試乗記

アルピーヌの電動化を先駆ける新型「A290」初試乗 バッテリEV1号なのに意外なほどの成熟感と貫禄

アルピーヌ「A290」に初試乗

ルノー・グループはBEVで相当なノウハウと経験を積んでいる

 先ごろ、スペインはマヨルカ島で行なわれたアルピーヌ「A290」の国際試乗会に参加してきた。A110という歴史的な看板モデルをミドシップで今日に復活させたとはいえ、新生アルピーヌとしてはまだ2車種目。だが、それがすでにBEV(バッテリ電気自動車)に移行して、数年内にBEVのスポーツ・ファストバック「A390」と、同じくBEVの次世代A110と併せて「ドリーム・ガレージ」という3台の電動化ラインアップの先陣を切るモデル、それが今回のA290なのだ。

 とはいえA110のスマッシュヒットによって、ルノー・グループ内でプレミアム・ブランドを受けもつことになったアルピーヌにとって、A290は初のBEVのようでグループに蓄積されたノウハウを注ぎ込まれた1台でもある。日産「リーフ」に少しだけ遅れてルノーは「ゾエ」というコンパクト・ハッチバックのBEVを2世代にわたって欧州市場で販売してきた。歴史的経緯として実質的にアルピーヌと一体と考えられる旧ルノー・スポールは「トゥイジーF1」という、あのEVコミューターをKERSでパワーアップ&チューニングしたプロトタイプを制作してもいる。

 そしてグループ全体を見渡せば、2023年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーを獲ったセニックE-テック、それと多くのコンポーネントを同じくするメガーヌE-テックを筆頭に、ダチア・スプリング、そしてカングーE-テックやA290とほぼ同時発売となる5(サンク)E-テックなど、ルノー・グループはBEVで相当なノウハウと経験を積んでいる。むしろ満を持して登場したBEVであり得意のホットハッチ、それがA290と考えた方がよさそうだ。

 プラットフォームはAmpRスモールで5E-テックと共通ながら、アルミニウム製のサブフレームやハブは専用開発で、ワイドトレッド&ショートホイールベースを実現した。開発リーダーによれば「スケートボード・プラットフォーム」とのことで、低重心化とアジリティを重視したサスペンション・ジオメトリーとシャシー・セッティングを志向するものだ。注目すべきは、バッテリをホイールベース内に収めることで実現した57:43というかなりイーブンに近い前後重量配分と、SUVやSUVクロスオーバーほどではないが、やや高めの着座位置と視界だ。

 結果、ボディ外寸(EU発表値)は3990×1823×1512mm(全長×全幅×全高)と、通常の欧州Bセグ・ハッチバックに比べて縦には短いが幅は広く、背が高い。参考までにルーテシアの全高は1470mmなので、42mmの差がある。車両重量はこれまたEU値ながら1479kgとなっており、日本の法規でも1.5t少々に収まるだろう。

今回試乗したアルピーヌ「A290」は電動化ラインアップの先陣を切るBEVモデル。ボディサイズは3990×1823×1512mm(全長×全幅×全高)。車両重量が1479kg(EU値)という点も注目に値する

 なお、A290が履くホイールは19インチで、タイヤはミシュランとの専用開発によるパイロットスポーツS 5、225/40R19を装着している。ちなみに2534mmというホイールベースは5E-テックより6mmだけ短い。従来のICE(内燃機関)のFFハッチバックならおよそ65:35といったフロントヘビー気味の配分で、車高を下げていたのとは逆のアプローチながら、踏ん張り感の強いスタイリングと姿勢はダテではないのだ。

A290が履く19インチホイール。タイヤはミシュランとの専用開発によるパイロットスポーツS 5(225/40R19)

 ゆえにドライバーズシートに収まった時の視界は、SUV慣れした昨今の感覚でいっても違和感のない見晴らしだ。それでいてグラスエリアが広かった1980年代風の空気感、つまりR5やシュペール5に近いものを感じさせる。大きな隔たりを感じさせるのは、インテリアの質感が恐ろしく高いことだ。ホワイト&ネイビーのツートンはひと昔前のゴルディーニに通じる色合いだが、ナッパレザー内装の各所に見られるステッチ、ダッシュボードやシート座面、天井のウール張りにまで施されたブロックパターンなど、4m足らずの車格としては例外的に高品位の内装といえる。

 控え目なマットのクロームに囲われたシフトコンソール内にはA110同様のボタン式シフターがあり、エルボーレスト下は車名エンボス入りのコンソールポケットが備わる。ドリンクホルダーがないのは昨今の欧州のエコ・アティチュードで、マイボトルかキャップの離れないペットボトルが主流なので、ドアポケットに放り込めばいいし、そもそも休憩するならカフェに寄るべし、そんな行動様式によるものだ。

A290のインテリア

日本導入は2026年予定

まずは公道で試乗

 ステアリングポスト脇のスイッチで電源ONにし、Dレンジを選んで走り出す。アクセルペダルの初期反応は決して鈍くないが、踏み込みストロークは長い。よって急激なトルクで蹴飛ばされるような加速フィールではなく、右足の踏み込みに応じてリニアに伸びていく。即答性とケレン味のちょうどいい塩梅だ。

 ちなみにステアリングの3時位置、赤いのは「オーバーテイクボタン」で、これを数秒間長押すとトルク&パワーが瞬時に追加され、BEVらしさ全開の怒涛の加速が始まる。逆に減速については8時位置の「RCHダイヤル」で回生モードが切り替えられる。アクセルオフで、ワンペダルに近い減速だが完全停止はしない最強モードから、前走車との距離を調節しやすい2段階目、ICEの感覚に準じた0.1G減速の3段階目、そして積極的に動力源と切り離されるコースティングの4段階が選択できる。また4時位置のドライブモード切替では、エコ/ノーマル/スポーツ/個別の4モードを使い分けられる。

 かようにパワートレーンは各種設定が充実している割にクセがなく扱いやすいが、やはりA290のアルピーヌたる所以は、そのハンドリングそしてシャシーによる。BEVになってもラリー仕込みの血統を感じさせるのは、一般道で片輪だけ凹凸の激しい路肩を通過させても、舵を乱されることなく突き進む粘っこいロードホールディングだ。上下方向に少し平たいステアリングのフィールは、あらゆる速度域でニュートラル感が持続するもので、クイック過ぎず荷重をかけて切った分だけノーズが忠実にインを向く感覚は、駆動方式の違いにもかかわらずA110に似ている。

A290のハンドリングとシャシー性能の高さこそアルピーヌたる所以

 さらにサーキットに試乗の場を移しても、高速コーナーでの切り返し、長いストレートから低速コーナーに進入する局面で、ダンパー・イン・ダンパーを採用した前車軸側の剛性感は盤石だった。操舵に対して遅れや捻じれをまるで感じさせないボディ剛性も相まって、リアの追従性も上々だが、グリップしているだけの足ではない。アクセルオフや軽いブレーキングでリアはゆっくりブレークし、コーナー進入時に緩やかにアングルがつくのを許容する。そしてアクセルオンでピタリとスライドを止めては、前に進む。そういう懐の深さを感じさせるシャシーだ。低速コーナーなど小まわりのいる局面では、内側後輪をブレーキでつまむ制御もしている一方で、出口で急加速する際にもトルクステアで乱れる嫌いは皆無だった。

 A290をエクスペリエンス・リッチなBEVに仕立て上げている要素は、もう2つある。1つは、OTAでアップデート可能なコーチング&チャレンジ機能。これは公道でなくクローズドの場で実行すべき内容もあるが、ゲームの感覚でリアルのドライビング向上が図れるようなプログラムだ。インフォテイメントはGoogleベースで、すでに日本語表示があることにおどろいた。

サーキットでも試乗した

 またもう1つ、デジタルによるエンハンサー的アプローチは、「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」だ。これは無音や高周波の環境で、味も素っ気もなくなりがちなBEVのスポーツドライビングに、走行音というレイヤーを自然発生的に付加する。電気モーターの駆動音をシグナル化してデジタル・プロッセッサーで変換し、車載オーディオのスピーカーで再生するのだ。A290のオーディオシステムはフランスの高級オーディオメーカー、ドゥヴィアレと15年もかけて開発されており、ICEのエキゾーストノートつまり擬音で偽装することをアルピーヌは潔しとしなかった。よってレシプロともジェット・タービンのエンジン音とも明らかに異質の、耳障りでない程度に心地よいトーン&音質のモーター・ハミングを奏でる。あえていうならエレキギターに近い仕組みだが、ピックアップするのは純粋な電気モーターの駆動音ということだ。

「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」にも注目

 52kWhのバッテリ容量でWLTCモード380km程度と、航続距離は決してA290のストロングポイントではない。だが、BEVだからこそ可能になった新しいドライビング・プレジャーを徹底的に彫琢してきた1台といえる。乗り手とエクスペリエンスを中心に据えたクルマ作りに、ICE時代からの進化を感じさせつつ、ピタリと焦点が合っているのだ。

 日本導入は2026年予定で、今回試乗した「GTSプルミエール・エディション」は1955台限定、4万6200ユーロ(約760万円)とアナウンスされている。

日本導入は2026年を予定
南陽一浩