人とくるまのテクノロジー展 2023

スバル、新型「クロストレック」「インプレッサ」に与えた“FUN”とは? 開発責任者の毛塚紹一郎氏が解説

2023年5月24日~26日 開催

株式会社SUBARU 商品企画本部 プロジェクトゼネラルマネジャー 毛塚紹一郎氏

 神奈川県横浜市のパシフィコ横浜で、自動車技術展「人とくるまのテクノロジー展 2023 YOKOHAMA」が5月24日~26日の会期で開催された。会期中はパシフィコ横浜の展示ホールで参加企業がさまざまな製品展示を行ない、それ以外にも自動車技術に関連する各種講演、ワークショップなどが実施された。

 本稿では最終日の5月26日に実施された「新車開発講演:新型クロストレック・インプレッサ 開発ストーリー」の内容について紹介する。

新しいクロストレック&インプレッサは「FUN」がキーワード

講演タイトルは「新型クロストレック・インプレッサ 開発ストーリー」

 登壇したのは新型「クロストレック」「インプレッサ」の開発責任者を務めたSUBARU 商品企画本部 プロジェクトゼネラルマネジャー 毛塚紹一郎氏。両モデルのフルモデルチェンジでキーワードにした“FUN”について解説し、さらに開発ストーリーなどを紹介した。

 毛塚氏は最初に、2022年で発売から30年が経過したインプレッサ、車名が「XV」だった時代を含めて発売から10年が経過したクロストレックのそれぞれについて、高い安全性能と運転する楽しさをユーザーに提供して愛されてきたクルマだと紹介。長年にわたり培ってきた視界性能やパワートレーン、ボディの耐久性、運動性能などをスバル車の基礎としている。そしてインプレッサとクロストレックは、スバルのラインアップで基本になるモデルだと位置付けた。

「インプレッサ」と「クロストレック」はスバルの基本になるモデル

 自身のクルマ造りにおいては「お客さま(市場)を見てクルマを造ること」「現場、現物を見て、モノを確認してクルマを造ること」という2つを心がけているという。実際に初期段階の調査や開発の確認、完成後の車両が市場導入されてからといった各段階で現地に足を運び、販売店のスタッフや購入者と会話して、その声を開発に生かしており、クロストレック、インプレッサでも同じように利用実態をしっかりと自分の目で見て開発に取り組んできた。

 クロストレックとインプレッサの開発をスタートさせるにあたって市場調査を行なったところ、両モデルのユーザーはさまざまなアクティブ系の趣味を持っていて、日常から楽しい生活を送っている人々だと見えてきた。一方、開発を開始した直後に新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、従来のように新車開発が進められなくなっていった。これに加えて社会全般が暗い雰囲気に包まれたことから、「このクルマをつうじて元気になってほしい、楽しい気分になってほしい。“FUN”があらためて必要だ」と感じるようになったとふり返る。

 これはユーザーに提供する価値だけにとどまらず、開発、製造、販売で関わるすべてのメンバーに対しても同様であり、クロストレックとインプレッサの新型車開発では“FUN・愉しさ”を大切なキーワードに位置付けることになった。

スライド内にちりばめられた写真は、毛塚氏が現場に足を運んで実態調査したときに撮影したもの。自身の体験を開発に生かしているという

過熱するSUV市場で戦っていくため、クロストレックは個性を強調

今回のモデルチェンジではクロストレックとインプレッサの両方で個性を際立たせることを目指した

 両モデルの市場背景としては、最量販市場は北米で、続いて日本が2位となっている。2012年のクロストレック(日本市場ではXV)発売以降、大きく販売台数を伸ばしており、コンパクトSUV市場でスバルの存在感を示す役割を果たしている。

 クロストレックは高い実用性や安全装備、特徴的な外観を備え、アウトドアレジャーを楽しむアクティブな人から支持されて幅広い層で購入されているが、今回のフルモデルチェンジではユーザー構成で手薄になっている若年層を増やすことをテーマの1つに位置付けた。

クロストレック登場により、コンパクトSUV市場でスバルが存在感を示すようになった

 ここ数年でSUV市場は過熱傾向が続いており、飽和状態になって個性的なモデルが次々と登場して厳しい競争が繰り広げられている。この市場で戦っていくにはクロストレックならではの個性や特徴を伸ばしていくことが必要になる。

 一方でインプレッサは、実用性や安全性を重視するユーザーを中心に支持されてきたが、競合モデルもそれぞれに個性を高めて若い人の支持を得ていることから、インプレッサでもクロストレック同様にインプレッサならではの個性を際立たせていくことが新型で求められるだろうと分析された。

 このため、クロストレックでは日本を含めた一部仕向地で従来使っていたXVの車名を廃止して、グローバルで車名を統一。個性を際立たせて若い人に選んでもらえるモデルを目指し、インプレッサはクロストレックと一線を画して、スポーツ色を強化することで乗用車を好むユーザーの支持を集めていく方向性を定めていった。

多彩なライバルの登場を受け、クロストレックも個性を際立たせることが求められた
インプレッサではスポーツ色を強化

 クロストレックでは若いユーザー獲得を目指すことになったが、これに向けて何が必要になるかプロジェクトチームで模索していったものの、具体的に「これをやれば若い人がクルマを買ってくれる」という回答を導き出すことはできなかった。しかし、「自分らしさを得たい」「自分の個性を発揮したい」「新しい価値や体験によって心の豊かさを得たい」「自分が主役になりたい」といった願望を抱いていることが明らかになった。

 この分析を受けたクロストレックの商品コンセプトは「休日が待ち遠しくなる、アウトドア・アクティビティの“相棒”」。新しい体験をしてもらえるよう、アウトドアをキーワードに設定して、冒険心をかき立てる外観デザインと機能性、目的地までの運転が楽しくなる走行性能と安全性を新型クロストレックの個性として際立たせていくことにした。

クロストレックの商品コンセプトは「休日が待ち遠しくなる、アウトドア・アクティビティの“相棒”」

 インプレッサでは「行動的なライフスタイルへといざなうユーティリティ・スポーティカー」を商品コンセプトに設定。実用性とスポーティさを軸に、クロストレックとは一線を画したスポーティな外観を採用して、実用性と安全性に磨きをかけている。シンプルさも個性として捉え、ベーシックなファン・トゥ・ドライブを体感してもらえるクルマを目指した。

 そして両モデルに共通するコンセプトとして「FUN(楽しさ)を提供すること」が需要だと毛塚氏は考えた。このクルマたちで出かけていってほしい、いろいろな体験をして楽しんでもらいたいという思いを根底に置いて開発していった。

インプレッサの商品コンセプトは「行動的なライフスタイルへといざなうユーティリティ・スポーティカー」
両モデル共通で「FUN(楽しさ)を提供すること」をコンセプトに掲げた

高級感や質感より楽しさや遊び心を重視した外観デザイン

外観におけるクロストレックとインプレッサの差別化ポイント

 “FUN”の提供を実現するため、「愉しさ・遊び心を感じるデザイン」「ずーっと乗りたくなる・気持ち良く運転できる走り」「身近に感じる・いざと言うときに頼りになる安全」「先進感のある機能空間と、使いたくなる実用性」という4つの要素を開発ポイントとして注力。

 デザインでは両モデル共有の要素として、高級感や質感を向上させることより楽しさや遊び心を感じさせることを重視。同時に開発を進めた“兄弟車”として「身軽に走る軽快感」というテーマは共通させつつ、クロストレックでは「頼もしくありながら、身軽で躍動的」、インプレッサでは「もっとアスレチックに、よりシャープ」をキーワードとしている。

 クロストレックではプロテクター類の追加で縦方向にサイズ感を強調。クロスオーバーらしさ、SUVらしさ、力強さによる頼もしさを個性としてアピール。インプレッサでは三角メッシュのワイドなグリルなどを中心に、横方向でサイズ感を表現。スポーティな乗用車らしさをアピールして、それぞれのモデルを差別化した。

クロストレックの外観に与えられたデザインエッセンス

 デザインのディテールでは、クロストレックは「道具を積んで出かけて、現地で仲間と集合。アクティビティを楽しみながら数日間を過ごす」という利用シーンをイメージして、「大型ヘキサゴングリルから始まる立体的なフェイス」「スピード感ある張り出したフェンダー、窓とプロテクター」「絞り込まれた軽快なキャビンと大地への踏ん張り感」といったデザインエッセンスを注入。

 インプレッサはプレジャーなドライビングをイメージしたFUNな表現を目指し、「スピード感あるシェイプ」「張り出したフェンダー」「キリッとしたアクセントライン」といったデザインエッセンスで、よりシャープでアスレチックなデザインによってスポーティさを実現している。

インプレッサではスポーティな乗用車らしさを強調する

 インテリアでもラグジュアリー感やファッショナブルさではなく、使い勝手の高さや居心地のよさといった面を重視。パッド類に守られた空間によって居心地のよさを表現して、鋭角モチーフをちりばめて軽快感やスピード感を表現。ドライビングとアクティビティの時間を自然体で過ごすスタイルを実現している。

 また、後席ドアを開けた下側にあるドアステップ、ラゲッジスペース手前側のカバーなどの表面に山をモチーフにしたモールドを設定。滑り止めの機能を持たせつつ、アウトドアレジャーでの楽しさを後押しする遊び心を表現している。これまでスバルではあまりやらなかったような取り組みだが、「楽しくクルマを造ろう」という毛塚氏の思いから採用されているという。

インテリアではパッド類と鋭角モチーフで個性化を図る
ドアステップなどに山をモチーフにしたモールドを設定して遊び心を表現

人体構造に着目した新たなアプローチを開発に利用

頭部の揺れ低減、聴覚から感じる乗り心地などを改善して快適な乗り心地を実現

 走行性能では、新しいクロストレックとインプレッサでは、すばやく加速して速い速度で曲がるといったメリハリある走りではなく、ずっと乗り続けていたくなって気持ちよく運転できるようなキャラクターのクルマをイメージして開発を実施。この実現に向けてクルマの振動や車内騒音の低減を推し進め、従来から取り組んできた開発手法に加え、人体構造に着目した指標を活用する新たなアプローチを取り入れた。これは群馬大学との共同研究で進めてきた先行開発の成果を量産車に投入したケースになっているという。

 具体的には、ステアリングから手に伝わるフィーリングといった従来指標に加え、頭部の揺れ低減、聴覚から感じる乗り心地などを改善して快適な乗り心地を実現している。頭部の揺れ低減では全面刷新したフロントシートを採用。車体との取り付け構造やランバーサポートを強化してシート自体の振動発生を抑えたほか、乗員の体をしっかりと支えるため、バックレストの下側に骨盤支持構造である「仙骨ブラケット」を新規設定。背骨と骨盤をつなぐ重要な骨である仙骨をしっかりと支えることで、上半身は動かせるようゆとりを与えつつ、頭部の左右の動きを抑制する。

「仙骨ブラケット」で腰の動きを抑え、頭部の揺れを低減する

 聴覚から感じる乗り心地向上では車内空間の振動抑制に注力。ルーフパネルと横方向で支持するブレースバーの接着に高減衰マスチックを使用。走行中に発生するルーフパネルの振動を振動吸収性の高い高減衰マスチックが収束させ、さらに高減衰マスチックは振動騒音の音圧低減にも貢献して静かな車内環境を実現する。

 車体のベースとなるSGP(SUBARU GLOBAL PLATFORM)ではウエルドボンドの使用量を7mから30m級に拡大し、サスペンション取り付け部の剛性向上を実施。電動パワーステアリングは従来の1ピニオン仕様から「WRX」「レヴォーグ」でも採用されている2ピニオン仕様に変更して、走り出した瞬間から気持ちのよい手応えや走りを実現している。

高減衰マスチックでルーフパネルの振動を収束させ、静かな車内環境を実現

 パワートレーンは基本的にキャリーオーバーで使い続けているが、エンジン本体のねじり剛性を高め、エンジンとトランスアクスルの結合部で曲げ剛性を向上する改良を実施。クランク系の振動による打音を低減し、加速時の振動や騒音を抑制している。

 毛塚氏は「気持ちよく走れるクルマに仕上がっている」と自負し、最初の試作車ができあがって試乗したときに、ただまっすぐに直線を走ることが非常に気持ちよく、楽しい気分になったことが印象に残っていると述べた。

車体のベースとなるSGPにも改善を施している

広角単眼カメラの追加で自車側面の危険にも対応

世界トップレベルの安全性をさらに進化させ、安心・安全の面からもFUNを追求

 スバルでは先進安全技術にも積極的に取り組んでおり、安全性は日本市場で大きく注目されて最も重要な商品力の1つであると認識。毛塚氏は日常シーンから頼りになり、身近に感じる安心・安全を目指して開発を進めたという。

 身近に感じる安心・安全装備の例として、「ヘッドランプ内蔵コーナーランプ」「マルチビューモニター」「新型アイサイト+単眼カメラ」「ドライバー異常時対応システム」の4点を取り上げ、「ヘッドランプ内蔵コーナーランプ」は夜間走行中の右左折といったシーンで、行きたい方向をライトが照らし出すことで安心感を提供する。スバルの国内販売車として初採用した「マルチビューモニター」は、日ごろはよりコンパクトな自分のクルマを運転している奥さんが、たまに夫所有のコチラを運転するシーンで安心して使ってもらえるよう想定して導入しているという。

日常シーンから頼りになる先進安全装備の採用を進めた

「新型アイサイト+単眼カメラ」は、レヴォーグや「アウトバック」で採用がスタートした新型ステレオカメラに広角の単眼カメラを追加してアイサイトをさらに進化させたシステム。これまでステレオカメラで認識してきた直進方向から自車に接近する対向車や自転車、歩行者などに加え、交差点を右左折するシーンで側面から近付いてくる自転車や、自車の後方から追い越すように交差点に進入する歩行者などを単眼カメラが検知して予防安全機能を作動させる。

「ドライバー異常時対応システム」は「アイサイト・ツーリングアシスト」が作動した状態での運転中、ドライバーが体調不良を起こして運転が続けられなくなったときに、走行中の車線を維持しながら減速していき、ハザードランプとホーンを使って後続車両にアラートを発しながら停車。コールセンターに対する自動通報なども行なう機能で、起きてほしくはない万が一に対応する備えとして安心・安全を生んでいく。

広角単眼カメラを追加装着して、自車の側面にある危険にも対応可能とした

ユーザーに楽しさや笑顔を届けることがスバルの開発テーマ

どうすればカップホルダーが一番使いやすくなるかを追求し、ミリ単位で調整

 車内装備は使いやすさをキーワードにして開発を実施。とくにドライバーの使い勝手を高めるためにはどうすればいいか考え、運転席まわりに着目して機能を進化させているという。シフトセレクター後方に設置された2個のカップホルダーはオフセットした状態で配置されており、どうすれば一番使いやすくなるのか追求してミリ単位の調整を行なっている。斜めにレイアウトされている見た目からデザイン性を重視しているのではないかと質問されるケースもあるとのことだが、センターコンソールのレイアウトはどれも使いやすさを追求して実用性を第一にした結果になっているとアピールした。

 また、センターコンソールの前方に設置されている充電用の各種USBポートも、これまでは目立たないよう奥側に設置するケースもあったが、使用頻度が高くなっていることも勘案して手が届きやすく使いやすい手前側にレイアウト。地味で細かい部分まで使い勝手にこだわって、気持ちよく運転できるようデザインしている。

 インフォテイメントシステムでは、新型レヴォーグで国内初採用となった縦長の11.6インチ センターインフォメーションディスプレイを継承。見やすさや使いやすさを進化させており、「Apple CarPlay」「Android Auto」に対応して、Apple CarPlayではワイヤレス接続も可能となっている。

 このほか、純正カーナビは位置情報サービス「what3words」にも対応。全世界を3m四方のマス目に区切り、3つの単語を組み合わせて割り当てた「what3wordsアドレス」を使うことで、通常は住所での検索が難しいスキー場にある大型駐車場の一角などさまざまな場所での待ち合わせが可能になり、楽しく快適なドライブの助けになるアプリとなっている。

スマホのような操作性を実現した11.6インチ センターインフォメーションディスプレイは、「Apple CarPlay」「Android Auto」にも対応

 最後に毛塚氏は「お客さまに楽しさをもっともっと感じていただきたい、ウキウキとハッピーな気持ちになってほしい。そんな楽しさや“FUN”の提供を目指してこのクルマを開発してきました。お客さまに楽しさや“FUN”、笑顔をお届けすることはインプレッサ、クロストレック、さらにスバルの開発テーマだと思っています。引き続き進化させていくため、スバルチーム一丸となって取り組んでいきたいと思います」とコメントして講演を締めくくった。

 なお、この講演内容は人とくるまのテクノロジー展 2023 YOKOHAMAのオンライン会場で2023年5月31日~6月7日の期間に見逃し配信の実施を予定している。

佐久間 秀