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TGR WECチーム代表村田氏、新しいBoPについて「目指していたところに近づいている」

2021年5月18日 開催

TOYOTA GAZOO Racing WEC チーム代表 村田久武氏

 2021年のWEC(FIA 世界耐久選手権)は、5月1日にベルギーのスパ・フランコルシャンにおいて決勝レースが行なわれた「スパ・フランコルシャン6時間レース」で開幕した。WECは2021シーズンよりトップカテゴリーが「ハイパーカー」と呼ばれる新しい規定に移行しており、今回の開幕戦はハイパーカー規定の下での最初のレースになった。

 開幕戦のハイパーカーカテゴリーに登場したのは、トヨタ自動車のモータースポーツ部門のTOYOTA GAZOO Racing(TGR)が走らせる2台の「GR010 HYBRID」、フランスの自動車メーカーであるグループ・ルノーの傘下であるアルピーヌが走らせる「Alpine A480」の計3台。

 決勝レースでは、TGRが走らせる8号車 GR010 HYBRID(中嶋一貴/セバスチャン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー組)が優勝し、Alpine A480が2位、そして7号車 GR010 HYBRID(小林可夢偉/マイク・コンウェイ/ホセ・マリア・ロペス組)が3位という結果になり、TGRがハイパーカー規定での記念すべき最初の優勝を得た。

トヨタGR、新型「GR010 HYBRID」がWEC(世界耐久選手権)開幕戦で優勝

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1322441.html

 そのGR010 HYBRIDだが、新しいハイパーカー規定では車体の重量が増したことで、タイヤの摩耗(デグラデーション)が進むなどしてやや苦戦し、実際練習走行では下位クラスであるはずのLMP2にタイムで負けるなどの苦戦を強いられた中での、7号車ポールポジションの獲得、決勝レースではさまざまな試練(8号車はピットでのミスによるタイムペナルティー、7号車はブレーキのトラブルによる他車との接触からのペナルティーとブレーキトラブルによるコースアウトによる大きな遅れ)などを乗り越えて8号車の優勝と7号車の3位という結果なだけに、TGR陣営としては一安心というところだろう。

 そうしたTGRのWECチームを率いるTOYOTA GAZOO Racing WEC チーム代表 村田久武氏によるグループ取材がオンラインで行なわれたので、その模様をお届けしていきたい。

BoPはレースをレースたらしめるために必要な措置、これまで違いアウトプットを規制する方式で新しい形になっている

──スパ・フランコルシャンの開幕戦では、7号車の方にフロントブレーキのトラブルが出ていたが、それはレース後にどういうものか解析できたのか?

村田氏:7号車のレース中に出たトラブルというのは小林可夢偉選手がフロントブレーキをロックさせた件だと思うが、あれはトラブルではなくて、クルマのセットアップが完全に煮詰め切れていないためだ。TS050 HYBIRD(筆者注:昨年まで走らせていたLMP1ーH規定の車両)の時は、フロントもリアもモーターとコンベンショナルなブレーキの協調回生ブレーキでずっとやってきた。しかし、GR010ではリアは機械的ブレーキで、フロントはまだモーターとコンベンショナルなブレーキになっている。それがまだ煮詰めきっていないし、ダウンフォースが削られているので、例えばLMP2の後ろについたときはエアロの“抜け”が大きくて、かなりヘビーなブレーキングをしたときにはフロントがロックしやすい。今後はそれをセットアップどのように煮詰めていくかというのが答えになる。

 7号車の電気系のトラブルだが、7号車を立ち上げた時に、新車特有のトラブル、例えばノイズトラブルとかが発生しており、そうしたことをまだ抱えていた。それがレース前の週に行なわれたプロローグ(テスト走行)中に出たので、いろいろなハーネスをとっかえひっかえしながら解決した。原因は判明しているので、現在行なわれているスパのテストで確認中となっている。

──今回のスパの開幕戦では、LMP2などとのBoP(Blance of Performance)がよくもわるくも話題になっていた。開幕戦を終えて、このことをに関する村田代表の考え方を教えてほしい。

村田氏:そもそも論になるが、レースとは何かということを考えたい。みんなで追いかけっこをして抜きつ抜かれつをやるというのが本当のレースだ。過去、ワークスが撤退してしまったと、戦力差がありすぎて、レースがスタートしてトラブルがなければ決まってしまうということになってしまった。メーカーにとってのレースは人を鍛える意味があるだろうし、プロモーションとしても意味があるだろう。しかし、レースの中で最も重要といってもよいファンの皆さまにとってそれでいいのかと言えばそうではないだろう。抜きつ抜かれつ切磋琢磨し、ドライバーがその技量を見せるというのがファンの皆さまにとっての重要な要素だ。オーガナイザー、メーカー、チームも含めて、レース本来のあるべき姿、ファンの皆さまが楽しいレースをしていくのかという議論をこれまでしてきて、LMP1/ハイパーカーの性能を下げて、LMP2やGTも含めて均質化することを狙ってきたが、開幕戦はそうした目指そうとしてきたことが現われてきた結果だと言える。

 ただし、LMP2の方が速いという状況になってきてしまうと、トップカテゴリーとは何かということになってしまうので、その場合は調整を入れないといけないと思うが、今回のレース結果を見る限りハイパーカーが前に並んでおり、目指していたところに近づいているのではないか。

──今後ハイパーカーとBoPで性能を均質化するLMDhも参戦できるようになるが、そうしたBoPで性能を調整するのはなかなか難しいと思うが、どうか?

村田氏:自分が損とか得とかは超越していかないといけないと考えている。これまでFIAなどが性能を調整するときには燃料流量計とか、コンポーネントなど入り口をインプットする形で、機械的に径を決めたりするなどの形でコントロールしようとしてきた。それが過去30年のやり方だと言ってよい。オーガナイザーやFIAからすると分かりやすいというのがあってそうしてきた。

 しかし、今はそういう形でコントロールするのができなくなってきている。そこでアウトプットを規定する形での新しいBoPにトライを始めていてそれが大きな特徴となっている。具体的にはエンジンからの出力を図ったり、空力も風洞に入れてcd値を図って、それをアウトプットして、それが一定の範囲内にいる必要があるという形になっている。その中に入っていれば、どんなクルマでもいいというルールなので、損とか得とかというもっと先に21世紀型のレースのやり方なのだと考えている。例えばパワーユニットが水素由来であっても、電気であっても、ガソリンであっても参戦するメーカーのアイデンティティーで選んで、追いかけっこをして抜きつ抜かれつという状況をやっていくのが新しい形なのだ。ぜひとも報道の皆さまにも、一緒に見守っていただいて新しい形を作っていただければと考えている。

──水素という話が出てきたが、水素エンジンを搭載したカローラ・スポーツがS耐の富士24時間にでる。その形はかつてレーシングハイブリッドを十勝に出たときと同じような傾向だと感じている。将来WECでも現行のレーシングハイブリッドに変わって水素になるのか?

村田氏:自分は何かを決める人ではないので、技術に対してよいもわるいもコメントする立場にない。先ほども説明した通り、レースのベースは抜きつ抜かれつ、おっかけっこが基本。みんなが、ずっと楽しんでいくものにするために、文化をつぶしてはいけない。それがレースに関わっている人の義務だ。世の中で、CO2をたくさん出してよい時代ではない。地球環境、外部環境と、自分たちがどう寄り添っていくか、新しい炭素由来のエネルギーを掘り出してきて、CO2を出しているレースでは市民権が得られなくなるのは明白だ。

 その観点ではカーボンフリーをレースに導入していくことが大事だ。カーボンフリーがこういう状況にあるということを説明しにいっている。クルマに入れるのを炭素由来でも、プラスアルファにならないような燃料は何かというと、E-Fuelなどのガソリンに代替する技術だし、燃料電池にする形もあるし、内燃機関に水素を直接入れる形、さらにはエタノールを入れる形もある。レースっていろいろなカテゴリーがあって、フォーミュラ、ラリー、箱車、スポーツカーがある。いろいろな形のクルマにフィットする要素技術を使い、おっかけっこを長く続けるために、1つ1つ何が最適なのかを探していく。今回の取り組みはその中の1つに水素をエンジンに入れる形だと理解している。

 あれが1番だとかではなく、いろいろなチャレンジをして、地球にダメージを与えないレースの形を模索していくことが大事だ。内燃機関の燃料にもいろいろパターンがあり、電池をどう組み合わせていくのか、あるいは内燃機関を全部とりはずしたのがEVになる。これじゃないとダメだというのがまだないので、ベストマッチを準備して、カテゴリーに合わせて提案していくという形になっていくだろう。

8月に開催されるシーズンの山場ル・マン24時間レースに向けてGR010 HYBIRDの熟成を続けて行くと村田代表

──第2戦以降にはグリッケンハウスが参戦してくる。グリッケンハウスについてはどういう印象を持たれているか?

村田氏:グリッケンハウスさんが出て頂けるというのはワクワクしている。ル・マンが勝てなかった頃に、「速くなっているけど、強いチームにはなれていな」という話をしてきたけど、その後数年を経て強いチームになっているはず。(ハイパーカー規定に合致しているグリッケンハウスという)同じクラスのクルマが来て、確認できる場となる。自分たちが磨いてきた実力をちゃんと出していこうねという話をしている。写真では見ているが、同じコースで走ったことがないし、データも持っていないので、パフォーマンスウインドウのどのあたりにいるのかは、ポルティマオの初日を走らないと分からない。

──ちょっと変わった形だけど?

村田氏:J-SPORTSの放送でコメンテーターの方がそれについてコメントされているのは承知しているが、自分のコメントは差し控える。

──タイヤについて、ダウンフォースが少なくて厳しいという話があったが、タイヤの落ちに関しては予想通りだったか?

村田氏:タイヤのコンパウンドはLMP1と同じで、コンパウンドはソフトが自分たちにあっていた、第2スティントのデグラデーション(劣化)は相当厳しかった。初日から段々とラバーがのっていって後半はタイムがあがってきたが、攻めれば攻めるほど厳しくて、第2スティントとの落差は大きかった。ポルティマオもかなり路面が荒れているので、初日から手探りで勉強しながらのレースになる。

──スパの時にLMP2を抜くのにも苦労しているけど、タイヤとブレーキどちらの影響が大きかったのか?

村田氏:タイヤだ。ブレーキはフロントとリアのバランスの問題で、新しいクルマのセットをどう煮詰めていくのかという話だ。ブレーキに影響しないのかと言えばあるが、一番大きいのはセクター2でコーナーで抜けなくなるというのが一番大きかった。

──ハイパーカー初年度のBOPに関しては結果としては満足しているのか?

村田氏:共に作り込んでいく第一歩と考えている。初日、LMP2よりも遅かったときは若干焦ったが。(ル・マンもこんな調子か?と聞かれて)ハイパーカーは車重が重くなった上にダウンフォースも削られている、しかしエンジンの馬力は大きい、このため、コーナリングセクターが多いところは遅くなるけど、馬力があるのでストレートは速い。スパではコーナーが多いセクター2は相当苦労したが、その逆に上り坂と下り坂は速い。TS050 HYBIRDはダウンフォースがあって押さえつけて走っていたため、タイヤのデグラデーションを考えると、タイヤを痛めないで走れていた。しかしハイパーカーではセクター2のような横Gがあるところはタイヤを使いながら走らないといけない、これから2,3戦、さらにル・マンのポルシェコーナーから続くあたりは苦労すると思う。ル・マンがどうのこうのよりも、勉強しながらこのクルマにもっともベストな組み合わせを探していきながら、ル・マンでは帳尻を合わせていきたい。