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ルノーF1チームとマイクロソフト、クラウド移行による成果を報告
1レース当たり350億データポイントの分析と進捗管理にMicrosoft Cloudを選択
2017年9月25日 06:00
- 2017年9月15日~17日 実施
9月15日~17日に開催されたF1世界選手権シリーズ第14戦 シンガポールグランプリ。その開催に合わせ、アジア地域を統括するMicrosoft Asiaは、アジア各国のジャーナリストら向けに、ルノー・スポール・フォーミュラワン・チームとのパートナーシップの詳細と、マイクロソフトのクラウドサービス「Microsoft Cloud」導入によるチーム運営とマシン開発における成果などを解説した。
2017年は全20戦が予定されているF1世界選手権。4輪の世界最高峰レースであり、各カーメーカー、パーツメーカーが威信をかけ、ゼロコンマ数秒以下のタイム向上のために激しい技術開発が繰り広げられる現場としても知られている。トップを目指し毎レースごとに次々と改善が施されるF1のチーム運営とマシン開発。その裏側でマイクロソフトのクラウド製品はどのようにチームを支えているのだろうか。
4種類のクラウドサービスで業務上の膨大なデータを管理
マイクロソフトとルノーF1チームとのパートナーシップがスタートしたのは、ロータスF1チーム時代の2012年からのこと。当時はマイクロソフトのERP製品である「Dynamics AX」で財務、人事、部材の管理を行なう程度にとどまっていたが、年を追うごとに導入範囲や導入製品は拡大していった。
2015年からは本格的にクラウドサービスに移行。それまで使用していた30のオンプレミス(自社保有)サーバーは廃止し、2017年現在、同チームはMicrosoft Cloudに含まれるERPソリューション「Dynamics 365」に加え、データ分析・レポート作成ツール「Power BI」、クラウドコンピューティングプラットフォーム「Microsoft Azure」、ビジネスツール群「Office 365」の4種類をチーム運営、マシン開発に活用している。
Microsoft Asiaのサイモン・デイビース氏は、顧客、従業員、実務、製品開発といった企業活動の改善にかかわる昨今の「デジタルトランスフォーメーション」と呼ばれるトレンドについて解説。ルノーF1チームが数年かけて、まさしくマイクロソフトのクラウドサービスによってデジタルトランスフォーメーションによる事業変革を成し遂げたことを紹介した。
ルノーF1チームのCIO ピエール・ディインブレバル氏も、マイクロソフトのこれらクラウド製品の数々は、同チームにとって今や欠かせない存在になっていると考えている。なぜなら、チーム運営と2台のF1マシンの開発にかかわるスタッフは、総勢1000名以上。マシンの部品デザイン、エアロダイナミクスの設計、度重なる部品テストとレースシミュレーションなど、業務内容はあまりにも多岐に渡る。チーム内連携を万全にし、そこで扱われる膨大なデータを捌ける環境は、現実的にはクラウドサービスしかないからだ。
具体的には、同チームは1シーズン中に1万5000もの設計図を書き起こし、毎年新たに作り出すコンポーネントは2万点に上る。スーパーコンピューターを用いたCFD(計算流体力学)によるテストは1週間に800モデル分行なわれ、過去のサーキットデータに基づいてさまざまに条件を変えたレースシミュレーションは、年間実に9400万回という途方もない回数が繰り返される。
レース期間中も大量のデータが生成される。ルノーF1チームのマシン1台には200を超えるセンサーが搭載され、天候、気温、路面とタイヤの状況、エンジンをはじめ各部の稼働状態、ドライバーによるマシン操作、GPS情報などをリアルタイムのテレメトリデータとしてピット内に送る。こうしたデータは1戦ごとにおよそ350億データポイント、データ容量にして30GBに達するという。
進捗管理や安全確保にDynamics 365とPower BIが活躍
記録されるすべてのデータは、マイクロソフトのクラウドサービスを利用することによって、レースの現場でリアルタイムに分析することを可能にしている。また、ルノーF1チームの2つの主要拠点(設計を担当するイギリスと、パワーユニットの製造を担当するフランス)にも現場からデータ共有して分析され、次のレースまでに技術面の改善を図るのに役立てられる。
パーツにトラブルが発生したり、改善すべきポイントが見つかった際には即座に対応する。例えば、オフシーズンのテストで水曜日に発覚した問題について、拠点に情報をすぐに送信し、その日の夕方には再設計を終えてスーパーコンピューターでシミュレーションを実施。問題ないことを確認してから3Dプリンターでパーツを作成し、金曜日の再テストに備える、といった速度感で動いたこともあるという。
そういった作業依頼は、週に1000~2000件も飛び交っており、1つ1つの進捗を管理するだけでも相当の慎重さと正確さが要求されることは想像に難くない。これらの進捗管理についてはDynamics 365とPower BIが受け持ち、数百の参照データ、7万行を超えるレポートや手順書などを統合的、効率的に管理する。Dynamics 365とPower BIの組み合わせで運用することにより、特定の部品においてはデザインから納品までの一連の製造工程で20%の効率化を果たしたという。
また、F1マシンにおいては「ライフ」も重要であり、ここもDynamics 365の活用分野だとディインブレバル氏は述べる。F1マシンに用いられる2万点を超えるすべてのパーツにはIDが付与され、マシンの各パーツについて「どのレース、どのセッションで、いつ、どれだけのマイレージを経たか」をDynamics 365上で厳密に管理している。「セキュリティのためにも、安全のためにも、重量管理のためにも大変重要なことだ」とディインブレバル氏。
ディインブレバル氏は「今はまだDynamics 365の機能を最大限に活用できているわけではない」と打ち明けるものの、拠点内での人・物の制御・管理から、オペレーション、エンジニア間のやりとりに至るまで、製造行程におけるあらゆる面でDynamics 365を活用するべく進めているところだという。
データ分析に機械学習を導入。HoloLensの採用も進む
そもそも従来は、拠点間のデータのやりとり、意見のやりとりにも多大な時間的、金銭的コストが発生していた。しかし、Office 365やSkype for Businessといったビジネスコラボレーションツールの導入によって拠点間の人や物の移動を省略することにつながり、移動時間にして5割、移動コストについては3割削減することにも成功したとしている。
F1レースにおいては、日々蓄積されていくいわゆるビッグデータをもとに、1日単位、あるいは週単位で問題点や改善策を見つけ、修正、進化していかなければならない。当然ながら、そんなペースで増え続けるデータを前にすれば、分析に長けたデータサイエンティストであったとしても、限られた時間ではすべてを目で見ることも、ましてや改善点を的確に判断することも、到底不可能だ。
そのため、同チームではMicrosoft Azureの機械学習サービス「Azure Machine Learning」を駆使している。例えば、サーキットごとのシミュレーションにおいてタイヤの精密なデグラデーションモデルの生成、予測を行なうなど、機械学習をマシンパフォーマンスの最適化に役立てている。
Microsoft Cloudとは別に、MR(複合現実)デバイスと呼ばれるホログラフィックコンピューター「HoloLens」についても言及があった。ディインブレバル氏によれば、まだ本格的な導入には至っていないものの、製造拠点におけるマシンデザインの初期プレビュー、もしくはマシンやパーツのメンテナンス作業における補助的な位置付けとして、HoloLensを取り入れているとし、最後にこう語った。
「テクノロジーの一端を手にすれば、その応用を考えられるようになる。それには終わりがない。ビジネス上のスポンサーシップがあってこそだが、我々は実験的にでも“使えそうなもの”をパートナーとともに提供する準備をしていかなければ」。