試乗レポート

ロードスター「990S」、新たな車体姿勢制御技術“KPC”によって走りはどう変わったのか?

NA型、NB型、NC型、そしてまたNA型という愛車遍歴を持つほどのロードスター好きモータージャーナリストの橋本洋平氏が、現行ND型ロードスターの最軽量モデル「990S」の乗り味をレポート。後ろのNA型は実際の愛車

KPC=運動学に基づいた車体姿勢の制御技術とは?

 登場から間もなく7年が経過しようとしているロードスターが、2021年末に商品改良を行なった。エクステリアについてはこれといった変更点がなく、今後もこのスタイルを貫くようだが、中身については地道な改良が続けられており、今回新たに軽量を意識した「990S」なるグレードを投入したことがトピック。さらにKPC(Kinematic Posture Control・運動学に基づいた車体姿勢の制御技術)なるサスペンションジオメトリー×リアイン側ブレーキに対して制動力を与えることでアンチリフト力を生み出すシステムによって、新たなる走りを展開したところも興味深い。

 今回もっとも注目の990Sは、車重990kgを意味する実質現行最軽量モデル。マニアな方々ならご存じだろうが、この車重はすでに「S」というグレードで達成していたもので、それと変わらないと思うだろう。だが、車検証の重量には出ないところで、実は数kgの軽量を達成しているとのこと。詳細な数値は教えて貰えなかったが、だからこそ実質現行最軽量モデルという言葉が出てくるのだろう。特別装備となるレイズ製のホイールは4輪トータルで3.2kgの軽量化を実現。ホイールサイズは6.5Jから7Jへと拡大されている。組み合わされるブレンボ製ブレーキは、ローター径が14インチから15インチへと拡大されてはいるものの、キャリパー自体はベースグレードのものよりも軽く、ホイールとトータルしてみればバネ下重量の軽減となっているそうだ。

ロードスターの人馬一体の走りを心底楽しみたいユーザー向けに誕生した特別仕様車の990S。ボディサイズは3915×1735×1235mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2310mmで変更はなし。価格は289万3000円
車検証の車重欄は10kg単位の表記となっているため「S」も「990S」もどちらも990kgと書かれているが、「990S」のほうが「S」よりも軽い。ただし正確な数値は未公表となっている
ホイールはレイズ製の鍛造1ピースを装着。ブレーキキャリパーはブレンボ製で特別にロゴマークが青字になっている
エアコンの吹き出し口のルーバーも青の挿し色が配される
マツダ車初の直刺繍を採用し、車名ロゴと外周ステッチをブルーで仕立てた特別仕様の「フロアマット(ブルーアクセント)」は2万5080円(運転席&助手席セット)で990Sオーナーでなくても購入可能
特別仕様車「990S」と「Navy Top」専用のダークブルーの幌

 軽量化のもう1つのポイントとなるのがリアスタビライザーを排除していることだ。これは以前より存在したSグレードでも同様。加えてLSDを持たずオープンデフとなっているところもSと同様。上級モデルでは幌の内側に装備されているインシュレーターも排除され、そこだけでも1kgほど軽量になっているという。グラム作戦なる軽量化の努力を続けてきたロードスターにとって、これはかなり大きな数値といっていいだろう。

 990Sの改良はそれだけでは終わらない。スプリングは前後共にレートをアップ。ダンパーについてはしなやかな方向へとセットアップを変更。フラットライドを造るようにしながら、日常域でのしなやかさに注視したとのこと。それに合わせてパワーステアリングの特性も見直し、初期の手応えをしっかりとさせる方向にセット。切り込み応答については軽快さを狙っている。また、スロットルレスポンスについてもプログラムが変更されている。

搭載エンジンは直列4気筒DOHC 1.5リッターの「SKYACTIV-G 1.5」で、最高出力132PS(7000rpm)/最大トルク152Nm(4500rpm)は数値に変更はないが、コンピュータプログラムでスロットルレスポンスの味付けが変更されている

 ここまでの改良を聞いていると、やや不安に思えてくるところがある。現行ロードスターのSグレードに対して、個人的にはそれほどよいと思っていなかったからだ。最軽量であるから軽快さはあるものの、コーナリングではやや不安定感があったS。そのクルマをさらにしなやかに? 大丈夫なのかと疑ったのだが、それを解決したのが前述したKPCだったのだ。

 ロードスターのリアサスペンションは、アンチスカットジオメトリーを採用。アンチスカット角を大きくすることでピッチングを抑えた設計だ。そのサスペンションがあった上で、リア内輪のブレーキをコーナリング中につまみ、ボディの浮き上がりを抑制しようというのがKPCのシステムである。コレ、ちょっとややこしい話だが、バイクのスイングアームの軸点が高い状況を想像すると理解しやすいかもしれない。接地点となるリアブレーキを作動させるとジャッキダウン力が出て、安定感が高まる状況と同じことだ。

KPC(Kinematic Posture Control・運動学に基づいた車体姿勢の制御技術)の概念

 このKPCはDSC(ダイナミックスタビリティコントロール)を利用している。大元となるのはボッシュ製のものだが、KPCはマツダが独自で制御ロジックを完成させたもの。リアタイヤ両輪の車輪速差をもとに、旋回がきつくなるにつれてリア内輪のブレーキに微小な液圧を付加するというもの。最大液圧は0.3Mpaというレベルでコントロール。DSCは5Mpaほどの領域で動く話だというから、いかに微細なことをやっているかが伺える。マツダの試験データによれば、R30のコーナーに進入車速55km/h、横G=0.8Gの時に、KPCの有無で比べるとリアイン側の浮き上がりは3mmも低減。ピッチは0.17%、ヒーブ(浮き上がり)は1.7%減少。ロール角は0.23%減少しているが、ヨーレイトは0.02%しか増加していない。無理に曲げられる感覚がなさそうなところは走り味を大切にするロードスターらしい仕上がりといっていいかもしれない。

 KPCのメリットはそれだけじゃない。作動することでブッシュにテンションを与えることが可能となり、内輪の位置決めがしっかりとできるところだ。マイルドな乗り味は確保した上で、ブッシュのたわみを取ることが可能となることから、日常域の心地よさと高速旋回の安定性が確保できるというのだ。ロードスターはヒラヒラとした身のこなしが爽快であり、けれどもそのせいで高速コーナーではちょっと危うい感覚がつきまとうというのがこれまでの流れ。それは初代からずっと変わらずで、よさでありわるさでもあった。それが顕著に現れていたのがリアスタビライザーもLSDも持たないSグレード。それをベースとした990Sがオールマイティに走れるとなったら……。

いざ試乗、果たして高速コーナーでの危うい感覚は払拭できるのか?

 まずは旧型モデルとなるSグレードを体感した後に、半信半疑の状態で990Sと出会うことに。他のグレードから見れば、やや引っ張り気味に見えるタイヤ、MADE IN JAPANの文字が誇らしいレイズ製のホイール、そしてその間からチラリと見えるブレンボ製のブレーキには、ブルーの文字でbremboと刻印されているところが990Sらしさ。ダークブルーの幌(5月末までオーダー可能)が与えられたことで、単なるベースモデルではない主張が行なわれているところも嬉しい。インテリアはナビが付かず簡素な仕上がりだが、それがかえって誇らしく感じられる。

徹底した軽量化のためカーナビは装着していない

 幌を開け放って走り出しまず感じることは、とにかくフラットライドに生まれ変わったことだ。路面のアンジュレーションを見事にいなし、目線がブレることなく突き進んで行く。ブッシュのたわみを利用してうまく入力を逃がしながら、けれどもバネが引き締められ姿勢が崩れにくい。組み合わされるダンパーセットは張りがなく穏やかに感じる。それは特にスピードを高めている状況ではなく、あくまでゆっくりとした次元でも体感できる。スピードにしたら40km/h以下とかそういうレベル。そこでの軽快さがかなり出ており、ヒラヒラとした身のこなしが感じられる。スロットル特性を改めたこと、そして何より軽量なことで、アクセルに対してレスポンスよく前に出てくれる感覚はニッコリできる。

まずはSグレードに試乗

 面白いのはやはりワインディングでステアリングを切り始めてからだった。特にコーナー進入時の動きが異なっており、ステアリングにドッシリとしたテンションを感じつつ、安定してアプローチが可能となっていたことが興味深い。DSCのON/OFFでKPCも解除可能なことから安全な領域でその差を比べてみたが、これまた決してコーナーを攻めずしてその動きが理解できる。KPCをOFFにするとやはりかつてのナーバスな動きとなり、それと同時にステアリングの微小操舵域で感じていたドッシリとした感覚が消え去ってしまったのだ。再びKPCをONにすればやはり安定感が高まりアプローチはしやすい。スタビライザーもLSDも持たずしてこの動きを出せるとは! たった数mmだけリアのイン側が沈み込むだけでここまでの効果を発揮するのだ。ブッシュがユラついていたところにテンションがかかるだけで、ここまで操りやすくなるとは思いもしなかった。コーナーに入った瞬間、強化ブッシュに改まるようなものだから、それも当然といえば当然だろう。

S
990S
S
990S

 ブレンボブレーキについてはタッチこそいいものの、特にフロントのバイト感が強く、標準キャリパー装着車に対してブレーキング時のライントレース性が劣るように感じられる。2.0リッターモデルと共通のパッドという設定が災いしているのだろうが、この辺りはリセッティングしたいところ。

 続いて意地悪く幌を閉めて同じような走りをしてみた。そもそも幌を開けた状態だと緩慢というかリアがドッシリとした動きとなり、幌を閉めるとリアが軽くシビアな方向の動きとなるのだが、KPCを作動させておけば安定感は高い。幌の開け閉めでキャラクターが変わりにくくなったこともロードスターにとっては新しさだ。

「S」と「990S」をその場で乗り比べられたので、新技術KPCの恩恵を存分に体感できた

 ちなみに、コーナー脱出方向ではブレーキLSDがわずかに作動するため、トラクション不足も感じない。もちろん、サーキットで使うとなれば役不足なのだろうが、ストリートレベルでは十分。というよりむしろ、オープンデフの素直な動きがあり、スッキリとしたコーナーアプローチにも繋がってくる。LSDを持つ他のグレードに関しては、左右の車輪速差が少なくなることから、KPCの作動も少なくなるとのことだったが、たしかに990Sほどの違いは感じ取りにくいように思えた。

S
990S
S
990S

 こうして990SとKPCに新しさを感じられたいま、ようやくというか初めて現行ND型ロードスターが欲しいと思えてきた。僕はNA型、NB型、NC型、そしてまたNA型という愛車遍歴があるのだが、これまでのND型はどこかNA型の焼き直し感が強く、それならNA型でいいじゃないかと考えていたのが正直なところだ。だが、懐古主義だけでなく新たな世界を模索し手にした990Sは、ちょっと心を奪われた。高価なアクティブダンパーを用いることなくバネ上の姿勢制御をKPCによって行ない、さらには重量を増すことなく289万3000円と安価に収めたところも、さすがは庶民の味方であるロードスターらしさといっていい。これは買い替えか? できたら新旧で並べたいなぁ……。なかなか悩ましい展開になってきた。登場して間もなく7年といういま、こんな思いが芽生えてきたことに、とにかく驚くばかりだった。

990Sの登場で初めて現行ND型ロードスターが欲しいと思えてきた
昨年12月の商品改良で追加された新色「プラチナクォーツメタリック」
同じく追加設定された「RF VS Terracotta Selection」グレードには、滑らかな触感で上質さが際立つナッパレザーの内装に「テラコッタ」という新色を採用し、休日を優雅に楽しむ大人の空間を演出している
橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。2019年に「86/BRZ Race クラブマンEX」でシリーズチャンピオンを獲得するなどドライビング特化型なため、走りの評価はとにかく細かい。最近は先進運転支援システムの仕上がりにも興味を持っている。また、クルマ単体だけでなくタイヤにもうるさい一面を持ち、夏タイヤだけでなく、冬タイヤの乗り比べ経験も豊富。現在の愛車はスバル新型レヴォーグ(2020年11月納車)、メルセデスベンツVクラス、ユーノスロードスター。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:中野英幸