インタビュー
【インタビュー】新型「アコード」のデザイン担当者にこだわりを聞く
2020年7月7日 12:26
本田技研工業の屋台骨の1つのモデルである「アコード」がフルモデルチェンジして10代目に進化した。
このクルマのデザインについて、取りまとめ役の本田技術研究所 デザインセンター オートモビルデザイン開発室 テクニカルデザインスタジオ チーフエンジニア デザイナーの古仲学氏と、インテリアを担当した同プロダクトデザインスタジオ アシスタントチーフエンジニア デザイナーの清水陽祐氏、そしてエクステリアを担当後、現在は中国に赴任している广汽本田汽車研究開発有限会社 商品企画室 企画造形科科長兼造形係係長 森川鉄司氏に話を伺った。
最重量級の仕事であるアコードのフルモデルチェンジ
──まずは古仲さんに伺います。ホンダの重要な柱として、また、グローバルで見ると、地域によってはフラグシップのアコードですが、そのフルモデルチェンジを担当することになり、最初にどう思いましたか。
古仲氏:ついに来たなという感じでした。アコードを担当するというのは結構“重く”て、“最重量級”の仕事であることに間違いはありません。ホンダの屋台骨はアコード、シビック、CR-V、フィット、そして最近はヴェゼルもそこに加わりましたが、その中でシビックに次いで伝統のあるブランドであり、おっしゃる通りホンダの中でのフラグシップです。私だけではなくデザインのエクステリア、インテリアのプロジェクトリーダー、そして設計の各担当の人間も皆がアコードを担当するというとかなりヘビーな仕事で、身が引き締まる思いで仕事を受けていると思います。
実は最初は断ったのです。それまではミニバン系が多く、ステップワゴンやフリード、オデッセイなどを1ジェネレーションずつ担当してきました。それらに対してアコードはどちらかというと対角線上にいる車種で、しかもグローバルモデルです。ミニバンは基本的に日本国内メインですから、クルマという観点で見ても視点を変えていかないといけませんので、これはちょっと難しい仕事をもらってしまったなという気持ちがありました。それで結局、腹をくくりました。
──では10代目アコードをどのようにデザインしていこうと考えましたか。
古仲氏:私は1997年から2002年までドイツのサテライトスタジオに駐在していたことがあります。そこはリサーチ部隊で、量産には直接着手することはなく、どちらかというと先行して新しいデザインを模索したり、量産に関しては、リサーチ段階のデザインをヨーロッパのお客さまの観点から提案したりするところです。その際に一度だけアコードを提案したことがあり、その時の経験をここで生かさないといけないなと思いました。
実際の作業のほとんどはイタリアで行なったのですが、その時、セダン市場が結構盛り上がっていて、アルファ ロメオ「156」をはじめさまざまな欧州セダンがヨーロッパをはじめとした世界中で売れていました。その中でアコードは売ってはいましたが、非常に地味な存在だったのです。ヨーロッパで見るアコードとアメリカで見るアコードは全然違っていて、そういった差も含めてアコードはこうあるべきということを真剣に考えた1台をドイツから提案しました。
その時の経験が今もベースになっていて、それはしっかりと走る物体としての塊をちゃんとデッサンするということです。そこを徹底的にヨーロッパ時代に勉強してきました。
セダンとしての車格を高めるためのクルマ作り
──10代目アコードのデザインコンセプトは、「クリーン」「スポーティー」「マチュア」ということですが、なぜこの3つのワードが選ばれたのでしょう。
古仲氏:最初は5つ以上のさまざまな案を戦わせましたが、最終的に決めたのは、われわれが今回アコードにどういうキャラクターを与えるか、どういうエクステリア(外装)のスタイリングの方向性にするかでした。そこでクリーン、スポーティー、マチュアという観点で選んだデザインを採用したので、最初からこの3つのワードがあったわけではありません。どちらかというと最初にコンセプトを決めて、こういうクルマのデザインをやろうということよりも、色々な案を戦わせながら、今回新しいプラットフォームを表現するのに一番ふさわしいスタイリングの方向性がこれだったという決め方に近いです。
──アコードというブランドはどちらかというとオーソドックスなセダンのイメージが強いと思うのですが、今回のアコードはかなり走り方向に振ったデザインイメージが感じられます。
古仲氏:元々アコードは初代から大きな価値の1つとして、気持ちのよい走りというイメージをずっとお客さまに提供しています。ただしその時代時代においてアコードの“芯”の部分というものがあり、少しスポーティーに振れたりオーソドックス方向に振れたりが各ジェネレーションであったのです。そういった結果、今回は非常にスポーティーなアピアランスのクルマになっています。
先代よりもプライオリティをあげたのは、車格が高く見えるクルマ作りです。そこで最初の骨格、プロポーションを決める時にちゃんと車格が高く見えるプロポーションのベースを作る。そこを狙いどおりになるように、ホイールベースをはじめフロントやリアのオーバーハング、全長・全幅・全高、ヒップポイント、Aピラーの位置など全て車格を高めるにはどのようなパッケージ、骨格にしていくかを開発責任者と戦いました。
基本的にはホイールベースをあまり伸ばしてほしくないというのが設計の本音でありました。伸ばすとどうしてもウェイトも上がってしまいますし、直進安定性は非常によくなるのですが、クイックなハンドリングは少し難しくなってしまいます。しかし、このクラスのセダンとしての車格を高めるために、最低このくらいのタイヤサイズとホイールベース、フロントとリアのオーバーハングのバランスは必要です。そこで全幅は先代も1850mmありましたので十分ではありますが、今回、走りを含めて10mmだけ幅を広げています。そういうところが最初の部分で私が一番こだわり、設計者とも喧々諤々したところです。
今回すごくよかったことは、従来ではデザインのプロジェクトリーダーとしてこの開発に関わることがメインなのですが、LPL(開発責任者)代行という形でデザインの人間が1人関わることができたことです。そういう点では非常によいベースを作らせてもらえたかなと思っています。
アコードの“芯”はホンダの良心
──今おっしゃったアコードの芯とは何でしょう。
古仲氏:私が勝手に思っていることもありますが、ホンダの良心だと思っています。つまりホンダが作る最高のクルマがアコード。色々な事情はあるのですが、それをお客さまに押し付けることなく、言い訳もなく、ちゃんとホンダの良心をアコードで見せるというのが芯の部分だと思っています。
以前、シビックのLPL代行が「シビックはホンダのへそ、ど真ん中のへそだ」といっていましたので、ではアコードは(心臓あたりに手をやりながら)心の良心だなとすごく思ったのです。アコードはすごく信頼されている商品です。アメリカなどでアコードに乗っていると、これに乗っている人ならば絶対にいい人だと思われています。そのくらいアコードに乗っているということがその人の良心を表現しているのです。そこをすごく大事にしなければいけません。
ですからデザインについてもあまり威圧感があるような、何かすごいものが来たという感覚があってはならない。アコードはどういうクルマなのか、アコードというクルマの意味は何なのということへの僕なりの解釈はそういうことなのです。
初代アコードから続くMM思想
──クリーン、スポーティー、マチュアという3つのワードは、プラットフォームからイメージされて出てきたということですが、それとは別にホンダアコードというクルマそのもので過去から続くキーワードはありますか。
森川氏:初代アコードから続くキーワードはMM(マンマキシム・メカミニマム)です。ホンダのこれからのMMを打ち出す最初は、歴代アコードがその役割を担っています。その時代その時代にふさわしいMMの手法は、時代進化でやり方は変わっていきます。しかし根っこの部分は変わっていません。
──今回もそのMM思想を反映しているとすれば、それはどういったところで表現されているのでしょう。
森川氏:歴代アコードは、セダンとしての最大居住空間をその時代その時代で追い詰めながらパッケージングの広さ感や使いやすさを提案しています。今回走りとスポーティーというコンセプトに従ったMMはどうだろうと考え、セダンに相応しい乗車位置や輪切りを見直したのです。
この輪切りとは隣り合った乗車位置や、乗員とサイドガラスやドアライニングの位置関係。そういったものを正面から見た時にどういう位置関係にあるかを見ることです。
たとえば先代アコードは、ガラスの傾きをやや立ち気味にしていました。それはその時代その時代の最適な輪切りだったのですが、今回最新アコードを開発するにあたって、走りと居住空間のベストバランスはどこだろうと再度探り、ガラスはやや寝かせました。そのかわり、肩や腰回りとドアライニングの間隔は逆に人の位置を15mm内側にセットすることによって広げています。そういったさまざまな寸法の吟味をしていますが、そういった意味でその時代その時代にあったMMを突き詰めながら表現しているのが不変な部分なのです。
動くものとしての気持ちよい空間
──インテリアについても聞かせてください。今回内装もさまざまなトライをされているように見受けられますが、まずは大きい話としてどういう考えでこのデザインができたのでしょうか。
清水氏:今回インテリアデザインのプロジェクトリーダーになるのは初めてでした。32歳の時に任命されたのですが、それまではセダンというものにほぼほぼ興味がなかったのです。ただ、幸いにもその前年までアメリカに駐在していましたので、ぼんやりとアコードのイメージは持っていました。なんとなく広くて燃費もよくてデザインもそこそこよい。すごくまとまっているけれども今ひとつパンチに欠けるというか、すごくよくできているのですが何か響くものが自分の中にはなかったのです。
そういった中でインテリアのリーダーをやってくれという話になり、最初、古仲から「お前はセダンを知っているのか」というような話がありましたので、一応北米ではちょこちょこ乗っていましたので、そういう話しをしましたところ、本場のドイツでは乗ったことがあるのかと聞かれて、それはないと答えたのです。古仲からまずはセダンの本場を知らないと作れないといわれて、このプロジェクトが始まってすぐに2週間強くらいドイツに行かせてもらって、1500kmくらい御三家のクルマをアウトバーンやワインディングなどさまざまな環境の中で経験させてもらいました。その時の感想は正直、これまでの認識と全然違うというものでした。
アメリカで乗っているとそこまで感じなかったのですが、安心感や信頼をこのクルマに持たせて初めて運転が楽しいなどの感覚が味わえると思ったのです。北米では移動手段の道具のような位置付けもあり、なんとなく広くて開放的でというだけが優先事項としてあったのですが、そもそもクルマはそれだけではないというところに気づかせてもらったのです。そのころに試作車ができ上がってきて、それに乗せてもらうと、これまでのダイナミクス性能をはるかに超える、自分の期待値をはるかに超えるポテンシャルがあったので、それをシンプルに形に落とし込んで行くことがまず一番やらなければいけないことだと思いました。
動いている空間で、気持ちいい空間。とかくわれわれはスタティックな状況でデザインしてしまいますが、クルマは基本的には動くものですから、その動く空間で気持ちのよいものは何だろうというところから色々とインテリアデザインを積み重ねていきました。それはまず安心感と、爽快な感覚という少し相反するような2つのものをクルマの中で両立させるのが大きなところなのです。
安心して運転でき、かつ楽しめるインテリア
──インテリアデザインのキーワードとして「エレベーション」「インプレッション」「サティスファクション」とありますが、インプレッションというワードはあまりインテリアデザインでは使われないようにも思います。
清水氏:クルマに乗り込んだ瞬間に運転がしたくなるような、安心して運転を楽しめるようなところが重要だと思っています。今回のアコードでは、乗り込んだ瞬間に、水平でシンメトリー基調のインパネがあり、そこからしっかりとフードも見えて、インテリアのドアライニングの線からフードまでが続いているようなラインにより車両感覚がつかみやすいところなどの基調を持たせることで、安心して運転できる、楽しめそうだねという思いを気づかせてくれるということでインプレッションが骨格としてありました。
素材の部分でもスケールや質の高さを、なかなか高級車まではいかないのですが、しっかりとその存在の表現をさせることで質が高く見えるところを狙っています。
違和感をなくして質を高める
──その質の高さはステアリングを握った時の太さや触感を含めてすごく感じました。さらにエアコンのスイッチ類のクリック感や触った時にダイヤルに刻みが入っていたり、細かいところへの気遣いがなされていますね。
清水氏:元々大きな話として、若返らないとアコードはおじさんグルマになってしまうことがありました。私自身もなんとなくそういう雰囲気に飲まれていたわけですが、私の下に就いた当時入社2~3年目の若いデザイナーが、「若返るのではなく、大人になれるような質の高いものが欲しい」と忖度なくピュアにいわれました。確かに自分のモノ選びにおいても、ちょっと奇抜なものよりも、長く使えて質が高くて、あわよくば売るときも高く売れるような、そういう質の部分の方に物選びとしての基準を置いているなと気づき、それは若い子達も同じなんだと思いました。
そういったところから質というところに対してはすごくこだわったのです。素材表現として、エアコンのノブであれば、しっかりとその金属を回した時の触感や音の質が出るというところも重要です。お客さまがパッと見た瞬間に意識するかしないかは別にして、これは金属でできているんだなという認知があり、触った時にその認知している金属という印象と実際に触った時のフィードバックが合致していれば気持ちいいと思うでしょうし、触った瞬間にプラスチックのフィーリングだと自分の思いと違って違和感があるでしょう。そういった違和感を極力なくしていくことで質を高めていきました。
物理スイッチへのこだわり
──そのほか内装でこだわったところはありますか。
清水氏:インパネやドアまわりの加飾にもこだわりました。木目を再現したフィルムも、実際のケヤキの木よりリアルに見せられるように2層コートでしっかりと濃淡をつけて立体感を持たせ、より本物に近づけるようにしました。さらに本物のように木目が一番映えて見えるような面の曲率などにも気をつけています。
──センタークラスターはドライバー側に傾けず正面に向いていますね。
清水氏:その通りで、それはシンメトリーにこだわりたかったからです。特にエクステリアを見た瞬間の意識としてクルマは基本的にはシンメトリーですから、そのイメージで室内に乗った時にもシンメトリーであるほうが軸を感じられると考えたのです。例えばドライバー側に傾けるとコクピット感は出るのですが、今回のアコードではどちらかといえばコクピット感を演出するよりは、しっかりと安定した基調の中の方が、気持ちよく走らせることができるのではないかという目論見があり、シンメトリーのモチーフにこだわったのです。
──そのセンタークラスターにはエアコンの物理スイッチを採用していますね。タッチスクリーンが増えている中で、この採用はブラインドタッチが可能なこともあり、安全面も含めてよく考えられていると思いました。
清水氏:われわれの思想として瞬間認知直感操作と言い続けている中、クルマという動いている空間の中で、賛否はあるもののちょっと新規性を狙って静電タッチを採用しつつありますが、今回は原点に立ち戻り、一番確実かつ最短で開発できるものとしてダイヤルを採用しました。
また、こだわったところでは内外の連続性(インテリアのドアライニングの線からフードまでが続いているイメージ)や、地味ではありますが、使い勝手やユーティリティに関してはホンダのインテリアデザインとして常にカテゴリトップを取っていかないといけません。そこに生活臭は出したくないので、とても気を使ってトレイをつけたりカップホルダーもカッチリと収まっています。もちろん北米でいうLカップがきちんと2つ入るなど、日常でのストレスは全くない使い勝手は完成させています。