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AIによる自動ブレーキを実現する、NVIDIAの5W版新型SoC「Orin」。衝突被害軽減ブレーキ義務化の巨大市場をにらむ

NVIDIA オートモーティブディレクター ダニー・シャピロ氏に聞く

NVIDIAの5W版新型SoC「Orin」。衝突被害軽減ブレーキなどを実現する

 自社の半導体をベースにAI(人工知能)プラットフォームや自動運転プラットフォームを提供するNVIDIAは5月14日(現地時間)、車載可能な新型SoC(System On a Chip)「Orin(オーリン)」のラインアップを改めて発表した。Orinは、トヨタ自動車などが採用を決めているAI推論可能なSoC「Xavier(エグゼビア)」の後継製品にあたり、より強力なAI推論機能を備えている。

 NVIDIAのXavierは、特定の条件や領域(例えば高速道路など)で自律的にクルマが走行可能なレベル3自動運転や、基本的に自律走行を行なうレベル4自動運転を実現する高い計算能力を持つ半導体として注目されてきた。多くの自動車メーカーの自動運転開発車両はNVIDIAのAI開発システムを採用しており、そのAI開発の成果を実際の自動車に組み込む車載半導体としてXavierが採用されている。

 そのラインアップは、人が主体的に運転を行ない、ステアリング操作や衝突被害軽減ブレーキ(いわゆる自動ブレーキ)でクルマがアシストを行なうレベル2自動運転向けの30TOPSバージョン、レベル3自動運転向けの160TOPSバージョン、完全自動運転であるレベル5自動運転向けの320TOPSバージョンが存在した。TOPSはTera Operations Per Secondの略で、30TOPSなら1秒間に30兆回演算できることを表わしている。ロボタクシーとも呼ばれる完全な自動運転車には膨大なAI演算能力が必要で、これを実現するものとしてNVIDIAの車載半導体が自動運転分野で多く採用されていることになる。

標準タイプOrinの仕様。レベル2+自動運転をターゲットとしている
Orinのラインアップ

レベル3自動運転車の走行が可能になった日本

 ただ、トヨタをはじめ多くの自動車メーカーは採用を発表しているものの、現在は研究開発段階にとどまっている。量産車においても、機械が自律的に公道で走行するレベル3以上の自動運転可能なクルマは発売されていない。アウディ A8には、レベル3自動運転を可能とする機構が組み込まれているが、法律の問題などもありその機構は使わないように設定されているのが現状だ。

 レベル3自動運転の法律整備は日本が進んでおり、2020年4月から改正道路交通法によりレベル3自動運転車が一定条件を満たすことで走行可能なようになっている。自動車工業会でもオリンピック開催前の7月に自動運転車の大規模なイベント「自動運転実証公開」を行なう予定だったが、新型コロナウイルス問題によりイベントもオリンピックも延期となってしまった。もちろん自動車業界も大打撃を受けており、経済の立て直しを優先する事態となっている。2020年度に登場すると言われていた国産のレベル3自動運転車も、スケジュール変更されてしまっているかもしれない。

進化を続ける自動運転~2020年4月から”レベル3”が走行可能へ~|政府インターネットテレビ

https://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg20482.html

レベル3自動運転より巨大な市場となる衝突被害軽減ブレーキ義務化

 機械が自動運転の主役となるレベル3以上の自動運転車が走る時代は、それが死亡事故低減につながる以上間違いなく到来するだろう。しかしながら、高機能が故に高価格、新しい概念であるための普及のハードルなどもあり、目立つ存在とはなるが市場での多数派になるには時間がかかると思われる。

 そのような状況のなか、現在急速に普及しているのが人間主体のレベル2自動運転に位置付けられる衝突被害軽減ブレーキ。2010年以前からいくつかのクルマで搭載されていたが、スバルがちょうど10年前となる2010年にマイナーチェンジした5代目「レガシィ」に搭載した新型EyeSight(アイサイト)ver.2の「ぶつからないクルマ?」というCMで広く一般に認識された。アイサイト自体は4代目「レガシィ」に初搭載され衝突被害軽減ブレーキ機能もあったが、当時は国土交通省から「ドライバーに過信を与えてしまうのではないか」などの懸念があるとされたためか、自動でブレーキがかかっても最後にぶつかるような制御を実施。文字どおり、衝突被害軽減ブレーキ機能となっていた。

 ただ、これでは歩行者保護の観点からも望ましくない状態なのは事実なので、直前で止まることができ、衝突を回避できるような制御を変更。そのような制御変更をするための一環として、ボルボは2010年3月にクローズドエリアで衝突回避が可能なことをデモンストレーション。このような各社の動きなどが、「ぶつからないクルマ?」であるアイサイト ver.2の登場へとつながっていった。

ボルボ、「歩行者検知機能付きフルオートブレーキシステム」を公開

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/352705.html

 この「ぶつからないクルマ?」というCMは大きなインパクトをもって迎えられ、その後、軽自動車も多くの車種で衝突被害軽減ブレーキを搭載。事故低減の効果も明らかになっていることから、新車では人気の機能となっている。

 当初は、「ドライバーに過信を与えてしまうのではないか」などの懸念から衝突直前にブレーキを解除するという制御のため衝突被害軽減ブレーキと呼ばれていた機能が、止まることも条件によって可能となったことから、衝突回避ブレーキや自動ブレーキと呼ばれることが多くなり、国土交通省でも数年前は自動ブレーキとして紹介。人が運転主体のレベル2自動運転に属するため、また機械が判断してブレーキをかけるため自動ブレーキで間違いはないのだが、ドライバーの過信を防ぐ意味もあって再び衝突被害軽減ブレーキと呼ばれることが多くなっている。

 英語ではAdvanced Emergency Braking Systemと表記され、AEBSと略されるこの自動ブレーキ機構だが、国産車では「ペダル踏み間違い急発進抑制装置」と合わせて標準装着の義務化が決まった。これは世界に先駆けて行なわれるもので、国産車は2021年(令和3年)11月から、輸入車では2024年(令和6年)6月ごろから新車装着が義務づけられる。輸入車が遅れるのは欧州での新車義務化が2024年(令和6年)前半から順次となっているためで、それに合わせた措置となっている。

衝突被害軽減ブレーキ義務化について(国交省資料)
衝突被害軽減ブレーキや踏み間違い防止装置義務化のロードマップ(国交省資料)

 世界的にこの自動ブレーキ機構は新車にとって必須のものとなり、日本同様に装備しているのが当たり前の機能になってくる。つまり、巨大な新市場が生まれることになる。

 NVIDIAの5W版新型SoC「Orin」は、この新しい市場をターゲットしてバリエーション追加されたものだ。NVIDIA オートモーティブディレクター ダニー・シャピロ(Danny Shapiro)氏は、5W版Orinがラインアップに追加された理由について「お客さまの要望があったから」という。Xavierの後継製品となるOrinでは、ハイエンドは200TOPSの性能となり、ローエンドも10TOPSの性能となった。Xavierでは、ハイエンドが320TOPS、ローエンドが30TOPSだったので、ワイドなラインアップを自動車メーカーが望んだのだろう。

NVIDIA オートモーティブディレクター ダニー・シャピロ(Danny Shapiro)氏

 そして、NVIDIA製品の特筆すべきところは、これだけのワイドなラインアップを1つのアーキテクチャでカバーしていることにある。「単一の開発プログラムで全車両に同じアーキテクチャを使用し、同じ環境でAIを開発し、単一のソフトウェアスタックを採用している」とダニー・シャピロ氏が語るように、自動車メーカーはレベル5の自動運転も、すべての新車に義務化される自動ブレーキも同じAIライブラリを用いて開発できるため、精度の高い開発、効率のよい開発ができる。

 この5W版Orinは、フロントウィンドウの裏側に一体型のユニットで取り付けられるほどコンパクトな筐体を実現できるという。シャピロ氏に特別な低消費電力技術が使われているのかどうか聞いてみたが、現時点では具体的な技術について語ることはできないという。半導体の低消費電力技術は、配線の微細化のほか、抵抗を下げることやゾーンごとに必要な電力を供給するなどの方法があるが、それらについては今後公開されていくのかもしれない。

Xavier(左列)とOrin(右列)製品ラインアップの違い。Orinでは、さらに5W版が追加された

 レベル2+に使える200TOPS(45W版)のAI性能を持つOrinでは、170億個のトランジスタを集積し、12の64bit Arm Hercules CPUを搭載。AI部分のCUDAユニット数は発表されていないが、5W版のOrinでは消費電力が小さいことから、いくつかの要素は調整されていると思われる。なにがどのくらい調整されているのかは明らかになっていないが、自動ブレーキなどのADAS(Advanced Driver-Assistance System)を実現でき、あまり多数のセンサーを用いないフロントカメラソリューション向けと位置付けることができるだろう。

 衝突被害軽減ブレーキ義務化が迫っている現状を考えると、すぐにでもこのOrinでの開発に取りかかりたいところだが、NVIDIAのシャピロ氏はそれも可能だという。開発については、「今日から始められます。実際には、1年前、2年前に始めることができています。これは、同じ共通アーキテクチャの一部であるため、すでにカスタマーが行なっていることです。現在、Xavierで仕事をしている人たちは、そのソフトウェアはすべてOrinと互換性があります」と語る。

 これは、NVIDIAの開発環境の優れた点で、AIスーパーコンピュータから車載SoCのレベルまで同じ開発環境を使えることを表わしている。NVIDIAが現在提供する開発環境で、AIやシミュレーション開発を行なえば、実際にOrinが登場したときに処理能力に応じた仕事を割り振ることができる。多数のセンサーやカメラを使って完全な自動運転を行ないたければ2000TOPS版のOrinを使えばよいし、複数のカメラとセンサーでのレベル2+ならば200TOPS版、そして自動ブレーキ、衝突被害軽減ブレーキといったADAS向けならば10TOPSの5W版を使えばよい。

 Orinの出荷時期についてダニー・シャピロ氏は、サンプル版を2021年、通常版を2022年、5Wの低消費電力版を2023年と語る。欧州では2024年から衝突被害軽減ブレーキの義務化が始まるので、それらを見据えた時期であるのは間違いない。では、それより早く義務化が始まる日本での採用については、日本の自動車メーカーが、そして自動車を購入する消費者がどのような性能を求めるのかによるだろう。ただ、いち早くADAS機能に慣れ親しんだユーザーが多く存在する日本においては、昼はもちろん夜でもしっかり歩行者や自転車を認識して確実に止まることができるといった高度な能力が求められていく。その際に高度な自動運転レベルの開発ノウハウを注ぎ込みやすい5W版Orinは、衝突被害軽減ブレーキの義務化において有力な選択肢となっていくだろう。