試乗インプレッション
三菱自動車「eKクロス」、見た目や先進装備だけじゃない基本性能の進化こそ長所
自然吸気、自然吸気+ハイブリッド、ターボ+ハイブリッドに試乗
2019年4月28日 12:00
“ミニデリカ”登場?
好き嫌いが白黒ハッキリ分かれるフロントマスクになって登場した「デリカD:5」に続き、またまた三菱自動車工業が世間を騒然とさせている。フルモデルチェンジしたトールワゴン軽自動車のeKシリーズが、まるで“ミニデリカD:5”のようなデザインで登場したのである。
恐竜のようでもありカミソリのようでもあり、近未来のパワードスーツのように見えなくもないそれは、これまでのカスタムという概念を捨て、タフで力強いデザインを目指したという「eKクロス」。一度見たら忘れられない、ほかの何にも似ていない、新世代三菱らしいSUVフォルムで個人的にはとても心惹かれるデザインだ。もちろん、標準デザインの「eKワゴン」も用意されていて、そちらは優しい表情のノーブルなデザイン。eKクロスほどのインパクトはないが、老若男女誰にでも好まれそうではある。
なぜここまでデザインに力を入れてきたかと言えば、ユーザー動向の変化に着目したからだという。軽自動車購入時に重視するポイントを調査したところ、2008年には8位だった「スタイル・外観」が、2018年にはなんと3位に浮上。同じく4位だった「車体色」が堂々1位に輝いている。ちなみに2008年の1位は「税金・保険などの諸経費」で、2018年にはランク外、2位が「車両価格」でこれは変わらず、3位だった「燃費」は8位に下落。“クルマは見た目が8割”と言われることもあるが、それがいよいよ軽自動車にも当てはまるようになったということだ。
今回、街中でeKクロスを試乗していたところ、信号待ちなどで隣のクルマや歩行者からかなり熱い視線を感じた。これは過去の軽自動車の試乗中にはほとんどない経験で、注目の高さを実感。しかも若い世代の方が「オオッ!」という表情で振り向くことが多く、まずは見た目でターゲットユーザーの心を掴むというミッションはクリアしそうだ。
さらに、新型eKシリーズは決して見た目だけ頑張ってきたのではなく、その内容も盛りだくさんであることを伝えなければならない。何しろ、パワートレーンやプラットフォーム、ハイブリッドシステムをまとめて一度に刷新。ホイールベースが65mm拡大したことで、クラスNo.1の室内空間、荷室を実現。全車速で追従およびステアリング制御が作動する「MI-PILOT(マイパイロット)」の搭載をはじめ、雨の日や夜間でもクリアな後方視界が確保できる「デジタルルームミラー」を軽初搭載するなど、クルマとしての基本性能もプラスαの先進機能も、ともに飛躍的に進化させている。
室内からチェックしてみると、まず感じるのは素材やデザインによる上質感がしっかりとあること。eKワゴンはグレージュを基調とした優しい色合いで親しみやすさや開放感を強調し、eKクロスはブラックを基調にブルーを挿し色として、アクティブかつ大人っぽい空間に。オプションで用意されるプレミアムコンビネーションインテリアは、ブラウンカラーのクロスと合皮のコンビで、目の肥えたユーザーにも満足のいく上質感を実現している。
そしてクラスNo.1を謳うとおり、前席はショルダールームが広くて助手席の人と近づきすぎず、後席はスライドで最後端にすると、足を組んでもまだ余裕のニールーム。スライドが左右独立ではなく一体式なのが残念だが、ニールームの数値的には先代比70mm増の710mmになり、これは高級セダンとして販売されていた「プラウディア」並みだそう。広さだけでなく、フロアの中央にありがちな出っ張りをなくし、フラットにしているのも後席の快適性につながっている。ただ、そのためにフロアがやや高く設計されており、座面が低い位置になって背の高い人は膝が浮くような姿勢になってしまう。メーカー側としては、小柄な女性や子供でも足が床にしっかりと届き、座りやすいという点をアピールしていた。
荷室は奥行きが135mm広がり、5:5分割で後席の前倒しが可能。完全にフラットにはならず、やや段差は残るものの、床下収納も2WDモデルで54Lとたっぷりの容量で、フロアボードを開ければ20cmの深さがあり、A型ベビーカーが立てて置けるのは立派だ。
収納スペースでは、まず感心したのが「車検証」の専用ポケットが助手席側のドアに設置されていること。普段はほとんど使わないのに、いつもグローブボックスの中でかさばる車検証をそちらに収納することで、もっとほかの物が収納できるようにとの配慮からだ。そして、スマートフォンなどをUSBで充電しながら置けるオープントレイ、引き出し式のフラットなセンタースライドトレイ、紙パック飲料も入るドリンクホルダーなど、ドライブ中の便利さをサポートする収納がそろう一方で、ボックスティッシュをすっぽりしまえるスライドボックス、ゴミ箱にもなりそうな容量たっぷりのセンターロアボックスなど、見た目のスッキリ感を意識した収納もある。
さて、eKシリーズに用意されるパワートレーンは、eKクロスに自然吸気エンジンのハイブリッドとターボエンジンのハイブリッド、eKワゴンに自然吸気エンジンの3タイプ。自然吸気でも最大でトルクが15%アップしたという新開発のエンジンは、従来は5500rpmで発生していた最大トルクが新型では3600rpmで得られるようになり、ターボエンジンでは3000rpmだったのが2400-4000rpmと幅広い領域で発生する。そのおかげで発進加速が大幅に向上したほか、アクセルペダルをそれなりに踏み込むと伸びのある加速を体感できるDステップ変速を軽初採用し、リニアな加速感を体感できるという。
また新開発のCVTは副変速機を廃し、ギヤ比の上下幅を広げることで実用域での加速を力強く制御。軽量化や低フリクションベルトなどの燃費向上技術、エンジン締結剛性を向上させる静粛性向上技術も採用した。
そして新ハイブリッドシステムでは、従来の鉛酸電池2個のうち1個をリチウムイオン電池に変更したことで、回生エネルギーが約2倍、アイドリングストップ時間が約10%アップと、モーターアシスト時間が10倍以上に進化している。
基本性能が進化
まずはeKワゴンの自然吸気エンジンから試乗すると、予想以上に軽やかな発進加速に始まり、そこからだんだんと厚みが増してくるような、とても悠々として上質な加速フィールに心が躍った。適度に手応えのあるステアリングは安心感があり、硬さのないしなやかな足まわりでコーナリングも気持ちいい。試乗日は強風だったが、室内がとても静かなことにも驚いた。さすがに80~100km/hほどになるとエンジン音が大きくなってくるが、クリアな音で不快感がないのも印象的だ。乗り心地も穏やかで、バランスのいいクルマに仕上がっていると感じた。
次にeKクロスで自然吸気エンジンのハイブリッドでは、eKワゴン同様に軽やかさのある加速フィールではあるものの、発進直後やブレーキングの際などにやや制御のギクシャク感が出てしまうのが残念。高速道路の追い越しや合流など、強い加速がほしい場面でもやや物足りない印象ではあるが、低速から中速域では踏み込みに対して余裕のある加速が得られるので、どちらかと言えば街乗りメインの方が快適に走れるのではないかと感じた。
そしてターボエンジンのハイブリッドに乗り換えると、出足からモリモリとトルクが湧き出るような力強い加速フィール。軽快というよりは重厚感の方が強めで、上り坂や追い越しなど、ここぞという場面でパワーがシッカリ引き出せるところが頼もしい。頻繁に加減速を繰り返すと、そのつながりにやや粗さを感じるところもあったものの、やはり全域で余裕があるので、メリハリのあるスポーティな走りも楽しめて爽快だ。後席の乗り心地はやや硬めで微振動もあるが、前席ではまったく不快感はなく、むしろコーナリングの際にガッシリと路面を捉えてくれる安心感がある。街乗りから長距離までこなすなら、ターボハイブリッドはベストな選択だろう。
今回は試す機会がなかったが、新しいeKワゴンとeKクロスはクルマの動きを安定させるASC(アクティブスタビリティコントロール)や、雪道やぬかるみからの脱出を助けるグリップコントロールがついており、eKクロスではメーター内のディスプレイに作動状況がイラストで表示される。最低地上高が155mmなので、本格的なオフロードはちょっど厳しいかもしれないが、雪山へ出かけるようなユーザーには嬉しいところだ。
また全モデルに共通するのが、足の小さな人でも踏み込みやすいペダルの角度や、握りやすいシフトレバー、シートポジションの調節がしやすいレバー形状など、運転するたびに感じるストレスや不安感をなくす取り組みが反映されていること。開発チームには女性の評価担当者も在籍して、女性視点でもそれらに目を光らせて熟成させてきたという。
デザインや先進装備に話題が集まりがちだが、私はむしろそうした地味な部分にまでこだわったところが、eKシリーズの長所だと感じている。購入後にやがてデザインの新鮮味がなくなってきても、操作系などの基本性能が人に優しいクルマならば、どんどん体になじんで乗るたびにホッとするような存在になっていく。運転ビギナーも多く乗る軽自動車だからこそ、そうした基本性能をしっかり高めてきたeKシリーズは、価値のある1台だと実感した。