといけないと決まっています。このためレースエンジニアと一緒にセッティングを変えていくという作業はありません。しかし、レース中、刻々と変わっていく状況の中でどんな戦略で走るかは重要になります。タイヤの摩耗、燃料消費量や残量から導き出されるピット戦略などは走りながら考えることができないので、エンジニアがリアルタイムにデータを見ながら指示を出してくれています。はじめの頃はみんなドライバーとエンジニア 1人でやっているような状況だったようですが、今はどのチームもエンジニア、スポッターもついて、エンジニアがレース中にドライバーに指示を出しながらレースをしています、その様子はさながらホンモノのレースのようで、本当のシーズンに向けてのよいトレーニングになっています。

──佐藤選手のハードウェア環境を教えてください

佐藤選手:できるだけホンモノのレーシングカーに近づくようなハードウェアをそろえています。もちろん特注という訳ではなく市販品を買っていますが、ところどころ自分で手を入れて微調整していますよ。自分のマシンに近い態勢で運転できるよう、ドライビングポジションにはこだわりました。

 ハンドルコントローラはFanatec(Endor AG製、ドライビングシミュレータの世界ではプロeSportsプレイヤー向けの高級ハンドルコントローラとして知られている)を手配しています。こだわっている点で言うと、フォースフィードバックの設定ですね。これをしっかりやっておかないと、自分のフィーリングと合わせなくてうまく運転することはできません。

 ただ、今回のプラットフォームであるiRacingはWindowsベースのソフトウェアで、実はWindows PCはこれまでほとんど触ってきませんでした。そこで、チームのエンジニアが遠隔操作ソフトを使って設定してくれたりしています。そこからフォースフィードバックの微調整などに時間がかかったという印象ですね。

序盤のクラッシュを「ファーストリペア」で切り抜け、その後徐々に順位を上げて12位で完走

序盤4周目に前のドライバー達の接触に巻き込まれるが、ファーストリペアを使って同一周回の最後に復活

──その第4戦のステージはツインリンクもてぎのオーバルコースでした。

佐藤選手:第4戦のサーキットがツインリンクもてぎだと聞いたときにはびっくりしました。インディカーの運営側に参加の意思を伝えた後で、ツインリンクもてぎであることが発表されたので、まさかもてぎを走れるとは思っていませんでした。iRacingの再現性は本当にすごくて、さすがにGフォース(重力)を感じることはありませんが、詳細の再現性がすごくて、マシンの挙動、バンプの位置などもリアルに再現されていました。

 今回のもてぎ戦でも、練習走行やリハーサルが行なわれたのですが、自分の練習でツインリンクもてぎを走っているとお客さんはいない灰色の状態ですが、公式の練習走行とレースではお客さんが入っている状態が描かれ、満席のもてぎを走ることができたので嬉しかったです。

──実際、YouTubeなどで見ていると、表示されるコメントには英語だけでなく日本語のコメントも多く混じっていました。日本時間では深夜ですが、それだけ日本のファンも注目していたのだと思います。

佐藤選手:そうですね、日本だとindycar.comやYouTubeなどで見ることができたと思いますが、米国ではこれをTV放送(筆者注:NBC)が生中継しています。日本ではライブ放送ではないですが、GAORAさんが録画中継されており、ライブではできなかった僕の映像を多めに中継するとかが実現しており、4月23日に最初の放送が行なわれるなどしています。

 今はこんな状況でレースができない状況ですが、今後はメディアも含めてバーチャルレースの注目度は上がっていくのではないでしょうか(筆者注:第4戦ツインリンクもてぎの模様は4月23日18時からすでに放送されている。同番組の再放送は4月25日10時からGAORAで放送される予定、詳しくはGAORAのWebサイトを参照)。

レース序盤でのクラッシュシーン、一番外側の壁近くにいる青い車両が佐藤琢磨選手の車両

──その第4戦ツインリンクもてぎ戦ですが、序盤でエリオ・カストロネベス選手と絡んでクラッシュがあり、そこから追い上げて12位まで挽回するというレースになりました。序盤では何があったのでしょうか?

佐藤選手:その直前にはジョセフ・ニューガーデン選手(2019年のインディカー・シリーズチャンピオン)とバトルをしていて、カストロネベス選手が外側に、グラハム・レイホール選手が内側という状況で前にいて、彼らが接触していたのです、グラハムがエリオを外に押し出していて、エリオがハーフスピンになって、ちょうどニューガーデン車のタイヤとリアウイングの隙間ぐらいからに見えて、そこでニューガーデン車がパニックブレーキをかけたんですが、それに間に合わなくて軽く接触してしまったのです。その後もNASCARからゲスト参戦していたカイル・ブッシュ選手もエリオにまっすぐ激突して、僕はちょうどそのど真ん中にいた。

 その状況になった場合、ピットに戻って修復しないといけないのですが、このバーチャルレースの特色である「ファーストリペア(Fast Repair)」という、自走でピットに戻れるなら完全に少しのペナルティで新車状態に戻してゲームに戻れるというレース中1回だけ利用できる仕組みを行使して、レースに戻ることができました。運がよいことにそのアクシデントでイエローが入ったので、ラップを失うことがなくピットに入ってリペアすることができたのはラッキーでした。ただし、ピットクローズの時に入ったので、ペナルティで同ラップの最後尾に回されることになったのです。

レース途中にはピットタイミングの違いもあり一時トップを走るシーンも

 そこからは地味に真面目なレースを展開しました(苦笑)。一時は燃料をセーブして、変則的な2ストップにトライしていたのですが、これでは燃料をセーブできる量を勘案すると効率がわるいという計算結果が出たので、3ストップに変更しました。その時にはチームのストラテジスト、普段のレースでも僕をサポートしてくれているアビーム・コンサルティングのデータエンジニアなども含めて計算してくれて、戦略を変更することにしました。

 もし途中でもう一度イエローが出ていると大分レース展開は変わったし、第3戦のミシガンのようなオーバルだとパックレーシング(塊になって走ること)になって追いつけば簡単に追い越せるのですが、もてぎのコースでは本物と同じで1台1台しか抜けず、前を抜いていくのには苦労しました。

 その途中ではニューガーデン選手やライアン・ハンター・レイ選手などともバトルしましたし、面白いことにいつも走ってるときにも感じているドライバーのクセみたいなものは、バーチャルレースでも感じることはできました(笑)。

──レースを見ていて感じたことはシミュレータ・レーシングが大好きと公言してその経験も豊富なウィル・パワー選手(もてぎ戦は3位)などが上位を走っているのを見ると、シムレーシングの経験は重要なのかなということです。その一方で、スコット・ディクソン選手(もてぎ戦は2位)のような選手は、シムレーシングの経験があまりないのに上位につけてきました。シムレーシングの経験はやはり重要なのでしょうか?

佐藤選手:シムの経験値はある程度は関係があります。特にロードコースではそれが顕著です。例えば、パワー選手はロードコースだけで150回も勝ったりしているそうですが、やはりそういう選手は有利です。開幕戦に勝ったセイジ・カラム選手もシムレーシングの経験が豊富だし、フェリックス・ローゼンクビスト選手などもそう聞いています。

 しかし、それはある段階まではという話で、どのドライバーもやっぱり負けず嫌いなので、最近始めたサイモン・パジェノー選手(第4戦もてぎ戦の勝者)は、1日5時間も練習しているそうです。そうなるとやはりある程度の段階までは行きます。結局、ドライバーに要求される要素には本物と同じものが含まれているので、シミュレータソフトウェアが優秀であればあるほどそれはより近くになっているのです。

 実際、今の生活は朝これに乗って、その後トレーニング、また乗って、チームと一緒にやったりしています。1日の半分はシミュレータに乗っている感じです。その後はずっと画面を見ていると目が疲れますので、それを癒やすために軽く散歩したりという生活です。そのぐらいやらないと上の方には追いつけない、そう感じています。

 もちろんレーシングカーを運転することは好きなのでやっていて楽しいですが、プロの世界になってくると結構辛いですね(笑)。今はこのシミュレータ独特の難しさに慣れていく、それが大事だと感じています。

レースは追いすがるスコット・ディクソン選手を、サイモン・パジェノー選手が最終ラップの1コーナーでやや接触するという2012年のインディ500のリプレイかのような結末で振り切って優勝。

サーキットコースのCOTAはオーバルとは違った難しさがある、レースは4月26日午前3時30分から

佐藤琢磨選手

──今週の土曜日(米国東海岸時間4月25日14時30分、日本時間は4月26日3時30分)には、テキサス州オースティンのCOTAで第5戦が予定されています。それに向けてはいかがでしょうか?

佐藤選手:このインタビュー(米国時間4月23日の早朝に行なわれた)の後に、公式練習などが行なわれる予定になっています。前戦のようなオーバルコースであればある程度のスピードコントロールでなんとかなる部分があるが、ロードコースはバトルするクルマとの位置、特にブレーキングポイントだったり、相手も自分も100%で行かないと呼吸が合わなくてぶつかってしまうなどの難しさがあるのです。

 特にCOTAは新しいコースなので、ショートカット防止のための高めの縁石がありますが、それがとてもやっかいなのです。このiRacingの特色なのですが、それにちょっと触れただけでコントロールを失ってしまいます。また、本当のレースであれば、縁石を跨いで4輪脱輪するぐらいの外を走ってもタイムアップにつながらないサーキットの作りになっているので、みんな結構気にせずにはみ出して走ります。

 ですが、デジタルではきっちりデータで監視されているので、内側のタイヤが外側の白線をでてしまうとペナルティの対象になってしまいます。予選ではたった一度はみ出しただけでタイム抹消です! そうしたデジタルならではの難しさに慣れていくことが必要です。その上で、みんなうまいドライバーばっかりですから、その中で熾烈な戦いをしていかないといけない状況です。

──COTA戦に向けての意気込みを

佐藤選手:もちろん頑張ります!(笑)。自分としてはバーチャルレースでは初めてのロードコースですが、ペナルティが厳しいのはみんな同じ条件ですし、その中で波乱が起きるならそれに乗じて上位を目指したいです。そして応援してくれるファンのみんなのためにしっかり走りたいです。

 そして、今世界は本当に大変な状況で、誰もが不安でストレスを抱えていると思います。そうしたなかで、少しでもみなさんへのエンターテインメントが提供できたらいいなと思っています。


次戦のCOTA戦は4月26日午前3時半開始、YouTubeでも見られる

 筆者も多くの読者のみなさんと同じように、新型コロナウイルスの影響を受け自宅待機が続いている状況だ。その中で週末の楽しみであるはずのレースがないのは本当に残念に思っていたのだが、最近は毎週末に欠かさずと言ってよいほど何らかのバーチャルレースを見ていて結構楽しめている。

 INDYCAR iRacing Challengeのほかにも、F1GPが開催されるはずだった週末にはF1 Esports Virtual GP raceなども行なわれている。F1 Esports Virtual GP raceが若手ドライバー中心で、トップドライバー(例えばチャンピオンのルイス・ハミルトン選手やレッドブル・ホンダのエースであるマックス・フェルスタッペン選手)などは出ておらず、面白いのだけど何か物足りなさを感じるのに対してINDYCAR iRacing Challengeは、ほぼ全員の現役ドライバーが出場している。

 プロのeSportsレーサーも利用するiRacingということもあり、車両の動きもリアルで、勝つためにはピット戦略をきっちり決めなければいけないなど、リアルで十分に楽しむことができる。

 今週末のCOTAのレースには、マクラーレンF1のドライバーであるランド・ノリス選手が、Arrow McLaren SPチームから出場する。今最も熱くて、見るべきなレースはINDYCAR iRacing Challengeだと断言しても過言ではないと思う。

 なお、前述のとおりレースそのものは、インディカーのYouTube中継などを通じて見ることができる。英語になるが、インディカーシリーズのWebサイトを参照してほしい。レースは日本時間の早朝、4月26日3時30分にスタート予定で、YouTubeの中継はライブからやや遅れて始まることが多い。

 また、CS放送局のGAORAでは、次戦COTAのレースを4月30日21時~22時30分の予定で録画中継する。佐藤琢磨選手のコメントなどもそこで放送されることになるので、スカパー!などのCS放送ないしはケーブルテレビなどでGAORAを契約するとみることができる。詳しくはGAORAのWebサイトを参照いただきたい。