試乗インプレッション

航続距離438kmのジャガー初フルEV「I-PACE」、その加速力はスーパーカー並み

ワンペダルドライビングのフィーリングはどうか?

 ジャガーからBEV(バッテリー式電気自動車)の「I-PACE」がデビューした。ジャガーの各ラインアップにはPHEV(プラグインハイブリッド)も含めたハイブリットはなく、今後の欧州のCO2規制にも不安を残したが、一気にフルEVで前進した格好だ。

 しかもI-PACEは本格的なEV(電気自動車)として専用設計されたモデルで、既存のプラットフォームからのコンバートではない。BEVではエンジンを搭載しないためにキャビンの設計が比較的自由になり、I-PACEではキャビンを前に出して居住空間を広くとったキャビンフォワードとしてホイールべースを長くとり、乗り心地や安定性に対して大きなメリットがある。

 横から見ると低いボンネットと四隅に配置されたタイヤ、そして長いホイールベースが特徴だ。デザインはセダンにこだわらず全高は無理に抑えていないので、独特のSUVフォルムを持っている。

 全長は4695mmとそれほど長くないが、ホイールベースは2990mmとLクラスミニバンほどもある。全幅は1895mmでかなりワイドボディだが、低いボンネットのため、それほど大きくは見えない。全高は1565mmとSUVというよりもちょっと背の高いセダンといった佇まいで、I-PACEのBEVらしいユニークなデザインを際立たせている。

撮影車は「I-PACE HSE」(1162万円)。ボディカラーは「コリスグレイ」。ブラックエクステリアパック、電子制御エアサスペンション、固定式パノラミックルーフ、アダプティブサーフェイスレスポンス(AdSR)などのオプションを装着する。ボディサイズは4695×1895×1565mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2990mmで、最小回転半径は5.6m。前後にそれぞれ1基ずつ計2基を搭載する「TZ-204」型モーターを90kWhのリチウムイオン電池で駆動し、システム最高出力は294kW(400PS)/4250-5000rpm、最大トルク696Nm/1000-4000rpmを発生。WLTCモード航続距離は438kmとなる
フロントグリルからボンネットスクープに空気を導くフロントデザインで、空気抵抗係数(Cd値)は0.29を達成。HSEは対向車の有無といった状況に応じて自動的にハイビームを調整し、夜間の視認性を高める「マトリクスLEDヘッドライト(LEDシグネチャー付)」を標準装備
アロイホイールはオプションの「20インチ5スポーク“スタイル5068”(グロスブラックフィニッシュ)」を装着。組み合わせるタイヤはグッドイヤー「EAGLE F1 ASYMMETRIC 3 SUV」で、サイズは前後ともに245/50 R20
ドアハンドルは格納式の「デプロイアブルフラッシュドアハンドル」となる

 BEVのI-PACEは高性能モーターを前後輪用に2基使い、4輪を駆動する4WDだ。搭載するリチウムイオンバッテリーは総電力量90kWhという大きなもの。ちなみにBEVの日産「リーフ」が40kWh、「e+」で62kWhだから、その出力の大きさが分かりやすい。この大きな電池は12セル×36モジュラーで構成され、強固なシェルに入れられてフロア下に納められている。高性能の軽量モーターは147kW/348Nmのパワーを誇り、このモーターを前後に配置することでトータル294kW/696Nmの出力を出す。パワーにすると400PSである。ジャガーのモーターはレアアースを使った永久磁石で、特徴としては低中速回転での電力損失が少ないと言われる。

 車両重量は大きなバッテリーを積んでいるので、パノラマルーフ装着車で2250kgと重量級だが、航続距離はWLTCモードで438kmとされるので、行動半径はかなり広がる。余談だが、フォーミュラEのサポートイベントとして開催されているワンメイクレースの「I-PACE eTROPHY」では装備を外してレース用のパーツを付け、2tを切る重量となっている。というわけで、市街地で争われるI-PACE eTROPHYもなかなか見応えがある。

 ボディはジャガー車の例にもれずアルミで作られており、軽量化されているとともに、車体中心の低い位置にバッテリーを置くのでそれを守るアルミフレームや前後のアルミサブフレームなどで、ジャガー車の中でも最も高いねじれ剛性を実現したとされる。ちなみに前後重量配分は50:50となっている。

 サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン、リアは「F-PACE」の改良型インテグラル・リンクで通常モデルはコイルバネだが、オプションでエアサスペンションも選択でき、この場合は車高調整される可変ダンパーとなる。試乗車はこのエアサスペンションだった。

 キャビンは広く、明るい。ルーフ全面のガラス・パノラミックルーフは太陽光を吸収し、再放射する特殊コーティングが施されており、なんとも言えない空間で気持ちがいい。ブラインドはなく、その必要もないという。長いキャビンは後席が広いだけでなく、ラゲッジルームも奥行きが広い。ユニークさだけではなく、優れたパッケージングで実用性も高い。EVらしいのは大きなエンジンがないので、ボンネット下にも27Lの小物を置けるスペースがあることだ。

インテリアカラーはI-PACE専用にデザインされた「ダップルグレーププレミアムテキスタイル」と、スエードクロスの組み合わせ。オプションとなる頭上のパノラミックルーフは赤外線を吸収するラミネート構造を採用し、季節を問わず車内を快適に保つことができる

 さらに、プロペラシャフトのないメリットを活かして、リアシート下には狭いが手まわり品を置けるスペースが設けられており、リアシートを有効に使えてうれしい。ラゲッジルームはDピラーが寝ているのでバンのようには積めないが、656Lの収納能力がある。もちろんリアシートが倒せるので、一気に1453Lのスペースが出現する。

オプションの「4ゾーンクライメートコントロール」を選択すると、センターコンソールの後ろにリア用のエアコンダイヤルが付く
USBなどの電源ソケットをセンターコンソール下部に配置
フロントシートバックにもUSB充電ソケットが付く
奥行きが967mmある656L~1453L(エアサスペンション搭載車は18L少ない638L~1435L)の大容量リアラゲッジルームを確保するとともに、ボンネット下には27Lの収納スペースを備える

 ドライバーズシートに座ると、視界のよさとヘッドクリアランスがタップリしていることに気付く。電池を収納する関係でフロアが高くなるEVで、予想以上にたっぷりしているのは驚いた。もちろんリアシートも同様だ。

 ドライビングポジションも無理のない姿勢で、ペダルやステアリングにも余裕をもって届く。アイポイントはセダンより高いのとボンネットが下がっているので、視界は開けている。

 車内のインターフェースは「レンジローバー ヴェラール」で採用したデュアル・タッチスクリーンの「TouchProDuo」をジャガーで初めて採用している。タッチスクリーンに触れて階層に入っていき、各種のセッティングができる。このタイプのインフォテインメントシステムはコントロールスイッチの露出が少ないので、拒否反応が出るとなかなか手ごわいが、I-PACEの場合、少しコツを掴むと感覚的に階層に入っていくことができた。

I-PACEのインテリア。ジャガー初採用の「Touch Pro Duo」は10インチと5インチの高解像度デュアルタッチスクリーンを備える
スエードクロスのステアリングホイールの奥には、ナビゲーションや電話、メディアなどの各種情報を表示する12.3インチ高解像度インタラクティブドライバーディスプレイを搭載
コンソールボックスのまわりには、シフトやドライビングモード、車高などの切り替えスイッチを配置

 Touch Pro Duoを使ってクルマ側の設定をする。最初はEVながらクリープができるモードとブレーキ回生を強めにしていよいよ街に乗り出す。

BEV(バッテリー式EV)I-PACEの印象は?

 幅の広さが気になるかと思ったが、走り出してしまうと意外と大丈夫で、見切りがいいのは魅力だ。ただし、リアウィンドウの上下幅が狭いので、後方視界は制限される。その代わり、ブラインドスポットモニターといった各種センサーのおかげで、それほど不便は感じなかった。

 EVでクリープができるとトルコンATのように走れるので、坂道などでも油断して後ろに下がったりしないのでありがたい。ただ、回生ブレーキを強くしていたのでアクセルを離すとグンと減速してピッチングが大きく出てしまい、同乗者にとってはあまり気持ちのいいものではなかった。アクセルOFFで最大0.2Gの減速Gが出るので結構強い。ブレーキペダルを踏まないでも停止できるワンペダルドライビングが可能だ。このモードで慣れるまでには少し時間がかかるが、回生ブレーキを弱くするとより自然な減速をするが、EVらしいワンペダルドライビングができるので、こちらでもI-PACEを楽しめる。

 試乗車はエアサス仕様で「乗降時」「通常」「オフロード時」の3段階の調整が可能。上下の高さは90mm調整できる。ジャガーによると、オフロードモードでは水深500mmまでの走行ができるようだ。スマートな外観以上にタフなEVだ。

 また、ひとたびアクセルを踏みこむと、あっという間に高速道路の制限速度まで到達する。その爆発力はスーパーカー並みで、カタログによると0-100km/h加速はわずか4.8秒という。

 ドライブモードは「Eco」「Comfort」「Dynamic」がメインで、その他に悪天候時など困難な状況での走行をサポートする「AdSR(アダプティブサーフェイスレスポンス)」というモードがある。各モードではアクセルゲインが異なり、例えばDynamicだと発進でアクセルをちょっと踏むとI-PACEは飛び出しそうになり、走り始めてからのアクセルの反応が非常に鋭い。Comfortでも十分に速いので、通常はEcoかComfortで充分にスムーズで速い。

 低重心のためロールは非常に少なく、正確で安定したハンドリングが得られるが、Dynamicではさらにロールが減り、レーシングカーのような姿勢変化の少なさだ。ただ2.2tという重量は依然としてあるので、過信してはいけないと思う。

 乗り心地は路面からの凹凸には反応するが、余分な動きはなく快適だ。長距離ドライブでも疲れないのはEV特有の振動の少なさに加えて、このピッチングの少ない乗り心地が貢献している。

 将来を見据えた自動運転につながるレベル2の機能にも取り組み、ドライバーコンディションモニターなど、支援機能にも積極的だ。

 充電だが、現在普及している家庭用の3kWの充電器ではI-PACEのバッテリーが空になると3日ほどもかかってしまうが、次第に普及が予想される6kWだとその半分になるほか、急速充電器を使ったつなぎ充電と目的地で充電する方法を使うと、にわかに現実的な走行距離になる。

フロントフェンダー部分に給電口を設置。助手席側は急速充電規格「CHAdeMO」に対応する充電ポートを、運転席側は最大7kWまで対応する普通充電ポートを備える。リアラゲッジのアンダートレイには、全グレードに標準装備されるマルチファンクション充電ケーブル(モード2ユニバーサル)を収納
Touch Pro Duoの「My EV」で車両の充電状況や航続距離を確認できるほか、イグニッションをOFFにするとインタラクティブドライバーディスプレイにも情報が表示される

 EVは税金の多くが免税となるほか、ガソリンと比べて走行コストが3分の1いう試算もある。価格帯は「S」の959万円から、「FIRST EDITION」の1312万円まで幅広い。まだまだEVは高価だが、将来に開ける技術が注目される。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学