試乗インプレッション

2020年秋ごろの正規導入が待ち遠しい! マルチな魅力が詰まったシトロエン「ベルランゴ」に試乗

デザインや使い勝手、乗り味も個性豊かなシトロエンワールド全開

今秋カタログモデルになるベルランゴ

 本国ではもともと商用車として生まれながら、日本では乗用車として愛されている輸入車の代表といえば、メルセデス・ベンツ「Vクラス」とルノー「カングー」である。とくにカングーは、スタイリストやカメラマンといった、クリエイティブな仕事の相棒としても人気を博し、「スライドドアなのにオシャレなコンパクト」というイメージが確立され、ひとり勝ちしている状態だ。

 どちらにもこれまで、ガチなライバルは不在だった。しかしVクラスには先日、トヨタ自動車「グランエース」という巨大なライバルが登場。カングーにもまた、奇しくも同じフランスからライバルがやってきた。それが、2019年末に台数限定で日本上陸し、あっという間に完売してしまい、今回ようやく試乗が叶ったシトロエン「ベルランゴ」だ。正式にカタログモデルとなるのは今秋の予定だが、兄弟車としてプジョーから「リフター」の名でも販売され、2021年にはオペルから「コンボ ライフ」としても導入されることが決まっている。日本市場は一気に、オシャレスライドドア車の選択肢が急増する流れだ。

 遠目にはそれほど大きく感じなかったベルランゴのボディは、4405×1855×1840mm(全長×全幅×全高)と、カングーより少しずつ大きく、国産車で言えば全長は「フリード」より長く、「ステップワゴン」より短く、全幅は「アルファード」より5mm広く、全高はステップワゴンと同じというサイズ感だ。最小回転半径は5.4mで、これはカングー、ステップワゴンと同じである。

2020年秋ごろの正規導入に先駆けて行なわれたオンライン予約は早々に終了してしまった「ベルランゴ デビューエディション」(325万円)。ボディサイズは4405×1855×1840mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2785mm。最小回転半径は5.4m

 外観で目を惹くのは、やはり現行の「C3」以降シトロエンの新世代デザインとして用いられている、薄型のヘッドライトを囲むように左右に貫通する2本のラインで型作られるダブルシェブロン。そして楕円形のポジションライトが醸し出す、どこかユーモラスながらモダンなフロントマスクだ。サイドには樹脂製のモールや、荷室の明かり取りも兼ねているという7角形の窓ガラスなど、シトロエンらしい独創的なデザインがあふれている。素性を知らなければ、外観から商用車っぽさはほとんど感じないだろう。

シトロエン共通のライト類がそれぞれ独立している新世代デザインを用いたフロントまわり
ブラックの16インチアロイホイールにはミシュラン「エナジーセーバー+」(205/60R16)を組み合わせる
給油口横にはAdBlueの補給口を配置

 ドアを開けて運転席に乗り込んでみる。インテリアは、よく言えば道具感が感じられる雰囲気。決して上質とは言えないものの、よく見るとメーターナセルがさりげなくマーブル模様になっていたり、グローブボックスに革ベルトのような飾りがあしらわれていたりと、実用性一辺倒でないところがやはりシトロエン。試乗車のデビューエディションには、ルーフ全体に広がる大きなマルチパノラミックルーフ「MODUTOP(モジュトップ)」が装着されており、室内全体を明るく開放的にしてくれている。しかも、ただ明るいだけでなく、中央に一本渡された太い柱が天井ラック収納の役割も兼ねており、ティッシュボックスや上着、お菓子やオモチャなどなんでもポイポイと放り込める感覚。2つの仕切りが付いているので、急ブレーキを踏んだら荷物がザーッと前に移動してしまう、なんてことも防げるようになっている。こうした使い勝手の面でさえ、シトロエンは斬新さと親切設計を両立していることに感心する。

ベルランゴ デビューエディションのインパネまわり。ナビゲーションなどが運転席側に少し傾いたドライバーオリエンテッドな配置となっている
グローブボックスにはベルトのようなデザインがあしらわれる
運転席側にはドリンクホルダーも配置
3本スポークのステアリングホイール。ステアリングコラム左側にはACC用のスイッチを設定
ダイアル式のシフト。外側のリングを回してシフトを変更する
たっぷりとした厚みがあるファブリックシート。ブラック&グレーのカラーにグリーンの差し色が入って室内に明るい印象を与える。後席も3座独立で居住性を高めている

 ちなみにベルランゴの収納スペースは、この頭上の収納を含めて国産ミニバンもビックリの充実ぶり。運転席の頭上も収納になっているし、後席の後ろも天井に大きなリアシーリングボックスが吊り下がっており、これはバックドア側からもアクセスできるようになっている。そして国産ミニバンでは珍しくないが、ドリンクホルダーもAピラー横のいちばん使いやすい場所にあるし、運転席と助手席の間にもトレーがあって、女性の大きめなショルダーバッグくらいまで置けそうなスペースだ。ここはその気になれば、ちょっとタイトだがセンターウォークスルーも可能で、タントなど軽スーパーハイトワゴンも採用する便利機能が備わっているとは恐れ入った。

後席後ろには大きなボックスを配置。ラゲッジ側と後席側の両方からアクセスできる
パノラミックガラスルーフと多機能ストレージが1つになった「MODUTOP(モジュトップ)」や、運転席頭上のスペースなど収納は豊富

 シートは弾力のあるクッションでゆったりとしており、ランバーサポートも付いている。視界はそれほどアイポイントが高い印象ではないが、十分にひらけており、ボンネットの両端もなんとなく把握できて安心感がある。スタートボタンを押すと、目覚めたのはプジョー「308」で日本上陸したばかりの最新1.5リッター 4気筒ディーゼルターボエンジン。アイシンAW製の8速AT「EAT8」が組み合わされ、シフトはダイヤル式で先進感がある半面、慣れるまではちょっとモタつくかもしれない。

最高出力96kW(130PS)/3750rpm、最大トルク300Nm/1750rpmを発生する直列4気筒DOHC 1.5リッターディーゼルターボエンジンを搭載。トランスミッションには8速ATを組み合わせ、前輪を駆動する

見た目だけでなく、乗り味も“クセ”がある?

 市街地をゆっくりと走り出すと、130PS/300Nmと太いトルクのおかげもあって、出足から余裕は感じられた。ただ、30km/h~60km/hくらいの間で加減速を繰り返していると、ATとの相性があまりハマらないのかややギクシャクする場面が多い。ブレーキもそっと踏み込んだつもりがガツンと効いてしまい、慌ててペダルから力を抜くとそれでまたギクシャクしてしまう。小一時間ほど市街地を走ったが、なかなかスムーズに走れないまま、今度は高速道路へ。

 ETCゲートをくぐってすぐの上り坂でも、グイグイとしたトルクで加速は順調。本線に合流してまだまだ速度を上げていっても、まったく息継ぎは感じない。そして80km/hからクルージングに入ると、市街地でのことが嘘のように滑らかな加速が続き、安定感もあって平穏な時間が流れる。100km/h区間に入ると、さすがに室内にも大きめのノイズが聞こえてくるものの、段差を超えた際の振動はほぼ一発でいなされ、乗り心地は想像以上。カーブではボディが傾くのが分かる程度には沈み込み、そこからシッカリと支えて直進に戻っていく。市街地ではちょっと古くさい制御をするなぁと感じたステアリングも、高速域では手応えや据わりもよく、ロングドライブでも運転しやすいだろうなと感じた。全体的には、もう少し各シーンでの熟成を待ちたい走りではあるが、道具として割り切るには個性豊かで、もしかしたらだんだんとクセになるのかもしれない。

 後席に座ってみると、3座独立したシートは1名分のスペースがしっかり確保されていて、3人兄弟でも真ん中を嫌がってケンカすることはなさそう。むしろわが家で悩んだのは、娘1人を3席のどこに座らせるか? ということ。折りたたみテーブルが備わる左右だと、どうもドアに近寄りすぎる位置で余ったスペースがもったいなく感じるし、かといって真ん中の席だと乗せ降ろしをする際にドアから遠すぎる。もう少し大きい、小学生以上の子供なら悩むこともないのだろうか。

 スライドドアは両側とも手動で、開け閉めする最初の段階でけっこう力がいるので、勢いづいてバタンッと派手な音をさせてしまうことが多くなる。日本では、周囲に乱暴な人と思われないように少し気を使うかもしれない。その点、バックドアは上半分のガラスハッチだけを開閉することもできるので、大きなゲートをドタンバタン言わせて開け閉めする回数は減りそうだ。ラゲッジはほぼスクエアでフロアは真っ平ら。効率的に荷物が積めるのはもちろん、耐荷重25kgのトノボードで2段階に高さを変えられ、棚のように使えるのが便利だ。より多くの荷物を積む際には、後席が3座独立して前倒しできるほか、助手席も前倒しできるのでサーフボードなど長い物を積むのもラクラク。ラゲッジの使い勝手も国産ミニバンに負けないレベルだと実感した。

ラゲッジ容量は5人乗車時で約597L、シートアレンジにより約2126Lまで拡大可能。トノボードは荷物によって2段階に高さを変えられる
しっかりしたトノボードで、25kgまでの耐荷重がある
リアゲートはガラス部分だけの開閉も可能
リアシートは3席とも個別に前倒しできるほか、助手席も前倒しできるので約2.7mまでの長尺物も積載できる

 そして、ベルランゴはアクティブセーフティブレーキやACC(アダプティブクルーズコントロール)、レーンキープアシスト、インテリジェントハイビームといった運転支援技術も満載。ACCが全車速対応ではないので、ノロノロ渋滞などで使えないのは惜しいところだが、安心感を優先する人のショッピングリストにも挙がるのは強みである。

 こうして1日試乗してみると、当初は異端児なのかと思っていたベルランゴだが、まさに新世代シトロエンらしい1台なのだと納得する。外観やインテリアの圧倒的な個性とセンスのよさで惹きつけ、国産Mクラスミニバン並みの取りまわし、収納やシートアレンジの斬新かつ親切設計と、日本人が求めるマルチな魅力で骨抜きにする。一度乗ったら、一度使ったらもう戻れない、シトロエンワールドへの入り口として、これは強烈な磁力を放つ“日本人ホイホイ”になりそうだ。

まるも亜希子

まるも亜希子/カーライフ・ジャーナリスト。 映画声優、自動車雑誌編集者を経て、2003年に独立。雑誌、ラジオ、TV、トークショーなどメディア出演のほか、エコ&安全運転インストラクターなども務める。海外モーターショー、ドライブ取材も多数。2004年、2005年にはサハラ砂漠ラリーに参戦、完走。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。2006年より日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ジャーナリストで結成したレーシングチーム「TOKYO NEXT SPEED」代表として、耐久レースにも参戦。また、女性視点でクルマを楽しみ、クルマ社会を元気にする「クルマ業界女子部」を吉田由美さんと共同主宰。現在YouTube「クルマ業界女子部チャンネル」でさまざまなカーライフ情報を発信中。過去に乗り継いだ愛車はVWビートル、フィアット・124スパイダー、三菱自動車ギャランVR4、フォード・マスタング、ポルシェ・968、ホンダ・CR-Z(現在も所有)など。

Photo:高橋 学