試乗記

日産「スカイライン NISMO」公道試乗 伝統は伝説の積み重ねで生まれる

1000台限定で2023年9月に発売された「スカイライン NISMO」

バランスのよいV6エンジン

 伝統はお金で買えない。そして伝統は伝説の積み重ねで生まれる。「スカイライン NISMO」のハンドルを握って、改めてそんな思いが強くなった。フロントフェンダーのGTエンブレムは、スカイライン伝説の始まりを告げるS54BのGT-Bエンブレムをオマージュしたものだと感じた。

 シートはレカロのバケットシートで、競技用に近い深さがある。シートサイドは高いものの乗降性はそれほどわるくない。GTらしいシートで要所にスウェード素材が張られ、体が程よくサポートされるよう配慮されている。

 心地よいシートに収まりドライビングポジションを取ると自然にステアリングホイールに手が伸びる。メーターも左のタコメーターは赤いリングが付き、速度計は280km/hまで切ってあり、ノスタルジックな精密機械を感じさせスカイライン乗りの心をくすぐる。

究極のGTカーを目指して開発されたスカイライン NISMO。価格は788万400円で、レカロ製スポーツシート+カーボン製フィニッシャー装着車は847万円。ボディサイズは4835×1820×1440mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2850mm
エクステリアでは前後バンパーとサイドシルカバーをスカイライン NISMO専用とし、鮮やかなレッドアクセント、NISMO専用フォグランプ、NISMOエンブレムなど新世代NISMOロードカー共通の要素を用いることでひと目でNISMOと分かるデザインを採用
タイヤは専用開発のダンロップ「SP SPORT MAXX GT600」を採用するとともに、リム幅を拡大しながら高剛性と軽量化を両立させたNISMO専用のエンケイ製19インチアルミホイールを装備
ブレーキには対フェード性に優れる摩擦材を採用したほか、専用タイヤとブレーキパッドに合わせてABSの制御見直しを実施。VDCにもスタビリティの向上に合わせた専用チューニングを行なっているという
ボディサイドにGTエンブレムが備わる

 イグニッションボタンを押すと静かだが迫力のある低音が響き、マルチシリンダーエンジンの心地よさが耳に響く。V型6気筒3.0リッターエンジンはベースとなった「スカイライン400R」から11kW(15PS)増の309kW(420PS)/6400rpmになり、最大トルクも75Nm増の550Nm/2800-4400rpmを発生する。

 その豊かなパワーバンドは400Rで限界まで引き上げたと思われたが、さらにNISMOでは期待を裏切らない魅力があった。速さだけでなくスカイラインに思いを込めるエキスパートたちの手によってGTへのこだわりを感じたのだ。

インテリアではスカイライン 400Rの質感をそのままに全体を黒基調で統一。コクピットまわりにはレッドセンターマーク付きのNISMO専用本革巻ステアリング、280km/hスケールのスピードメーター、NISMOロゴを配したレッドリングタコメーターを採用。さらにNISMO専用チューニングのレカロ製スポーツシートをオプション設定しており、こちらはスエード調表皮の貼り分け位置にこだわり、急旋回時でもシート中心部に体圧が残る高いホールド性を実現

 まずバランスのよいV6エンジン。大排気量マルチシリンダー特有の心地よい回転フィールはアクセルのツキが良く、低回転からトルクの盛り上がりと抜群の回転フィールが特徴で、エンジン回転の伸びと出力カーブがドライバーフィールに完全にマッチしている。しかも大きなトルクは数字ではなく感覚的に刺激してくる。低い排気音と体に伝わるリズムのような微細な振動は練り込まれた内燃機関しか持ちえない。

 さらにアクセルを踏み込むと力強く加速するが、550Nmの大きなトルクを公道で解放するにはリスクが大きい。瞬時のエンジンの鼓動を感じるだけにした方がよさそうだ。

スカイライン NISMO専用のV型6気筒DOHC 3.0リッター直噴ターボ「VR30DDTT」型エンジンは最高出力309kW(420PS)/6400rpm、最大トルク550Nm(56.1kgfm)/2800-4400rpmを発生

19インチのタイヤを見事に履きこなす

 大きな出力はしっかりと足まわりが受け止める。フロント:ダブルウィッシュボーン、リア:マルチリンクの基本構成は変わらないが、サスペンションの見直しでポテンシャルを引き上げた。アクセルを踏んだ時は一瞬リアが沈むが、ジオメトリーの妙で過大にならず、265/35R19というワイドタイヤがパワーをガッチリとキープする。スカイライン NISMOの心地よさは良くできた内燃機関だけが突出しているわけではなく、車体全体でも表現している。

 コーナーでも姿勢変化が少なく、一連のドライビングはリズミカルで心地よい。ステアリングレスポンスは鋭敏というよりも確実で、NISMOはじっとりと手になじむようにターンインする。245/40R19の大径フロントタイヤを見事に履きこなしており、素直で正確な味付けには感心した。コーナーでの前後の姿勢変化も少ない。

 フロントサスはタイヤのコーナリングフォースをうまく引き出して正確にコーナーをトレースし、リアもロールが少なく前後バランスが取れている。クルマの挙動に緊張することなくコーナリングそのものを楽しめる。

 姿勢変化ではロール、ピッチング共に良く制御されている。レーシングカーのようなピタリと路面に張り付くようなそれではなく、適切な挙動変化を感じることによって美しく走り抜けることができる。

 ブレーキはフロント:4ピストン、リア:シングルピストンで変わりはないが、耐フェード性の高いブレーキパッドを使い、ペダルを踏んだ時のタッチはカツンとした足応えがある。踏力コントロール型で、一発でブレーキポイントを決められる場合は素早くコントロールできて好ましい。

 GTらしくないのは足踏み式のサイドブレーキ。手元レバーか、いっそのこと電動サイドブレーキの方が見合っていると思う。

 さて、乗り心地は硬めでコツコツしたショックは伝わっているものの、バネ上の動きは比較的フラット。段差乗り越しも良く収束する。跳ね上げられるよう動きではなく減衰力も変わっているようだ。ロングツーリングでの後席も不快ではないだろう。

 少し不満なのはステアリング操舵力が重いこと。ここまで重くする意図は不明だが、ステアリングインフォメーションがしっかりしていれば操舵力は軽い方が望ましい。ボディ剛性も単純に上がっており、微妙な振動が減少している。

 ドライブモードはスノー、エコ、スタンダード、スポ―ツ、スポーツ+、パーソナルが選べる。スポーツとスポーツ+ではNISMO専用のアクセルゲインや操舵力、ギヤの選択などを持っており、ステアリングの切り始めからの反応はスポーツが好みに合っていた。

 さて2024年夏に登場する100台限定の「スカイライン NISMO Limited」はさらにファインチューニングを進め、GT-Rのような手で組むエンジンを取り入れるなど、ファイナル・スカイラインGTとなるだろう。いま乗れるスカイライン NISMOは楽しい。心に染みるGTだ。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学