インタビュー

日産の新型EV「アリア」のインテリアデザイナー 田子氏が語る、「このクルマじゃないとダメ」と思わせること

大事にしたのは、使う人が「これは日産車だね」と感じるデザイン

日産アリア デザインスケッチ(日産提供)

 フルEV(電気自動車)のクロスオーバー、日産自動車「アリア」が発表された。そのデザインは2019年の東京モーターショーのコンセプトモデルにかなり近い仕上がりだ。また、2021年に市販されるクルマもほぼこれと同じだという。そこで、特に特徴的なインテリアについてデザイン部マネージャーの田子日出貴氏に話を聞いてみた。

自分が欲しいクルマを作ろう

――初めに伺いたいのですが、アリアのデザイン開発はいつごろからスタートしたのでしょうか。

田子氏:先行ステージも合わせると2016年の半ばぐらいからスタートしています。足掛け4年になりますね。

 私は先行から量産の最後まで一貫してアリアを担当しました。今の会社だとほぼほぼそういったことはないに等しいので、本当にありがたくてデザイナー冥利に尽きます。

――先行デザインの時に会社から話があったと思います。その時はどういった内容のものだったのでしょうか。

田子氏:最初はゼロから新しいEVを作るという話をもらい、適任者を探しているということでした。私はメインでインテリアをやっているのですが、元々はエクステリアで入社し、インテリアやカラー、アーキテクチャーと呼んでいる外装の骨格やパッケージ作り、そしてコンセプトデザイン、コンセプトの立案などひと通り広く浅く関わってきました。そういう経緯もあり、ゼロスタートで作るクルマなので中心になってやってくれないかということで、ふたつ返事で「はい! やります!!」というところから今日に至っています。

 元々、内装と外装の両方やりたいと話をして入社しましたが、まさかその先でカラーやパッケージも見るとは思っていませんでした。もちろん同じところをずっとやっている人に比べると専門性が浅くなりますが、幅広く包括的に見るという点ではバランスよくできると思っています。また、それぞれのところで自分が手がけてきた案が世の中に出ていますので、ひと通り先行から量産まで通して経験できたのはありがたいですね。

デザインスケッチ(日産提供)

――会社からそういう話があり、田子さんとしてはどういうクルマにしようと思いましたか。

田子氏:そこはシンプルに自分が欲しいクルマを作りたいと思いました。ゼロから作れるということは、やりたい姿をピュアに作れる機会です。まず自分が培ってきた経験をすべて出し切りたいということもありましたし、とにかく理想の1台を作りたいとシンプルに思いました。

 そこで最初に取り組んだのは、車体設計と一緒にプラットフォームの基礎になるフロアから作ることでした。今回売りの1つとしてEVのフラットフロアがあります。そうするためにバッテリーのレイアウトだけではなく、エアコンのダクトの配管や、ハーネス類の通し方も監修しました。それらを見ながら、これ以上膨らむと凹凸がひどくて足に違和感を覚えたり、フラットとはいえなかったりというところまで突き詰めました。

デザインスケッチ(日産提供)

このクルマじゃないとダメ

――今、田子さんは自分の欲しいクルマを素直に作ろうとおっしゃいましたが、それはどういうクルマなのでしょう。

田子氏:見てよし、乗ってよし、そして愛着が持てることが一番大事だと思っています。例えば今の日本車はマーケットのニーズから「こういうクルマが必要だ」といわれて、その通りに作っています。しかし、それだけですと積極的にこのクルマを選びたいという理由にはならないでしょう。これはまさに私だけではなくて商品の責任者も常日頃からいっていることで、大事にしたいことでした。「積極的に買いたい、このクルマじゃないとダメだ」ということを、一番大切にしました。

 それを商品コンセプトやデザインコンセプトに反映させているのですが、これがなかったとすると、例えば簡単、便利、エコみたいなキーワードだけで作るとしたら、それよりも簡単なクルマ、それよりもエコなクルマが出た瞬間に、勝ち目がない、古いものになってしまいますよね。しかし、性能ではないところもよさはあるでしょうし、例えば古いイタリアのクルマだと、エンジン音が官能的だとか、運転する楽しさ、フィーリングは、どんなに性能のいいクルマが出たとしても、自分はこれだなと思えるところがあるものです。ゼロからスタートするクルマですから、そういうものを作り手側の想いとして詰め込んでいきたいという話をしていました。

デザインスケッチ(日産提供)

――今の時代、この考えはとても大事だと思います。クルマは“愛車”というくらいですから、そうありたいという思いで開発することはとても大切だと感じます。

田子氏:その通りで、われわれも開発メンバーと話をしている時にまったく同じことを言っていました。愛とつくプロダクトはクルマくらいです。愛用する道具が数ある中で愛車という言葉をつけるとそれだけ使い手のパーソナリティが反映されると思っています。その思いがないと、ただの道具になってしまうわけです。

 ゼロから作る時にわれわれ日産の想いを詰めて、使ってくれている人に「あぁ、これは日産車だね」と思ってもらいたい。そこはすごく大事にしてきました。ですからこのアリアには、マーケットニーズからは本来でていないようなアイデアをいっぱい詰めています。ワールドプレミアをして反応を見ていると、面白いことにそういうところの方がかえって刺さっているなと感じます。われわれとしても嬉しいですし、刺さっているポイントがまさに最初に言っていた「こういうクルマを作りたい」というところだったのです。

――もう少し具体的に教えてください。

田子氏:キーワードでいうと「かぶく」という言葉があり、これが日産を表しているのです。普通じゃない、しかしその普通じゃないところも奇抜で受け入れられないものではなくて「何だか使ってみるとこういうのは凄くいいね」というところが、かぶく、あるいは粋というものです。日産車で過去受け入れられてエポックメイキングだといわれているクルマには例外なくそういう要素が入っていました。他社よりもここが優れているところなどよりも、愛着のわくポイントがそのクルマに一番適した表現として入っているのです。ではそれをEVにしてみるとどうなんだろうというところからスタートしました。

 リーフはとてもバランスのとれたとてもよいクルマです。しかし、そういう観点でいくとマーケットからのニーズが先行したクルマという姿の方が大きいかなと思います。

リーフ

S字カーブとガラスにこだわり

――アリアのインテリアでこだわったところを教えてください。

田子氏:フラットフロアも含めて実車に乗ってもらうと、これまでの日産車とは違うなというところがたくさんあります。

 例えばインテリアでは“モノリス”と呼んでいるフラットディスプレイが1枚連なっており、目線の高さに対して水平で完全に高さが揃っています。日産車に限らず大抵、メーターの方が低くてナビディスプレイの方が高い位置関係です。アリアのような形を作ろうとしても人の座らせ方から変えないとできないのです。人の座る位置と姿勢が決まると、当然視線の影響があるのでメーターの位置やディスプレイの高さは自然と決まってしまうからです。そこを自然な高さに画面とメーターをきっちり揃えられたのは、新しくゼロからパッケージを設計したからこそ実現できたことなのです。

前から後ろまでフラットな床も特長の1つ

 輸入車の一部でも同じことをやっていますが、まったく同じですと時代の進化ぶん足りないということもあり、そこでこだわったのがS字に緩やかなカーブを描いて、ナビ画面の方が手前に出てくるようにしたこと。そうすることで、画面をタッチ操作する際に無理なくどの姿勢からでも指が届くようにしたのです。他のメーカーはハンドルから位置が遠いので、別のコマンダーなどをセンターコンソールなどに用意していますが、スマホ全盛期でタッチやボイスが当たり前の時代に、わざわざ別に手元のコマンダーで操作しながら画面を見るのは時代の価値観と違うでしょう。上手く視線だけではなく使い勝手でもシームレスに使えるようにという思いで実現したのが、S字カーブのディスプレイなのです。

 こだわっているポイントがもう1つあります。画面自体は裏にディスプレイが2枚入っているのですが、表側は本物のガラス1枚でできています。普通はガラスを使うとまったくのフラットで、カーブにするとアクリルやポリカーボネイトを使うことが多いのですが、そこをこだわりガラスの成形でちゃんとできる形にしつつ、つなぎ目なしの1枚ガラスで作りました。これも世界でやっているメーカーはないと思います。

ディスプレイの表面は1枚のガラスパネルでできている

――なぜそこまでガラスにこだわったのですか。

田子氏:やはり見た目の綺麗さがあります。オプティカルボンディング、スマートフォンなどはガラスと液晶を直接繋いでいるのですが、そうすると画面自体がすごく見やすくて綺麗なのです。逆にアウターレンズのようなカバーにしてしまうと、エアギャップが発生してしまい、画面とレンズの間に空洞ができてしまいます。さらに、それをS字にすればするほど横から見た時に目立ってしまい、見た目もわるいし実際に見づらい。そこでガラスを使用することを死守しました。

 開発もこれまではお金が最初に着目されて、高いだろうとなってしまいましたが、今のような説明をすると、高くても価値があると、みんな納得してくれました。そこで値段をケチって樹脂にするよりも、ガラスを押し通したほうがひいてはお客さまに対してメリットも多く、そういうよい製品を提供することで、日産のブランド価値も上がることを説明すると、みんな納得してガラスを選んでくれたのです。そういう選び方をしてくれたのはありがたいことですね。

モダンリビングからモダンラウンジへ

――さて、アリアのインテリアのデザインコンセプトはどういうものですか。

田子氏:モダンラウンジです。日産のインテリアデザインではひと昔前は「モダンリビング」という展開をしていましたが、そこから「モダンラウンジ」にしたのは、どんな方にも変わらない居心地のよさを提供したいという思いがあったからです。

 リビングですと、座っている場所や、好みのリビングは人それぞれで変わってしまいます。一方ラウンジになると、そこの空間にいるすべての人に同じ変わらない気持ちよさを提供できるので、そうしたいなと。何よりも全体を1つの空間で見せたいということがありましたので、要は乗員それぞれで違った空間というより、全員で1つの空間を共有するところがコンセプトになっています。

あえて離したインパネとセンターコンソール

――それで、センターコンソールもインパネと接触させないようにするなどの気の使い方をしているのですね。

田子氏:そうです。普通は車格感だけで考えると立派なコンソールほどインパネと繋がっていてしっかりとしたものを作るのですが、その価値観をだしていくと従来と変わらずに、何よりもEVで新しく起こした骨格のよさ、旨味を活かせないだろうということで、方向性を変えました。ミニマムなのですが、小さくなったからといっていままでの大きなコンソールに比べ、使う時にも一切不満がなく、むしろ使い勝手は向上しているように見せようと、スライドするコンソールを提案しています。

表現を変える

――インパネ中心部分のスイッチのレイアウトもいままでとは全く違うものになっていますね。

田子氏:数えてもらうと分かるのですが、これまで日産が使ってきたスイッチの数や機能は変えていないのです。つまり実用性は一切犠牲にしていない。今回はハプティックを使っていますので、タッチスイッチの操作性に関しても一切犠牲にはしていません。

必要なスイッチは使いやすい場所に溶け込ませた

 変えたのは表現なのです。付けるべきものは付け、最適な位置に配していますが、その表現をこれみよがしな機能として見せるのではなく、上手く空間に溶け込ませる方向にハイテク技術を使っているのです。こういうコンセプトに基づいていますので、普通であれば「これだけ凄い新設備を入れたんだから見て」という感じで加飾をおごったり、ましてや一等地なので目立つような処理をしたくなります。しかし、そこは目立たせるのではなく使いやすくするために、周囲に溶け込ませて必要に応じて使えればよい。そこに集中したことで結果として新しくなりました。

光に意匠性を持たせる

――エクステリアでフロント部分に組子パターンがあしらわれていますが、これと共通のイメージがインテリアにもあるそうですね。

田子氏:はい、内装の照明で使っているパターンは揃えており、ドアトリムと足下に入っています。いわゆる従来的なクルマですと、どこから光があるか分からないような、光源を隠してうっすらと明るいのが主流です。しかしアリアはそれを思い切り見せています。エクステリアとは逆に穴を開けた組子柄で、その裏から光を通すことで実際の行灯照明と同じように裏から木漏れ日のようにシルエット越しに光が漏れる構造にしました。その見せ方は、インテリアの空間を落ち着かせるという雰囲気作りに効いているのと同時に、奥行き表現を持った光なので、空間の広さ感にも寄与しているのです。インテリアで仕込んでいるのは、光に意匠性を持たせるところが新しい表現です。

足下にある照明

行灯のような優しい光をもたらす
ドアトリムの照明

 また、エクステリアでの「1本の軸を通す」という考え方も同様です。インストの中心に軸が1本通っており、そのパットの中心にキャラクターラインが通っています。それらがドアをまたいでBピラーにもそのパットが通って後席のカット部分まで1つの形としてきっちりつないでいるのです。ここはエクステリアと同じくこだわったところで、空間の軸をしっかり作ることによってすごく心地よくなり、かつ広さ感にもつながっているのです。

デザインスケッチ(日産提供)
1本の軸を通した内装

 通常、インテリアで軸を通すことは難しい。人が座って使うものである以上、ハードポイントがあり、それがまちまちに配されてしまうので途切れてしまいがちになります。しかし今回はそのハードポイントの針の穴のようなポイントを探り、ばしっと通しているので、シンプルですが座ると心地いい印象になっています。

 他メーカーでシンプルさを表現するとミニマル(最小限)なだけで、寂しさがあるクルマが多いようですが、アリアのインテリアで頑張ったのは寂しさではなくてキーワードでいうと“間”です。日本の空間はシンプルでありながら居心地のよさが作られています。そうするために形と素材の両方を見ながら、通すべきところに軸を通して表現しているのです。

――最後にアリアについてアピールをしてください。

田子:自分でいうのもなんですが、革新的なものができたと思っています。今回、まだ実車も見ていない方が多いにも関わらず、評判が高いなと驚いています。ぜひ乗って座って、インテリアでは今回お話したことをしみじみ体感してもらいたいですね。自分でいうのも恥ずかしいのですが、本当に革新的でよいクルマだと思っています。

日産アリア