試乗インプレッション

BMW「1シリーズ」を新旧乗り比べ。前輪駆動化で得たものとは?

前輪駆動化により得たもの

 初代のE87型はだいぶ減ってきたが、首都圏に住んでいると2代目のF20型を見かけない日は少ない。最もコンパクトなBMWとして過去2世代にわたり人気を博してきた1シリーズは、BMWという強力なブランド力はもちろん、セグメントで唯一の後輪駆動であることも選ばれる要因であったことは言うまでもない。特に日本市場においては。ところが、その1シリーズが3世代目を迎えるにあたり前輪駆動へと転じたことは、かねてより話題となっているとおりだ。

 前輪駆動化の主たる目的が後席の居住空間と荷室容量の拡大にあるのは間違いなく、Car Watch担当営業氏の愛車のF20型と比べてみると違いは明白。足まわりのスペースが従来比で約40mm広くなり、もちろんセンタートンネルの太さもだいぶ違うので、印象はかなり変わって乗り降りもしやすくなった。

 さらに印象的なのが着座姿勢の違いだ。F20型は座面が平らで背もたれが立っているのに対し、新型のF40型は角度がつけられていて、ヒール段差が高くなり、お尻を沈み込ませて座れて、背もたれも寝かされているので、より座り心地が快適になった。ただし、頭まわりについてはF20型の方がむしろ広く感じられた。容量は20L増して380Lとなったトランクの使い勝手も、競合車に対して遜色ない水準となった。

 実はそれにも増して違うのが運転環境だ。パワートレーンが縦置きのF20型はペダルレイアウトが自然でアクセルの右側にさらに余裕があるのに対し、横置きで前輪駆動になったF40型ではやはりその逆。また、シフトレバーの高さがだいぶ違って、F40型はなぜかかなり低くなり、しかも後方に移された。ドライブモードの切替スイッチもF20型のシーソー式からF40型では平板な選択式のスイッチになり、同じく位置が後方に移設されてブラインドタッチしにくくなった。何か考えがあってこうされたのだろうが、その理由が気になるところだ。

 エクステリアでは、新しい意匠の大きなキドニーグリルと、くっきりとした4灯ヘキサゴナルLEDヘッドライトが印象的。3シリーズからトランクをなくした印象だったF20型に対し、フロントからリアまでを一体の塊にしたようなF40型のデザインは、できるだけ前輪駆動に見えないことを意識したように思える。

8月に発売された新型1シリーズの試乗会では2WD(FF)の「118i」(334万円、写真)、4WDの「M135i xDrive」(630万円)に試乗。118iのボディサイズは4335×1800×1465mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2670mm
118iの足下は16インチアロイホイールにブリヂストンのランフラットタイヤ「TURANZA T005」(205/55R16)の組み合わせ。パワートレーンは最高出力103kW(140PS)/4600-6500rpm、最大トルク220Nm/1480-4200rpmを発生する直列3気筒DOHC 1.5リッター直噴ターボエンジンに7速DCTの組み合わせ。WLTCモード燃費は13.7km/L
インテリアでは5.1インチのメーターパネル・ディスプレイ、8.8インチのコントロールディスプレイ、サイズアップしたBMW ヘッドアップ・ディスプレイに加え、AI(人工知能)技術を活用して自然発話による音声入力でカーナビ操作などを利用できる「BMW インテリジェント・パーソナル・アシスタント」などを装備。車内はFFレイアウトの採用によってリアシートの足下スペースを約40mm拡大することに成功している
ラゲッジスペース容量は従来から20L拡大して380Lを実現。4:2:4分割の後席シートバックを前に倒せば最大1200Lまで拡大できる

前輪駆動化による走りの変化

 ドライブした「118i」と「M135i xDrive(以下「M135i」)」では価格が334万円と630万円と倍近く違うとおり、実際まったく別物だったわけだが、それでも118iの1.5リッター直列3気筒ターボは3気筒エンジンとして世界最高峰の完成度のように思えた。レスポンスがよく、低回転から力強くトルクが盛り上がり、気持ちよく吹け上がる。3気筒としては音質があまり安っぽくないところもよい。かつては量販モデルにDCTを用いていなかったBMWも、このエンジンにはDCTを組み合わせているが、DCTが苦手とする細かい動きの制御も、ほぼ煩わしさを感じないぐらいに進化している。むろん、歯切れのよいシフトチェンジはDCTならではである。

 一方のM135iは、MINIでいうJCW(ジョン・クーパー・ワークス)相当の306PSを誇る2.0リッター4気筒エンジンを搭載するだけあって相当にパワフルで、刺激的な速さを味わわせてくれる。これを引き出す8速ATもよい仕事をしていて、扱いやすくダイレクト感もあり、軽量化されたクランクシャフトと相まって軽快な走り味をより印象付けている。

こちらは「M135i xDrive」。全長は118iから20mm伸びる
M135iの足下は18インチのMライト・ホイールに「TURANZA T005」(225/40R18)を組み合わせる。パワートレーンは最高出力225kW(306PS)/5000-6250rpm、最大トルク450Nm/1750-4500rpmを発生する直列4気筒DOHC 2.0リッター直噴ターボエンジンに8速ATを組み合わせ、「xDrive」によって4輪を駆動する。WLTCモード燃費は12.0km/L

 ハンドリングも前輪駆動の118iは、前後重量配分が均等に近いF20型と乗り比べると旋回中心がだいぶ前にある感じはするものの、リアサスペンションのストローク感を高めてFRのような接地感を実現しているあたり、できるだけFFっぽさを感じさせないよう味付けしたことがうかがえる。とはいえ、現状ではところどころ物足りなさを感じた面もなくはなかったわけだが、いつもアップデートの早いBMWのことだから、そのうち払拭されるよう期待したい。

 一方のM135iは気になるところもなく、前述の動力性能とともに、いかにも高性能なクルマをドライブしているという感覚を常に味わえる。xDriveの巧みな制御もあって、ベースの駆動方式がFRかFFかというのはもはや関係なく、操舵に対する応答遅れもなく、操縦性は俊敏で正確そのもの。新開発のトルセンLSDも効いて、トラクションも極めて高く、ステアリングを切った方向にグイグイと進んでいく。コーナリングだけでなく直進安定性も118iに比べてずっと高い。

 足まわりはそこそこ締まっているが、それほど硬いわけではなく、後席に乗員を乗せての日常使いにも向いている。同じ場所で試乗した内容的に共通性の高い「MINI クラブマン JCW」が、より分かりやすくスポーティさを表現していたのと比べると、高性能であることは同じでも方向性の違いを感じる。

特徴的な装備にも要注目

 また、F40型の特徴として、「ARB(タイヤスリップ・コントロール・システム)」の搭載が挙げられる。これは、従来だと別々に行なっていたエンジン制御と姿勢制御を統合したもので、情報の質自体も上がっており、ECUで直接スリップ状況を感知してDSC(ダイナミック・スタビリティ・ コントロール)を経由することなく、従来の約3倍の速さで信号を直接エンジンに伝達する機能であり、前輪駆動車にありがちなアンダーステアを抑制できるという。

 公道のみ走行した今回の試乗では、どこからがその効果なのかは分かりかねるが、件の俊敏なハンドリングと正確なライントレースはARBも効いてのことに違いない。思いっきり攻めたときや滑りやすい路面で、より大きな恩恵を与えてくれることだろう。

 また、高機能な運転支援システムやAI技術を活用し、会話により車両の操作や情報へのアクセスを可能としたインテリジェント・パーソナル・アシスタントの設定もF40型の特徴。中でも直近に前進した50mの軌跡を記憶し、その軌跡通りに自動でステアリングを操作させることのできるという「リバース・アシスト」を備えたパーキング・アシストは画期的だ。こうした令和の時代に相応しい先進的なアイテムもしっかり身に着けている。

 FR時代のような、1シリーズだからこそ得られるものが見えにくくなった気もするわけだが、FFでも“駆けぬける歓び”は健在だ。エントリーの118iならリーズナブルな価格でBMWを味わうことができるし、少々高くても高性能で上質な2ボックスカーに乗りたい人にとって、M135iはもってこいだ。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一