インプレッション

メルセデス・ベンツ「AMG GT」

 全長1.5kmある富士スピードウェイのストレートエンドで、「メルセデスAMG GT」はメーター読みではあるが約280km/hを記録した。

 例えば、ランボルギーニ「ガヤルド」のレースカーであるスーパートロフェオ仕様がやはり280km/hを記録する。ランボルギーニ「スーパートロフェオ」の価格は約3200万円。それに対し、「AMG GT」の高性能バージョンである「GT S」が1840万円とお得である。と、まるでエコなコンパクトカーの比較論のようなことを言って我ながら思わず笑いがこみあげてくるのだが、確かにこの性能を持ってしてAMG GTの価格はバーゲンプライスと言わざるを得ないほどなのだ。それは、私自身が実際にレーシングコースを走ってみて思ったこと。AMG GTのパフォーマンスは驚くほどのものだった。

驚異的な価格とスペックのバランス

 では、そのスペックを解説しよう。AMG GTのエンジンはAMGが新開発したV型8気筒DOHC 4.0リッター直噴ターボ。Vバンクの内側に2個のターボを置いてコンパクト化が図られている。その出力は462PS/600Nm。今回試乗したGT Sは510PS/650Nmだ。しつこいようだがランボルギーニ・スーパートロフェオはV型10気筒5.2リッターエンジンで570PS/540Nm、1340kgの車重で0-100km/h加速は3.4秒。価格差なのか、AMG GT Sは1670kgの車重で3.8秒と0.4秒遅い。しかし、300kg以上の重量差がありながら、このデータは驚異的ともいえる。AMG GTのエンジンは、ドライサンプ式にすることでオイル溜まりを作るためのオイルパンを取り去り、通常よりも55mm下げて車体に搭載している。

試乗車として用意された「AMG GT S」のボディーサイズは4550×1940×1290mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2630mm。シャシーでは90%以上にアルミニウムを採用したという「アルミニウムスペースフレーム」で、フロントまわりの一部部材をマグネシウム製とし、軽量化とともに回頭性も高められた。車両重量は1670kg。価格は1840万円
フロントまわりではスリーポインテッドスターを中央に配した立体的なダイヤモンドグリル、LEDドライビングライトやウインカーを眉状にデザインした「LEDハイパフォーマンスヘッドライト」などを採用
リアコンビネーションランプもLEDを採用する
V8エンジンをモチーフにしたセンターコンソールが特徴的な「AMG GT S」のインテリア。そのセンターコンソールには、エンジン特性、サスペンション、ステアリング特性、リトラクタブルリアスポイラーの作動プログラムなどを連動して変化させることが可能な「AMGダイナミックセレクト」のコントローラーが備わる。AMGダイナミックセレクトでは燃費優先の「C(Comfort)」、よりスポーティな「S(Sport)」と「S+(Sport Plus)」、エンジン/エキゾーストシステム/サスペンション/トランスミッションなどさまざまなパラメーターを個別設定できる「I(Individual)」に加え、AMG GT Sではサーキット走行向けの「RACE」モードから選択可能
「AMG GT S」が搭載するV型8気筒DOHC 4.0リッター直噴ツインターボ「M178」エンジンは、最高出力375kW(510PS)/6250rpm、最大トルク650Nm(66.3kgm)/1750-4750rpmを発生。メルセデスAMGの哲学に則って1人の職人がエンジンを組み上げ、その証となるバッヂがヘッドカバーの中央に備わる。トランスミッションは7速DCT「AMG スピードシフト DCT」で後輪軸上に配置するトランスアクスル方式を採用。プロペラシャフトもカーボン製と、徹底的にバランスと軽量化に取り組んでいる

 これはレーシングカーの手法をそのまま取り入れたもので、レーシングカー設計の基本は、重量物をできる限り低く搭載し車体の中心に持ってくることだ。ただしAMG GTはFRだ。エンジンはどうしてもフロントに搭載される。エンジンフードを開ければ、前輪軸より後方にマウントされるフロントミッドシップの形式をとっているが、それでもやはり前輪軸荷重は後輪よりも重くなる。そこで「SLS AMG」から踏襲されるトランスアクスル方式がAMG GTでも採用された。これは、クルマのなかでも一番軽量化が困難なトランスミッションを後輪軸上にマウントする方法。これによってAMG GTの前後重量配分は47:53という理想的な比率に仕上がっている。50:50が理想的と思うかもしれないが、ハイパワーなFRスーパーカーの場合、駆動輪である後輪に少し多めに荷重が乗った方がトラクションが有利になるのだ。つまり、タイトコーナーからの立ち上がり加速で有利になる。

 このトラクションに関しては、650Nmもの極太トルクをコンピュータマネージメントするトラクションコントロールが採用されていて、RACEモードでのスタビリティコントロールと同調して適度なホイールスピンを可能にしながらも、安定性を確保していた。後輪軸上に配置されるトランスミッションは7速のデュアルクラッチ式(DCT)だ。このようにフロントにエンジン、リアにトランスミッションを搭載するレイアウトのトランスアクスル方式は、エンジンとトランスミッションをしっかりと連結させる必要があり、トルクチューブ(鋳造アルミ製)というパーツが必要になる。例外として、同じトランスアクスルを採用する日産「GT-R」にトルクチューブは使われていない。

「AMG GT S」は大型の390mmディスクと前後レッドキャリパーを標準装備するが、オプションで強力な制動性能、優れた耐フェード性を発揮する「AMGカーボンセラミックブレーキ」を用意。オプションを選択した場合、キャリパーカラーはゴールドになる
タイヤはミシュラン「パイロットスーパースポーツ」を採用。試乗会当日はバックアップ用のタイヤが多数持ち込まれていた
AMG GT Sのタイヤサイズはフロントが265/35 R19、リアが295/30 R20。左がリア用、右がフロント用

 さて、このようなトランスアクスル方式では、コーナリング時にエンジンと連結されたトランスミッションが同時に片寄る現象が起きやすく、それがハンドリングに悪影響を及ぼす。これを解消するには硬いゴムブッシュでマウントするか、レーシングカーのように直接リジットにボディーにマウントするかだが、そうするとアイドリング時を含めて振動が室内に入り込み快適性が著しく低下する。このためAMG GTでは液封のマウントをエンジンとトランスミッションに採用し、この液体に磁性体(主に金属粉)を混ぜてコンピュータ制御による電磁石で硬さを瞬時にコントロールしている。つまり、一般的な市街地などではマウントをソフトにして快適性を保ち、コーナリングなどのダイナミックな走りのときにはハードにしてドライブトレーンのロールモーションを減少、よりダイレクトなハンドリングを実現しているのだ。

恐ろしく乗りにくい?

 ではその走りは実際どうなのか? ステージはAMG GTを試すのに格好の富士スピードウェイ。乗り終えた私の感想はこうだ。

 今後、AMG GTに対して「恐ろしく乗りやすい」という評価をたくさん耳にするかもしれない。しかし、プロドライバーにとっては「恐ろしく乗りにくかった」のだ。なぜなら、コーナーへのターンイン(進入)はとても気持ちよく高いスピードで思い通りのラインが描けるのに、エイペックスに近づくにつれてその速度では曲がれないことに気付く。そこで「しまった! ターンインの速度をもっと落とさなきゃ」とブレーキを踏むことになる。普通ならこんな時、クルマがふらついておっとっと! となるものだが、AMG GTは安定性を失わない。スタビリティを保ったままアウトに膨らむだけなのだ。だから、簡単に元のラインに戻せる。

「じゃあ、やっぱり乗りやすいんじゃない」と思うかもしれないが、ターンインのフィーリングがあまりにもよすぎるので、ついついオーバースピードになりがちなのだ。敢えて言うなら、オーバースピードでもフロントが入ってくれる、つまり曲がってくれるのだ。これは私の予想を超えたレベルのフロント応答性だった。トランスアクスルと磁性体液封マウントの賜物といえる。普通のドライバーはおそらくここまで攻め込めない。こんな高いスピードでターンインしないはず。或いは、攻め込めるようになるまでに時間がかかるだろう。だから、ちょうどよいターンインの速度となり、理想的なコーナリングラインが描けるはずだ。

 しかし、プロの目からいうとコーナリング限界域でのフワッとしたソフトなフィーリングを煮詰めれば、さらに高いコーナリング性能を手に入れられるはず。おそらくはそれがGT3マシンになるだろう。では、なぜ“スーパースポーツ”であるAMG GTにそのようなセッティングを施しているのか? それは毎日乗れる、通勤にも使えるコンフォタブルなスーパーカーを目指しているから。つまり間口を広げたいのだ。

 その意図は価格設定にも如実に現れている。アルミスペースフレームにフロントモジュールはマグネシウム製。1人の職人によるエンジン組み上げ。渋滞追従機能のディストロニック・プラスなど、メルセデスらしい安全装備は「Sクラス」並み。こんな贅沢なメルセデスのスーパーカーが2000万円を切っていることに驚きを隠せない。

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在59歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

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Photo:高橋 学