インタビュー

日産の新型「フェアレディZ NISMO」について、ブランド・アンバサダーの田村宏志氏に聞く

8月に発表された「フェアレディZ NISMO」。当面の間「フェアレディZ」を注文し長期間待っている人の中で、NISMOへの振替を希望する人にのみ販売するという珍しいモデルでもある

 日産自動車は8月に「フェアレディZ」2024年モデルを発表し、「フェアレディZ NISMO」(920万400円)を新たに追加したことをアナウンスした。

 他のNISMOモデル同様、専用の内外装パーツが与えられるとともに、エンジン出力の向上や、トランスミッションでは変速レスポンスと耐久性を向上させるなど、NISMOモデルらしい走りに振ったチューニングが行なわれている。

 具体的に、エクステリアではフロントグリル、前後バンパー、フェンダーモール、サイドシルプロテクター、リアスポイラー、リアLEDフォグランプを専用品とし、ダウンフォースを強化するとともに、空力性能を向上。新たに設定した19インチの全面グロスブラック塗装の鍛造アルミホイールはリム幅を広げながら軽量化に成功しているという。

 V型6気筒DOHC 3.0リッターツインターボ「VR30DDTT」エンジンについては、標準車が最高出力298kW(405PS)/6400rpm、最大トルク475Nm(48.4kgfm)/1600-5600rpmのところ、NISMOでは最高出力309kW(420PS)/6400rpm、最大トルク520Nm(53.0kgfm)/2000-5200rpmまで向上。

 さらにステアリングとボディのねじり剛性を高めるとともに、シャシーに施されたチューニングや、新設定の「トラクションモード」によって狙い通りのラインをトレースできる、正確なステアリング操作を実現したという。

フェアレディZ NISMOの専用アイテム類

 といったところは情報として公開されているが、フェアレディZ NISMOの情報はそれほど多くない。というのは、通常新車がリリースされるときは報道陣向けに説明会や発表会を開くことがほとんどだが、今回のフェアレディZ NISMOはリリースのみのアナウンスで終わっているからだ。

 そこで、自らフェアレディZ(Version ST/MT仕様)の注文をしているモータージャーナリストの橋本洋平氏が、日産自動車 商品企画本部 ブランド・アンバサダーの田村宏志氏にフェアレディZ NISMOの特徴について聞いた。

フェアレディZ NISMOの特徴について、日産自動車株式会社 商品企画本部 ブランド・アンバサダーの田村宏志氏にオンラインでインタビューした

――まずフェアレディZ NISMOのコンセプトを教えてください。

田村氏:基準車は「Dance Partner」というキーワードを掲げ、日常のファン・トゥ・ドライブを目指していましたが、NISMOはサーキットも意識した作りにしようと考えました。キーワードは「Buddy on track」、つまりはサーキットにおける相棒ということですね。より気持ちの良いドライビングの実現、常にライバルにプレッシャーをかけ続け、時にはライバルを凌駕できるようにと考えています。

 現行のRZ34フェアレディZは、多くのファンを魅了し続けてきた初代フェアレディZのS30をモチーフにしました。そのS30にはいくつかのバリエーションがありましたが、今回のNISMOがモチーフとしたのは240ZGというモデルです。いわゆるGノーズを与えたクルマですね。モータースポーツ色を出すなら432Rという意見もありましたが、空力を最も意識していた240ZG(S30シリーズで最も空力に優れ最高速が速かった)が今回のNISMOの世界観には近いと思いそれをモチーフとしたのです。

RZ34フェアレディZにおける、基準車とNISMOの比較
フェアレディZ NISMOのコンセプト
フェアレディZ NISMOはZ愛好者に向けた挑発ともいえるモデル
フェアレディZ NISMOがモチーフにした240ZGとの比較
Gノーズが現代に復活

――空力的なこだわり、基準車との違いはどこですか?

田村氏:NISMOは基準車のフロントエアインテークに対して横長になっています。水冷式インタークーラーのサブラジエターをサイドに備えているので、そこに開口部が欲しかったんです。空力的にはバッヂの先を伸ばして下げることによって、ダウンフォースを得られるようにセットしています。

 実はフロントのダウンフォースを増やすことになったのは、リアのダウンフォースが増えてしまい、それとバランスさせようとしたことが発端です。基準車のリアウイングはハッチバックの中に収まっていますが、NISMOはリアウイングの中央部が基準車に対して高く、さらに両サイドにも低いウイングを足す3分割となっています。これにより速度依存性がなく、常に前後均等にダウンフォースが得られるようにセットしています。

 ちなみに基準車のVersion STはCLF/CLR(前後揚力)共に0.03とわずかながらにアップフォースですが、NISMOは共に-0.03となりわずかにダウンフォースとなります。このあたりが200km/hを超えるとかなり効いてきます。ちなみに海外仕様はスピードリミッターも変化させています。NISMOは280km/h、基準車の19インチ仕様でリアウイングとフロントバンパー下に空力パーツを備えるモデルは250km/h、リアスポイラーなしは220km/hとしています。リアの安定性を考えての設定です。

NISMOのCLF/CLR(前後揚力)は共に-0.03を実現

 空力関係のネタは、実はGT-Rのモデルイヤー24(MY24)を作って学んだことが展開されているのです。MY24GT-Rはリアスポイラーを延長するなどしてかなりリアのダウンフォースが増えました。そことバランスさせるために、ボンネットから先端までを長くして風を受ける面積を必要としたんです。ところがこれをやるとエンジンルームは冷えにくい。そこで先端をスパッと切って流速を早めようとしています。結果としてグリル内にあったNISMOバッヂも邪魔だとなり、バンパー面に貼り付けました。それはフェアレディZ NISMOでも同じ手法です。

 フロントバンパーサイドに備えるカナード的なものもGT-Rから持ってきたものです。MY17から導入したそれは、風の向きを変えた瞬間、その裏側には負圧が発生します。その負圧を利用してホイールハウスから熱い空気を吸い出すことも行なっています。結果としてフロントバンパーは3分割。かなりお金をかけちゃいましたね。

空力関係はGT-Rのモデルイヤー24(MY24)の知見を活かしたものになる
ダウンフォースの向上技術について

――エンジンは20馬力アップの420PS、トルクは45Nmアップの520Nmにまで進化しましたね。

田村氏:エンジンはターボのMAX回転を長い時間で使えるようにしました。基準車はオーバーシュート気味で使って22万2000rpm、NISMOはオーバーシュートなく22万7000rpmをキープするようにしています。エレクトリックコントロールウエストゲートバルブの制御、気筒別点火時期、専用バルブタイミング、水冷式インタークーラーのサブラジエター追加などがあって達成したパワーとトルクですね。

 また、ATも強化しました。主に低速側のギヤのクラッチを増やすことで、シフトのアップダウンで滑るようなことがないようにと改めました。ATはダメという先入観を覆そうと挑戦しました。

基準車からエンジン出力&トルクがアップ

――ボディやシャシーの変更点はありますか?

田村氏:ボディにはフロントクロスバー、リアクロスバー、リアレインフォースドVシェイプブレースを与え、ねじり剛性を2.5%アップさせました。また、T/Vリンクブッシュ10%、コンプロッドブッシュ127%、ラックインシュレーター400%の硬度アップを行なっています。さらにバネ、ダンパー、スタビライザーを専用とした上で、GT-R NISMOと同銘柄のタイヤ(ラインフラットではない)を装着。ブレーキキャリパーとローターも変更して基準車より拡大しています。

 その上でSPORT+モードを新たに与えました。これはエンジンのツキやレスポンスを変更するだけでなく、VDCの介入が遅くなるトラクションモードを備えています。介入したかどうかが分かりにくく、運転がうまくなったように感じる仕上がりにしました。

SPORT+モードにおけるマニュアルモードでは、コーナー直前に俊敏なナウンシフトを実現するという
各部の剛性アップが図られた

――今回はATモデルのみの設定となりましたが、その理由はどんなところにあったのでしょうか?

田村氏:MTってクラッチを踏んだ瞬間に駆動が途切れますよね。そうなると、もしもNISMOのMTを出したとしても、基準車のATに負けてしまう。それはどうなんだろうと考えたわけです。そういう姿って、まだまだ理解されにくいじゃないですか。速いクルマがNISMOだという認知がありますから難しいですよね。速さだけじゃなく、操る楽しみがあればタイムはちょっと負けても許せるよ、という流れができ上がり、お客さまからの声が集まれば作る可能性はあるかもしれませんね。しかし、現状ではまだ考えられないというのが実情なんです。


 生産体制が整わず、オーダーできるのは納車待ちのカスタマーのうち、抽選にエントリーして当選した者のみだったというフェアレディZ NISMO。今年度はおよそ200台しか納車にならないという稀少車だ。そんな少量生産になるクルマにも関わらず、ここまでこだわりが詰まった1台だったとは驚くばかりである。

橋本洋平氏によるフェアレディZ NISMOの試乗記も近々掲載予定。お楽しみに!