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【インタビュー】インテル 執行役員 オートモーティブ担当 大野誠氏に、Intelの自動車向け半導体ビジネスについて聞く

自動運転時代に向けて仕込みが行なわれた2017年。2018年以降の飛翔を目指す

インテル株式会社 執行役員 オートモーティブ担当 大野誠氏

 半導体メーカーのIntelは、近年、従来のPC依存のビジネスモデルから脱却すべくビジネスの多角化を図っている。特にIoT(Internet of Things)事業に力を入れており、そのIoTの代表的なユースケースとして注目しているのが自動車だ。自動運転に代表されるように、自動車はまさに「走るコンピュータ」になりつつあり、より処理能力が高い半導体の採用が進んでいる。高性能な半導体を提供する半導体メーカーとして知られているIntelにとって、重要な市場になりつつあり、2015年には自動運転を専門とする事業部を設立するなど力を入れている分野の1つだ。

 そうしたIntelの自動車事業の取り組みについて、Intelの日本法人であるインテル株式会社で自動車部門を統括しているインテル 執行役員 オートモーティブ担当 大野誠氏に話を伺ってきたので、Intelの自動車ビジネスについてお届けする。

Intelが5月に行なったAutonomous Driving Labの設置に関する記者会見で公開した自動運転の開発車両

過去10年の自動車向けビジネスでIVIやメータークラスターなどで自動車に採用が進んでいるIntel

 Car Watchの読者にとってのIntelは、PCのテレビ広告でよく耳にする「Intel Inside」(日本語では「インテル入ってる」)のキャンペーンで知るPCの重要部品を提供している会社ではないだろうか。確かにIntelはPC向けのCPUでトップシェアの企業だが、Intelが提供しているのはPC向けのCPU(中央演算装置)だけでなく、データセンターと呼ばれるインターネットの向こう側(クラウドと呼ばれる)に置かれているサーバーに入っているCPU、さらに近年はIoT(Internet of Things)などの組み込み向けと呼ばれるソリューションに向けたチップの提供なども行なっている、世界最大の半導体メーカーだ。

Intel成長戦略の注力分野(出典:インテル株式会社)

 そのIntelが近年積極的に取り組んでいるのが自動車向けの半導体ビジネスだ。近年の自動車は、IVI(In-Vehicle Infotainment system、車載情報システム)やデジタルメーターの普及などで急速にデジタル化が進んでおり、それに伴いIntelも自動車向けの半導体製品のラインアップを拡充しているのだ。

 そうしたIntelの自動車向けの取り組みはここ数年で始まった事業ではなく、過去10年にわたって着々と取り組んできたとインテル 執行役員 オートモーティブ担当 大野誠氏は説明する。「すでに国内主要自動車メーカー数社だけでなく、欧米メーカーで採用が進んでおり、搭載された30車種以上が公道を走っている。センターコンソールにはIntelのロゴが出るようになっている」(大野氏)とのとおりで、PCと違ってどこにも「Intel Inside」のロゴが貼っていないため気がつかれないと思うが、すでに多くの車種のIVIやデジタルメーターなどで採用されている。

Delphiが試作したインテル Atomプロセッサーを利用して、メーターとIVIを実現するデモ。Intelの仮想化技術(Intel VT)を利用して、両方の機能を1チップで実現している

 というのも、実はIntelはグラフィックス技術でも世界有数の企業の1つだ。Intelのグラフィックス技術は、同社のPC向け主力製品である「インテル Coreプロセッサー」に採用されており、それと起源を同じくするグラフィックス技術などが自動車向けにも採用されているのだ。そうした技術を元にして作られた自動車向けの半導体が、すでに公道を走っている自動車に採用されている。大野氏によれば、そうしたIntelと自動車メーカーのコラボレーションは、すでに10年にわたっており、製品が登場してからも5年以上は経過しているという。

 そうしたIVIやデジタルメーター向けのソリューションで着実な実績を残してきた。それがIntelの自動車向けビジネスの現状だ。

1日に自動車が生成するデータが4TBになる時代に向けて布石を打つIntel

 そうした自動車業界との密接なコラボレーションを下地として、Intelは今、未来へ向けたさまざまな布石を打っている。例えば今年大きな話題を呼んだIntelの動きとして、イスラエルのコンピューター・ビジョン大手メーカーであるMobileyeの買収がある(別記事参照)。買収総額は約153億ドル(日本円で約1兆7442億円、1ドル=114円換算)と巨額の買収劇となったことでも大きな注目を集めたが、それだけの資金を投じて自動運転のキーコンポーネントとみられているコンピューター・ビジョンの技術を手に入れるというのが、Intelの自動運転実現への本気度を示していると業界では考えられている。

2020年に満ち溢れるデータ(出典:インテル株式会社)

 大野氏はIntelが自動運転に取り組む背景として、今後自動運転が普及していけば自動車産業で処理しなければならないデータ量が増えていき、それを処理できるソリューションをIntelがすでに持っているからということを挙げる。大野氏は「自動運転が実現される2020年には、自動車1台で1日あたり4TBのデータを生成すると考えられている。ユーザーが平均的に消費するデータが1.5GBになると考えられているので、実にその2600倍ものデータを自動運転車だけで生成する。そしてそのデータを自動車上で処理し、必要なデータはクラウドにあるデータセンターへ、5Gなどの高速回線で送ってマシンラーニングの学習をしたり、分析を加えることになるが、そこでもかなりのコンピューティング性能とストレージが必要になる」と述べる。自動運転時代になると、車両の上はもちろんのこと、クラウドにあるデータセンターも含めて多大な計算能力が必要になる、そう考えられているからだと説明した。

自動運転車にはカメラ、レーダー、LiDARなどの各種センサーが装着されている

 現在業界で検討されている自動運転は、自動車だけがAI化されるような単純な話ではない。自動車には各種センサー(カメラ、レーダー、LiDAR)が装備されており、それらの複数のセンサーが生成するデータを1つのデータとして処理(センサーフュージョンと呼ばれる)する必要があり、そこにまず多大な処理能力が必要になる。その上で、自動車に搭載されている半導体を利用してマシンラーニング(機械学習)の推論を活用して、物体を判別しハンドルやアクセル、ブレーキの操作を行なう必要がある。

 そしてその自動車で生成されたデータは、4TB全てを送ることは難しいので、自動車側で処理した一部のデータが、5G(第5世代移動通信システム)などの高速な回線を経由して、クラウドにあるデータセンターに送られる。データセンターでは、自動運転車から送られてきたデータを元に高精度3次元地図の地図データを補正したり、マシンラーニングの学習を行なったりして、その成果を自動車に5G回線を経由して戻す。そういう大容量データが自動車とデータセンターの間を行ったり来たりして、それぞれのポイントでデータの処理が行なわれる、それが自動運転のエコシステムとなる。

車載コンピューティングへの要求はさらに増加(出典:インテル株式会社)

 このため、Intelでは自動運転が本格的に普及する頃だと予想される2025年頃には、自動運転車に要求される処理能力もさらに向上すると考えていると、大野氏は説明する。「現在のレベル2やレベル3の自動運転で必要とされる処理能力は0.5~10TFLOPS、ストレージのギガバイト級、ネットワークの帯域も数十Mbpsになっており、搭載されているECUとしてマイコンも150を超えている。しかし、2025年にレベル5の自動運転を実現するには、50~100TFLOPSと今の10倍、ストレージもテラバイト級、ネットワークの帯域も数百Gbps、ECUは半導体の統合が進み50個程度に統合化され、仮想化技術などの利用が進むと考えられている」(大野氏)と、現在の10倍近い処理能力やストレージなどが必要になるほか、データセンターなどで一般的に使われている仮想化技術などが自動車でも使われるようになり、他の機能に影響を及ぼさない機能安全を実現しつつ、1つの半導体でIVIとメーターを同時に実現する、そうした使い方などが一般的になると考えられている。

車載半導体、高速な通信回線、データセンターまで一気通貫に提供できるのがIntelの強み

「車載、ネットワーク、データセンターの全てのソリューションを提供できるのはIntelだけ」と強調する大野氏

 そのように必要とされる処理能力が今後高まる一方の自動車向け半導体市場において、Intelの他社に対する強みは、車載半導体から、5Gのような高速なモバイル回線、そしてデータセンターで利用する半導体まで自動運転のエコシステムに向けてソリューションを一気通貫に提供できることだ。

「車載、ネットワーク、データセンターの全てのソリューションを提供できるのはIntelだけだ。車載だけ、ネットワークだけという競合他社はあるとは思うが、データセンターまで含めてできるところはIntelしかない。それだけでなく、車載向けにも、サーバークラスのチップであるインテル Xeonプロセッサー、そして低消費電力なインテル Atomプロセッサー、そしてプログラマブルなFPGAまでお客さまのご要望に応じてさまざまな組み合わせを提供できる」(大野氏)と、Intelでは近年製品のラインアップを強化し、本格的な自動運転時代に備えている。

Intelが提供するAltera FPGA

 車載向けの半導体では、データセンターに格納されるサーバーに利用されるインテル Xeonプロセッサークラスの製品から、以前は携帯電話にも採用されていたような低消費電力なインテル Atomプロセッサーまで、幅広いラインアップを用意している。そして、2015年にAltera(アルテラ)を買収して得た、FPGA(Field-Programmable Gate Array)も自動車メーカーにとっては注目の製品になりつつある。FPGAとは開発者がソフトウェアを利用して機能を定義できる半導体のことで、「I/O周りで足りなかった機能を追加するのに使ったり、マシンラーニングの推論を利用した画像認識に使ったりとさまざまな活用がされている」(大野氏)とのとおりで、開発費を含めると自前のASICを起こすよりも低価格に望む機能を実現できると自動車用途でも注目を集めている。

 Intelはそうした充実している車載向けだけでなくデータセンターと通信に関してもソリューションを用意している。データセンターに関しては説明の必要が無いほど有名だが、Intelはデータセンター市場で圧倒的なトップシェアのベンダで、同社のインテル Xeonプロセッサーはそれこそ世界中のデータセンターでCPUとして採用されており、データセンターを構築するとすればそのCPUとして必然的にIntelを選択するという現状だ。

 そして、Intelは通信ソリューションの充実にも力を入れている。Intelは近年、4G(第4世代移動通信システム)の通信方式であるLTE(Long Term Evolution)と呼ばれる現在のスマートフォンなどで一般的に利用されている通信方式のモデムチップ事業に力を入れている。IntelのLTEモデムは、米国などで販売されているAppleのiPhoneに採用されるなどの成果を出しており、近年Intelのビジネスの中でも急速に成長している分野の1つだ。そうしたLTEのモデムチップの成功の延長線上にあるのが、次世代の通信規格である5Gのモデムチップビジネスだ。

自動運転車の開発を加速するインテル GO

 大野氏は「自動運転に高速な無線通信は不可欠。Intelでは2020年以降に車載向け5Gモデムを展開しようと考えており、現在各種の実証実験などを進めている。日本でもエリクソン様、デンソー様、NTTドコモ様などお台場で実証実験を行なった」と述べ、Intelが5Gに向けた技術開発を業界各社と協力して行なっていることを説明した。Intelは、5Gの実現に向けて確実なステップを踏んでおり、1月のCESでは開発に利用できる5Gモデムの新製品を発表したし(別記事参照)、9月には今年の末に標準規格として策定が済んだ(発表時点では策定予定)5GNRに対応した開発キット「Intel 5G Mobile Trial Platform」の出荷開始を発表(別記事参照)するなど、着々と開発を進めている。通信業界全体では、2019年に5GNRベースの製品がまずはスマートフォンやタブレットなど市場向けに登場すると見られている。

 Intelはこの5Gを含む車載開発環境としてインテル GOを1月に行なわれたCESで発表(別記事参照)、自動車メーカーに提供している。「インテル GOではソフトウェア開発環境やCPUだけでなく実際のシステムを用意し、自動車メーカーやティアワンの部品メーカーのお客さまに味見をしていただき、エコシステムとして評価する環境。大変ご好評をいただいている」(大野氏)と、開発環境も一気通貫で提供することで、自動車メーカーやティアワン部品メーカーの評価を加速する仕組みを提供し、それが好評を受けているということだった。

仕込みの年となった2017年。2018年以降の飛躍に向けてソリューションをさらに充実させていく

本格的な自動運転時代に向けて「基礎はすでにできあがっている」と大野氏

 そうしたIntelの2017年の自動車向け事業だったが、それを日本で率いる大野氏は「今年は来年以降の飛躍につながる仕込みの年だったと考えている。1月のCESでのBMWとの共同記者会見とHereの株式15%取得、3月のMobileyeの買収、5月にシリコンバレーにAutonomous Driving Labの設置、9月にはFIAT・クライスラーグループとの提携発表、そしてティアワンのDelphiやContinentalとの提携発表と実に多くの提携や開発の進展について発表することができた」と述べ、2018年以降の本格的な自動運転時代に向けて基礎はすでにできあがっているという認識を明らかにした。

自動運転に向けた戦略的取り組み(出典:インテル株式会社)

 確かに、2017年のIntelの自動車事業は大きな進展を見せたと言ってよい。1月のCESでは、当時パートナーだったMobileyeとの協業で、BMWの自動運転車のデモカーを年末までに40台用意すると発表(別記事参照)したが、大野氏によればそれはのちに100台に拡大され、現在も取り組みは進んでいるという。順調にいけば、年明けにラスベガスで行なわれるCES 2018で、何らかの発表がありそうだ。

5月にサンノゼで行なわれた、Delphiと共同で試作した自動運転車の公道試乗会の様子

 また、5月にサンノゼで行なわれたAutonomous Driving Labの設置に関する記者会見(別記事参照)では、Delphiとの協力で試作されたIntel製品ベースの自動運転車が公開された(別記事参照)。実際に筆者も試乗してみたが、サンノゼ市内の公道をまるで人間が運転しているかのようにスムーズに運転する様子を見て、すでに技術的には準備が完了しているのだということを実感することができた。ぜひ別記事の動画を参照してほしい。

 また、日本独自の取り組みも行なわれた。8月にはエリクソン、デンソー、トヨタ自動車、NTT、NTTドコモなどと自動車ビッグデータ向けネットワーク/コンピューティング基盤のためのコンソーシアム「Automotive Edge Computing Consortium(オートモーティブ・エッジ・コンピューティング・コンソーシアム)」の創設に向けて活動を行なっていくと発表されている(別記事参照)。

 インテルの大野氏は「自動車産業のお客さまがIntelに期待されていることは、高性能で高品質な半導体を提供していくことだと考えている。その中でも日本のお客さまは品質にこだわりがあり、Intelに対する期待は高いと考えている。Intelの自動車向けビジネスは10年前から取り組みを続けており、すでに自動車の品質レベルで製品をご提供できていると考えている。今後自動運転が普及していく中で機能安全への取り組みが重要になると考えており、弊社製品でそれを実現できるようにしていきたい」と述べ、自動運転を実現していくなかで、より高機能で、高品質、そして自動車向けとしては何よりも重要な機能安全を実現していく製品を提供していきたい、とまとめた。

提供:インテル株式会社