試乗レポート

メルセデス・ベンツ初のラグジュアリーEV「EQS」、「EQS 450+」と「メルセデスAMG EQS 53 4MATIC+」はどちらが魅力的?

2022年9月に発売されたラグジュアリーEV「EQS」に試乗

EQSは2グレードを展開

 メルセデス・ベンツは着々と日本でBEV(バッテリ電気自動車)を投入してきたが、ついにフラグシップであるSクラスに相当するBEV「EQS」が登場した。大型BEV用に専用開発されたプラットフォームにシングルモーターを搭載し、BEVとしては最長距離を誇る航続距離700kmの「EQS 450+」、ツインモーターAWDのハイパワーモデル「メルセデスAMG EQS 53 4MATIC+」をラインアップする。

 プラットフォームはメルセデスとして初のBEV用に開発されたもので、パッケージング、デザインとも既存のガソリン車とは大きく異なる様相を示している。ボディサイズは5225×1925×1520mm(全長×全幅×全高)と巨大。Sクラス ロングに近いサイズだ。ビッグサイズの車両が増えてきた中でもロングルーフというデザインの特色もあり、ひと際異彩を放っている。キャビンフォワードで長いキャビンに低いフロントノーズはガソリン車ではできないパッケージだ。4ドアクーペのような流れるようなデザインも長いキャビンが強調している。

「EQS 450+」(1578万円)はリアアクスルに電動パワートレーンを搭載し、最高出力245kW(333PS)を発生。容量107.8kWhのリチウムイオンバッテリを搭載し、航続可能距離は日本で販売されているEVの中で最長となる700km(WLTCモード一充電走行距離)を達成。充電については6.0kWまでの交流普通充電(200V・30A充電の場合)と、150kWまでの直流急速充電(CHAdeMO規格)に対応する。ボディサイズは5225×1925×1520mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは3210mm。空気の流れを最適化することによりCd値0.20という量産自動車での最高値を達成している
EQS 450+が標準装着する21インチホイール(タイヤサイズは265/40R21)

 バッテリはリチウムイオンでエネルギー容量は107.8kWhと最大サイズで、245kWのモーターをリアアクスル上に配置して後輪を駆動する。いわゆるRRだ。航続距離は現在あるBEVの中で最大の700km(WLTCモード一充電走行距離)に達する。キャビンは広く、ノーズもSクラスとして短く、ドライバーは前方に位置するためにクルマの取りまわしは予想以上に優れている。

 特にホイールベース3210mmと超超ロングホイールベースでも小回りがきくことは驚きで、リアアクスルステアの賜物だ。最大4.5度も逆相に切れるので大きな内輪差が生じない。さらにメルセデス・ミー・ストアからオプションでソフトウェアを購入すると最大10度まで切れるパッケージを手にすることができる。外から見ていると後輪が大きく切れるので、なんとも不思議な光景だ。

 ドライバー正面に広がるのはダッシュボードいっぱいに広がる大型ディスプレイ。ドライバー側に12.3インチ、センターに17.7インチがあり、表示されるものは運転に必要な情報がドライバー前面に、ARヘッドアップディスプレイと共に配置され、ナビゲーションやオーディオなどのその他の機能はセンターディスプレイに表示され、役割分担が明確で視認しやすい。広く明るいキャビンと正面にでんと構える大型ディスプレイは外観と同様に圧倒される。

インテリアデザインはデジタルな要素を取り入れ、3枚の高精細パネル(コクピットディスプレイ、有機ELメディアディスプレイ、有機ELフロントディスプレイ[助手席])とダッシュボード全体を1枚のガラスで覆うワイドスクリーンで構成されるMBUXハイパースクリーンを採用。そのまわりを細いシルバーのフレーム、エアアウトレットを組み込んだルーバー状のトリムなどで囲んだ。EQS 450+にはデザインはシンプルながら造形美にこだわったシートを採用。サイドサポートのラップアラウンド形状は、乗員の体を支えるとともに、シートの中央部とのコントラストによる立体感を生み出している

高い安心感を覚える乗り心地

 この巨大でゴージャスなEQS 450+を恐る恐る公道に連れ出す。アクセルはいつものメルセデスで、少し重いが出力コントロールが楽にできる。ゆっくり踏めばジンワリと、早く踏めば力強い加速を持つ。当たり前のようだが微妙な味付けもメルセデス流に統一されており、さすがと感じた。

 もう1つさすがメルセデスと感じたのはその乗り心地。粘り腰の乗り味はSクラスに共通で、メルセデスに乗っているという高い安心感を覚える。路面の凹凸をタイヤが包み込むような柔らかさがあり、大きなギャップではサスペンションがショックを吸収している感触がなんとも言えない心地よさだ。乗員の快適性を第一に考えるメルセデスのフィロソフィーを理解する最初の第一歩だった。

 さらに3mを超えるホイールベースのクルマにもかかわらず大きさを感じさせない。例のリアアクスルステアの恩恵で小型車のように小さなコーナーを回っていく。不思議なことに、1925mmのワイドボディを忘れさせるほどの軽いフットワークを持っている。絶対的なサイズは変えようもないが、小回り性はこれほどクルマの印象を変えるものかと改めて感じ入った。

 ナビに音声入力で行先を入力しておくと、ヘッドアップディスプレイにARで曲がる方向が表示される。すでに経験済みだが改めて目の前の大きな画面で表示、誘導されると圧倒する。

 サスペンションを含めた統合制御はエコ、コンフォート、スポーツ、インディビジュアルが選べる。コンフォートにしておくとすでに紹介したような心地よさを堪能できるが、スポーツを選んでもコツコツした硬さはなく重厚な乗り味になった。

フロントフードを開いたところ。通常、ユーザーが開ける機会はないことから特別な操作を行なわないと開かない仕組みになっているという。なお、EQS 450+はリアにモーターを搭載し、システム最高出力は245kW(333PS)、最大トルクは568Nmを発生。容量107.8kWhのリチウムイオンバッテリを搭載し、航続可能距離は日本で販売されているEVの中で最長となる700km(WLTCモード一充電走行距離)を達成している

 ハンドリングを語るのは野暮だが、BEVの常で重いバッテリを床下に抱え込むだけに低重心で少ないロールでスッキリ曲がる。そのスッキリ感にはリアアクスルステアも大きな影響がある。逆相転舵を積極的に使って早いタイミングでノーズを向ける一方、中速になってもリアアクスルステアの違和感は全くない。チューニングが絶妙でどのシーンでもフットワークのよさが際立つ。

 107.8kWhの大型バッテリを積む車両重量は2530kgと重量級だが、重さを重厚さに変える術を知っているのはさすがに高級車メーカーと感じた。ワインディングロードはEQSには少し道幅が狭くツイスティだが、それでも身のこなしはよく、加減速やハンドル応答性も素直で、乗り手の動きに忠実だ。

 BEV特有の回生ブレーキはパドルシフトによって3段階の強さを選べる。気持ちよく流しているとパドルの回生は使いやすく、右足をブレーキペダルに移し替える頻度は少ない。このほかのD autoモードではレーダーが検知した先行車との車間距離を維持し、アクセルOFFで摩擦ブレーキと回生ブレーキとの併用で減速することが可能だ。

 エコでは回生を最適化して減速の強弱を調整する。先行車検知の場合は微妙な距離感も上手にコントロールし、停止まで行なうこともできる。何かと先回りしてやってくれる賢さだ。

 加速は275kW/568Nmの出力はさすがに大きく、瞬発力のある加速も迫力あるものだが、別項で紹介するEQS AMGに比べるとパワフルなセダンぐらいのイメージで乗れる。繰り返しになるが航続距離はバッテリ素材の改良、マネージメント、回生力などWLTCで700kmを達成しており、日本で手に入るBEVの中では最大航続距離となる。

 EQSで初採用となるものの1つに「エナジャイジングエアコントロールプラス」がある。簡単にいうと常に外気モニタリングし、外気/室内循環を自動で行ない、さらに特殊な2重フィルターを通した外気を入れることで車内に入る空気の清浄化、消臭が可能になる。

エナジャイジングエアコントロールプラスの作動イメージ

 静粛性にも触れておくと、開発当初からボディの構造材の中に防音発泡剤が入っており、意外と騒音源となるモーターの騒音をカットする目的でも使われている。また静粛性と共に重要な振動も徹底されており、振動の少ないモーターをラバーマウントによってサブフレームに取り付け振動源を断っている。

 その結果、EQSはメルセデスならではの快適で重厚な乗り味となっている。走り、快適さ共にまさにメルセデス恐るべしの感想を持った。

ハイパーフォーマンスモデルのEQS 53 4MATIC+はどうか?

 そのEQSのハイパフォーマンス版がメルセデスAMGのラインアップに用意されている。メルセデスAMGはただのスポーティバージョンではない。徹底的に手を加えられ、オリジナルのメルセデスからガラリと性格を変えたモデルがAMGの名を冠することができる。EQS 450+がシングルモーターなのに対し、メルセデスAMG EQS 53 4MATIC+は前後にモーターを搭載してAWDとなり、まさにハイパフォーマンスモデルだ。

 前後のeアクスルはそれぞれ174kW/346Nmと310kW/609Nmの出力を持ち、トータル出力は484kW(658PS)に及び、その加速力はEQS 450+とは全く異なる。バッテリは同じ107、8kWhなのでWLTCの航続距離は601kmと100kmほど短くなる。使い方によってバッテリの消耗はガラリと変わり、例えばRACE START使用時には560kW(761PS)の出力を出すので航続距離は大きく減少するが、それでも実用の範囲にある航続距離はBEVファンには朗報だ。

 装着タイヤはミシュラン「パイロットスポーツEV」でサイズは275/40R21を履き、スポークホイールの間から大径のローターと巨大な赤いキャリパーが覗く。車両重量は2670kgに及ぶので、このくらいのブレーキシステムは必要だろう。

「メルセデスAMG EQS 53 4MATIC+」(2372万円)は最高出力484kW(658PS)、最大トルク950Nmを発生。RACE START使用時は最高出力560kW(761PS)、最大トルク1020Nmまで増幅するハイパフォーマンスモデル。EQS 450+と同じ容量となる107.8kWhのリチウムイオンバッテリを搭載し、航続可能距離は601km
メルセデスAMG EQS 53 4MATIC+が装着する21インチホイール(タイヤサイズは275/40R21)
メルセデスAMG EQS 53 4MATIC+のインテリアはレッドステッチやカーボンパーツの採用でスポーティなスタイル。ディスプレイの表示はTRACK PACE、Super sport、スポーティ、クラシック、ジェントル、ナビ、アシスト、サービスの8つが用意される

 最初のアクセル操作でEQS 450+とは違う飛び出そうとする力強い加速を感じた。駿馬は普通に走っても実力がにじみでるようなものだ。アクセルゲインが早く、パーキングレベルでのアクセルワークでも反応が速い。ただしアクセルストロークには節度感を持っており、むやみと飛び出すようなことはない。

 ドライブモードはスノー、コンフォート、スポーツ、スポーツ+、インディビジュアルの5種類から選択でき、またリアアクスルステアはEQS 450+の逆相4.5度から9度まで切れるために最小回転半径はなんと5mにとどまり、もはやカローラより最小回転半径が小さい。

ドライブモードはスノー、コンフォート、スポーツ、スポーツ+、インディビジュアルを設定

 さすがに逆相が9度まで切る時はパーキングレベルの低速時だが、EQSは走行中も積極的に逆相を使い機敏なフットワークを見せる。その際も左右に切り返す場面や操舵角を変えるシーンでも違和感はほぼなく、自然なハンドルフィーリングになっている。

停車時でもステアリングを切ると後輪が切れる様子が見て取れる

 サスペンションの味付けは最初から硬めの設定になっており、コンフォートでも突き上げがEQS 450+よりも強めになってわずかに路面のゴツゴツと感じる。スポーツに変えるとさらに硬くなるが、EQSの柔軟なサスペンションはただ硬いだけではなく凹凸をなめるようなメルセデスの基本的な味は変わらない。

 アクセルを少し強く踏むとその迫力は圧倒的で、とても普通の道では全開などできないが、有り余るパワーを予備で持っていられるのは心強い。またアクセルのストロークもタップリしており、アクセルワークも行ないやすく、いきなり暴力的なパワーが吐き出されることはないし、さらにフロントモーターとの統合制御で滅多なことでは姿勢を乱すことはなさそうだ。それでもドライバーの自制心が求められるのがメルセデスAMGだ。

 スポーツ+モードではさらに瞬時にアクセルに反応し、サスペンションが硬くなってコーナーもロール感なく駆け抜けていく。とても2.6tある巨体とは思えない。ドライバーポジションの関係か意外なほど長さも気にならず、運転しやすいのはメルセデスAMGでも変わらない。

 またメルセデスAMGはダイナミックプラスパッケージが標準で電子制御リミテッドスリップデフ、走行によって硬さが変化するダイナミックエンジンマウント、イエローブレーキキャリパーに加えてRACEドライブモードも備わっている。エクストラパワーで0-100km/hはEQS 450+の6.2秒を大幅に上まわる3.8秒で走り切ってしまう。

 助手席前には12.3インチディスプレイが備わっているが、こちらは助手席専用のモニターになり、センターディスプレイとは独立して別のコンテンツを見ることができる。このモニターは運転席からは見えないように光学的な工夫がされており、専用のヘッドホンとBluetoothでペアリングすれば走行中でも見ることができる。これはEQS 450+ではオプションになる。

 走り終えてメルセデスAMG初のBEV、EQS 53 4MATIC+はメルセデスにスポーツブランドであるAMGの方向付けを明確にした性格が与えられていた。もしどちらか選択しなければならないとしたらEQS 450+でゆったりと走りたいが、力を内に秘めたメルセデスAMG仕様もまた大きな魅力を持っている。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学