インプレッション
アストンマーティン「DB11」(サーキット試乗)
2016年11月17日 08:50
アストンマーティンとの関わり
アストンマーティンと聞けば、我々の年代では“007ボンドカー”としての勇姿が印象的。そして滅多に手に入らない超高級車というイメージだった。実は10年近く前の2007年、友人が「ヴァンキッシュS」を購入し、その製造過程を見る工場見学ツアーに同行したことがある。1954年、私が生まれた年に操業を始めた英国ニューポートパグネル工場。ここで数々の名車が生まれ、その後「アストンマーティンの聖地」とも言われている。
そのレンガ造りの古びた工場で最後に生産されていたのが件のヴァンキッシュSだ。工場内に入り、いきなり驚かされたのがヴァンキッシュSのトランクフードを造る職人の作業。ある程度プレス加工されているトランクフードを、職人が冶具に当てハンマーで叩いて曲げている。ヴァンキッシュSには多くのカーボン材が採用されていたが、ヴァンキッシュSのトランクフードはアルミパネル。あのアーチ状の曲面をプレス加工で出そうとすると、アルミパネルが割れてしまうのだ。だから最後の仕上げは匠職人の手作業というわけ。
さらに奥に進むと、トランスアクスルのトルクチューブ(フルカーボン)が整然と並べられている。昔ながらの手造りと、最新の素材であるカーボンの融合がとても新鮮だ。もう1つ驚かされたのがインテリアの製造過程。ミシンが3台並べられていて、お年を召した2人の女性がオーダーシートを手に、壁に掛けられた幾種類もの素材の中から布や革を選別し、ミシン掛けしている。インテリアがこの熟練した女性の手によるものと聞き、3000万円という価格は高くはないと感じたのだった。
2007年を最後に、ニューポートパグネル工場での新車製造を終了し、世界中のヒストリックアストン所有者をお得意様にするレストア工場として、いわゆるヘリテージセンターとして現在も活動している。最後に新車生産現場を見学できたことは、とてもラッキーで貴重な経験だった。そして、現在アストンマーティンの製造拠点は、近隣にジャガーの工場もあるゲイドン工場。こちらも見学させていただいたが、最新の設備と新車のチェック試走が可能なテストコースも備える。
この2つの製造拠点に関して記述したのは、今回の試乗会場となった袖ヶ浦フォレストレースウェイでの試乗は、新型車の「DB11」だけではなくヴァンキッシュにも試乗できたから。単にDB11との比較車両としてだけではなく、個人的に前述したような経緯からの思い入れがあるから。そしてもう1つ。SUPER GTのGT300クラスに、V8ヴァンテージ(GT4カテゴリー)が国内初登場した時の初代ドライバーを務めさせていただいたのも、なにを隠そう私だったのだ。
どの回転域でも力感に溢れている
前置きが長くなった。さっそく走り始めよう。アストンマーティンは早くから各所にアルミニウムを採用してきたメーカーだ。アルミニウム、マグネシウム、カーボン。最新と最高の素材を融合させたDB11もしかり。DB11ではプラットフォームを含めすべてが新設計となっている。
これまでアストンマーティンのプラットフォームは、サルーン系のラピードを除き、ヴァンキッシュ、ヴァンテージ、DB9と同一のものを採用してきたが、DB11は新設計。アルミ材の接合技術の進化によるボディ剛性アップと、よりエンジンをセンター寄りに配置したフロントミッドシップ構造により、前後重量配分は51:49となっている。そのエンジンも、アストンマーティン初のツインターボを搭載した新設計のV型12気筒5.2リッター直噴エンジン。片バンクを休止させて、燃費を節約する機能も与えられている。
スタータースイッチはダッシュパネル中央にあるボタン。「N」「D」「R」「P」といったドライブセレクターも、スタータースイッチの両サイドに位置する。このDボタンを押すと自動的に1速にシフトされる。トランスミッションはトルコンAT。しかも、ZF製の8速で、トランスアクスルのためトルクベクタリング効果を備えたリアデフと一緒にリアに搭載される。トランスアクスル方式はアストンマーティンの十八番だ。
アクセルを踏み込むと、とてもジェントルにピットロードを走り抜けコースイン。第1コーナーを抜けて全開にしてみると、一気に7000rpm付近まで跳ね上がる。3速までアップシフトを続けると、じっくりとエンジン回転の上昇とパワーフィールを確かめることができる。電子制御式のウェストゲートを備えるツインターボによるパワーフィールは、とにかくどの回転域でも力感に溢れている。608PSという数値も強烈だが、1500rpmから発生する700Nmの最大トルクも圧巻。この短い袖ヶ浦のストレートで、容易に180km/hプラスの速度まで引っ張るのだ。
1770kgという車重は決して軽量とは呼べないが、その重量は明らかにダウンフォースとなってタイヤを路面に押し付ける。その前後のグリップバランスが絶妙なのと、最新作となる可変減衰力制御を行なうビルシュタイン製ダンプトロニックダンパーによって、前後左右へのピッチ&ロールのバランス制御が素晴らしい。英国らしい乗り味の、サスペンションをしっかりと動かす味付けは、ヴァンキッシュよりも明らかにロードホールディングに優れている。そのため、大きめのロールにも恐怖感は一切感じられず、限界を察知しやすいし、限界を超えた時のコントロール性もイタリアやドイツ製のスーパースポーツと比較して、明らかに自然体でドライバー本位だ。
トルクベクタリングによってより曲がり込むコーナリングを実現するリアデフのフィーリングは、4000rpm以上で強い入力を与えたときに、フロントを押し出すのではなく曲がり込もうとする。パワーをかけすぎれば、もちろんリアタイヤが608PSを受け止められるわけではなくブレイクするが、電子制御はおせっかい過ぎないレベルで安全性を確保してくれる。ブレーキもブレンボの最新作で、DB11にカーボンローター等は採用されない。それは、何よりもタッチフィールを重要視した時、スチール製がベストと考えるからだ。
ステアリング左右に装着されるボタンを押すことで、ドライブモードとダンパーの制御モードをそれぞれ「GT」「S」「S+」の3段階に変更することが可能で、この組み合わせを自分なりに変更できることも魅力的。例えばATモードで、ドライブモードを標準的なGTにして、ダンパーを最大限ハードなS+をチョイスすると、効率的な都市部でのトランスミッションコントロールとスーパースポーツカーらしいサスペンションフィールを同時に満喫できる。
もちろんサーキットでは両方ともS+モードで走ったのだが、実は、米国 ロサンゼルス近郊での公道試乗も満喫した。路面のわるい米国の道路でも、ダンパーを緩いGTモードにセットしておけばDB11の乗り心地は素晴らしい。ただし、箱根のようなワインディングではSモードにセットすることで、締まりの効いた足さばきと路面の凹凸を吸収する安定性を同時に感じさせてくれる。
また、ブレンボのブレーキは初期応答が強すぎず、市街地でのコントロール性にも優れていて、ブレーキ鳴きは一切なかった。インテリアは写真をご覧いただきたい。座り心地とホールディングを両立するレカロ製のシートも高品質さに感動するし、インテリアはまさにあの時ニューポートパグネルで拝見したクラフツマンシップを感じさせるハイレベルなものだ。
袖ヶ浦のサーキットでの試乗、そして乾いた空気のカリフォルニアでの試乗。この両方を試乗した私はなんという幸せ者なのか、というドーパミンをDB11は脳内でふんだんに分泌させてくれた。