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藤島知子の2時間耐久「MEC 120」のシリーズ化についてVITA CLUBの神谷弦氏に聞く
2023年8月4日 15:00
- 2023年7月22日 開催
KYOJO CUP 第2戦の開催前日に「MEC 120」と呼ばれる耐久レースが富士スピードウェイで開催された。「MEC 120(minutes Endurance Challenge 120)」はVITA CLUBが製作したレース専用車両「VITA-01」と「v.Granz」の混走で行なわれる耐久レース。2023年のシーズンは7月1日~2日の鈴鹿サーキットの開幕戦を皮切りに、第2戦が7月22日に富士スピードウェイで開催され、今後、第3戦が11月19日に岡山国際サーキット、第4戦は12月10日にモビリティリゾートもてぎで開催される。
耐久レースは3つのクラスに分かれており、v.Granzクラスのほか、VITA-01はアマチュアとプロドライバーが同じマシンで走るVITA-Pro・Amaクラスとアマチュアドライバーのみで構成されるVITA-Ama・Amaクラスで順位を競う。主なルールとしては、1〜3名のドライバーで120分を走るものとなり、ピットインをして、2度のドライバーチェンジと給油を行なわなくてはならない。いったんピットに入ったら、計測開始ラインを通過してコースインするまでに180秒以上ピットエリアに滞在しなければならず、セーフティカー(SC)導入中は給油が禁止される。
レース専用車両として設計されたv.Granzはダイナミックな抑揚で構成された美しいスタイリングが特徴のマシン。パワーユニットは1986ccのトヨタ製M20-FKSダイナミックフォースエンジンをベースとしたもので、5速のシーケンシャルトランスミッションとの組み合わせ。手元のパドルで変速する仕組みだ。車両重量は590kgで、富士スピードウェイの予選では上位勢が1分50秒台なのに対し、同時に走るVITA-01は1分58秒から59秒台。8秒以上の差が生まれるが、VITA-01はコーナリングにおけるすばしっこさが強み。両者の特徴を理解し、車速が異なる車両を互いに交わしながら走ることが求められる。
52台のマシンがエントリーした今回のレース。エントラントミーティングでは、VITA CLUBの神谷弦さんが登壇し、マシンを提供してきたコンストラクターの目線からレースを作り上げていることについて説明があった。専任スタッフとして、レースディレクターや車両の安全やイコールコンディションをつかさどるテクニカル担当を設けたほか、シリーズを通じてアナウンスを担当する多賀稔晃さん、解説にはVITA CLUBのアドバイザーを務めるレーシングドライバーの福山英朗さんが毎戦レポートを行なうそうだ。福山さんのコメントによれば、「MECの理念はアマチュアドライバーを優遇し、楽しみ、上手になることが目標であり、それを導くスタッフがいる。アマチュアドライバーとなるAドライバーがスタートを務めるルールは経験を積んでほしいから」と語っていた。
毎戦、全国各地のレース開催地に足を運び、参加者に寄り添ってきた神谷弦さんにお話を伺わせていただいた。
神谷氏:昔は鈴鹿1000kmなど、当たり前にあった耐久レースがいつの間にかなくなってしまい、ドライバーもメカニックもオフィシャルも経験が少なくなっていました。次の世代に向けて、質の高い安全なレースを作り上げていくことが必要だと考えてMEC 120の開催に至りました。
藤島:アマチュアが楽しめるレースカテゴリーにちょうどいいマシンがないということで、御社ではVITA-01やv.Granzなどのレース専用車両を製作してこられました。
神谷氏:私たちはクルマをゼロから作り上げ、多くのドライバーを育ててステップアップにつなげてきました。ところが、時代とともに、スタートとなるカテゴリーがFIA F4になってしまった。でも、いきなりそこにいくにはハードルが高いものです。入門カテゴリーでしっかりとルールやマナーを学ばなければ、スピードが高く、エネルギーの高いマシンで戦って事故をしたときにリスクを負うことになります。そうしたこともあって、昔は私たちが経験してきたことを分かりやすく、みんなが学んでいく形をとる必要があると思い、MEC 120は上のカテゴリーで経験を積んだ人たちの意見を採り入れながら作り上げています。
藤島:そうした場で経験を積むことでスキルを高め、ドライバーだけでなく、メカニックもオフィシャルも育てていくイメージですね。
神谷氏:例えば、ガソリンを給油する際に昔ながらのプラスチック容器を使っている様子を見かけることがありますが、ガソリンが漏れると引火の可能性が大きくなります。でも、アマチュアが多いカテゴリーではクルマが燃えた経験をしていないぶん、危険性が周知されていなかったりするのです。私たちはその対策として、安全給油装置をつけた携行缶を開発しました。安全に対する考え方を今の時代に変えていってもらうことが大切だと考えています。
ルールを守ってペナルティをなくすことも大切です。例えば、幅寄せをして他車を押し出すとペナルティになるなど、ペナルティにはいろんなケースがあることを何度も繰り返して伝えています。こうしたカテゴリーにレースディレクターが置かれることは今までなかったことですが、そうした人がいることで、「練習走行の走りは危なかったよ」など、声かけをしています。こうしたイベントを開催することは正直言うと赤字ですが、私たちはコンストラクターなので、お客さまにクルマを購入していただくことでその費用を捻出している形です。ウエストレーシングカーズの創立者である神谷誠二郎が作り上げたコンセプトは、メンテナンスガレージの仕事が増え、ビジネスになる組織図を描いてきました。“みんなで一緒に学んで成長していこう”という考え方です。
藤島:耐久レースは数人のドライバーが走る経験を積めますし、シェアしていけば、参加できるチャンスも拡がるもの。そうした場を一度淘汰させてしまうと、その次の時代につながらなくなってしまいますね。
神谷氏:大きく変えていく時期だと思います。どうして今なのかというと、来年度から日本もフォーミュラのFIA F4のレギュレーションが新しい基準に変わり、ハロ(halo=コックピットの上に取り付けるドライバーの頭部保護装置)が義務づけられたりと、安全面の規制が厳しくなるからです。カーボン素材を使って何kgに抑えなければならないなど、F1並みの厳しさになっていきます。世界的に安全性が求められる動きがある中、お客さまと直接接する立場としても、“安全なクルマに乗りたい”という要求はさらに高まってきていると感じています。
MEC 120はテクニカル、スポーティング、セーフティ。この3本柱を大切にして取り組んでいるものです。VITA CLUBのレースは福山英朗さんにアドバイザーを務めていただいていますが、マシン同士が絡んで事故をすることも減り、チームやドライバーたちがお互いにリスペクトし合いながら戦っていく形に変わってきています。耐久レースではいろんなドライバーが組んで同じピットで知り合いになって、若手のドライバーを育てようとしてくれている。それが今のVITA CLUBのレースの現状です。
藤島:鈴鹿を走っているチームも来ていましたが、ドライバーズミーティングで福山さんは“鈴鹿と富士で走り方も違うし、譲ってくれたと思っても、もしかしたらそれはその人の走行ラインかもしれない。勘違いでぶつかることもあるので注意したほうがいい”など、自分では気づきにくいことを勉強させていただきました。今回の耐久の流れをみても、アマチュアのAドライバーがスタートドライバーを務めるレース前半に接触事故のトラブルが少なく、セーフティカーは出動せずに済みました。まさに、ドライバー同士が安全に走る意識を共有できた賜物だったと思います。
神谷氏:慣れていないドライバーの場合、まわりに目を配るゆとりを持てないこともある。でも、それを学んで成長する必要があって、まわりもそうなりがちなことを知っている。当たり前に理解し合える関係性がVITA-01の世界だなと思います。
藤島:長年、レースに関わり、地道に続けてきた取り組みが今のいい流れにつながってきている。会社設立から50年で培ってきたことは大きいですね。
神谷氏:私が社長を引き継いで4年目になりますが、レースの現場では参加者のみなさんとコミュニケーションをとらせていただいています。
藤島:社長である神谷さん自らがピットに足を運ばれている姿をよく見かけますが、マシンに対する困りごとの相談ができたりと、作り手と直接対話できることに安心感を得ているチームが多いのではないかと思います。それに、2023年のシーズンのMEC120はいろんなコースで転戦を楽しめるシリーズになりましたね。
神谷氏:元々、VITA-01のレースは全国のサーキットと一緒に作ってきたものです。耐久レースが開催されることによって、各地のサーキットを活性化することにもつながってほしいです。
藤島:v.Granzのレースも盛り上がりをみせていますね。
神谷氏:v.Granzは2021年の11月に発売を開始しましたが、すでに50台近く販売し、ポルシェやフェラーリなどのGTマシンに乗る人がスキルアップのために購入するケースが多いです。ライトウエイトのマシンなので、荷重移動が手に取るように分かりますし、重たい箱車で練習するよりもドライビングを学べます。高級車のレーシングカーと比べると、ランニングコストは10分の1ほど。v.Granzに搭載している直噴エンジンは開発に手間をかけて作り上げたものですが、できるだけ手の届きやすい価格でみなさんに提供することで、そのぶん、練習して上手になってもらい、ハイパワーで速いクルマに乗ったときの事故をなくすことにつながってほしい。安価なクルマであれば練習量を増やすことにお金と時間をかけられます。
藤島:シンプルなレーシングカーは量産車のように電子制御でフォローされないぶん、クルマ本来の挙動を感じたり、基本となる操作を学んだりすることもできますね。
神谷氏:止まる、曲げるという限界のアクションを体感してもらって、それを回避する能力をつけてもらう。ただ速く走るよりも、どうしたらクルマをコントロールできるか。そうした経験を積むには耐久レースが向いていると思います。
藤島:1台のマシンを他のドライバーとシェアすることで得られる気づきもありそうですね。
神谷氏:VITA-01にプロドライバーとアマチュアが組むPro・Amaクラスを設けたのは、あくまでもレースはアマチュアが主役なので、プロはアマチュアを応援するために走る。プロのルールやマナー、運転技術を学ぶことによって、より早く上手になると考えました。だから、プロは最低限しか走れないことになっています。プロにとっても、コーチングをする機会につなげてほしいし、コーチングをする学びにもなります。FJ1600でチャンピオン、FIA F4でチャンピオンになっているドライバーはプロではないけど、プロに負けない速さを持っているので、MEC 120ではプロという扱い。若手のドライバーを選んでくれると、彼らのチャンスにもつながります。
藤島:最後にこのレースに興味を持っているみなさんにメッセージをお願いします。
神谷氏:スプリントが当たり前の中、耐久レースの魅力はまだ伝わっていないのではないかと思っています。チームとライバルがリスペクトし合えるものであり、これがモータースポーツの目的であって、それを学び取れる場でもあります。何十年もやってきたエンジニアの言葉を借りれば、耐久レースは作戦と戦い。これが面白い。深い言葉ですが、これがモータースポーツの醍醐味だと思っています。みんなの心を1つにできることの素晴らしさを多くのみなさんに体感していただきたいと思います。