インプレッション
トヨタ「ミライ(プロトタイプ)」
Text by 岡本幸一郎(2014/11/19 01:00)
もっとも“理想的”なモビリティ?
すでに実用化にこぎつけている燃料電池車(FCV)だが、価格やインフラの問題が大きいので、市販されるのはまだ当分先の話だろうと思っていた。ところが、約1年前に試作車に触れる機会(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20131011_619092.html)があったり、東京モーターショーでかなり現実的なコンセプトモデルが披露(http://car.watch.impress.co.jp/docs/event_repo/2013tokyo/20131121_624651.html)されたりと、市販化を匂わせていた同車が「MIRAI(ミライ)」と名付けられ、いよいよ本格的な普及に向けて走り始めた。ハイブリッドカーでも世をリードしてきたトヨタ自動車が、またしてもやってくれたのだ。
さて、自動車の将来を考えたときに、何を燃料とし、何を動力源とするかというのは、現在いくつもの選択肢がある。すべて一長一短であり、やはり実績のある内燃機関の時代はまだ長らく続くであろうことは間違いない。そのうち、内燃機関以外の将来有望なものとして、FCVはかねてから大いに注目されている。
燃料電池というのは、水素と酸素の化学反応によって電力を発生させるというもの。その電力を一時的に蓄え、モーターで駆動するので走行中にCO2や有害物質をまったく排出することがなく、環境にかける負荷が極めて小さい。その点では電気自動車(EV)と同じだが、EVはバッテリー分しか走れないのに対し、FCVは水素を補充することでかなり長い距離を走行することができる。そこが大きなポイントだ。今はまだ数の少ない水素ステーションも今後増えてインフラが整い、さらには「危険」と評されることもある水素を問題なく扱うことができれば、もっとも“理想的”なモビリティといえるわけだ。
そのミライのプロトタイプに、伊豆修禅寺のサイクルスポーツセンター内でドライブすることができた。実車を前にして感じたのは、まず見た目が興味深いことだ。特徴的な内外装のデザインは視覚面でも未来感を表現しており、フロント両サイドの大開口は空気を取り込むことを表現したもので、なかなかインパクトがある。
予想を超える動力性能とハンドリング
環境に優しいクルマというと、いろいろガマンして走らなければならないというイメージがあるが、ミライはあくまで運転して楽しいクルマを目指し、そのためにエンジニアも本気で努力したというから楽しみだ。
さっそくコースイン。走ってみてまず感じるのは、アクセルレスポンスがよいことと、トルクフルな加速性能だ。このあたりはモーター駆動ならではの強み。それでいて飛び出し感が上手く抑えられている。
他メーカーのEVでも走りはじめに飛び出し感を伴うものが少なくないところ、ミライはそこの味付けがとても巧みで、飛び出し感は気にならないが、力強さは味わえるという絶妙な仕上がりだ。さらには最初にドンとトルクが出ておしまいではなく、アクセルワークに呼応して、まるでスポーツカーのエンジンが吹け上がっていくかのような加速の伸び感まで味わえる。開発関係者に聞いたところでは、そのあたりの一連のフィーリングにもかなりこだわって味付けしたのだという。
さすがに音についてはFCVのそれであることは否めない。せっかく加速フィールがよいのに、サウンドにあまり盛り上がり感はない。一方で、現状では電気的ないろいろな音が聞こえて、その中にはあまり心地よくないと感じるものもあるが、今回はプロトタイプであり、市販化に向けて鋭意改善中とのことなのでそこはあまり言及しないでおこう。
とにかく、トヨタのエコカーというと「プリウス」「アクア」に象徴されるように、アクセルレスポンスやリニアリティなど動力性能についてはあまりよい印象がないのに対し、FCVはまったく別物だ。
そしてフットワークがよい。これも予想をはるかに上回るものがあった。ステアリングの操舵力は軽いが、中立付近のフィーリングもよく、切り込むと応答遅れなく俊敏に向きを変える。姿勢変化も小さく、見た目のイメージよりもずっとスポーティな走りを身に着けている。これは低重心であることや、前後重量バランスがよいこと、さらには走行性能の向上のため通常は行わないようなボディー補強を施したことなどが効いているようだ。
随所に感じられる未来感
走ってみてあらためて感じたのがシートのよさだ。最近トヨタが上級モデルに用いはじめた表皮一体発泡工法を用いたシートは、身体を包み込むような立体感のある形状となっており、まったく窮屈な感覚はないのに、それなりに横Gのかかるような状況で走っても適度に身体をホールドしてくれる。クッション感も良好で、長時間のドライブでも疲労感が小さくて済みそうだ。
さらに、インテリアデザインも未来感のある雰囲気に仕上がっているうえ、高価なクルマ故に高級乗用車としての上質感の演出にもこだわったことが見て取れる。ピアノブラックをふんだんに配したインパネは見た目にも印象深く、タッチパネルを多用した操作系も未来的だ。
フロントシート下の盛り上がっているところにFCスタックが、リアシート下とリアアクスル間に微妙にサイズの異なる計2本の内製の水素タンクが搭載されている。
VIPが乗ることにも配慮したという後席にも乗ってみたのだが、ヘッドクリアランスは身長172cmの筆者が座って微妙に髪の毛が触れるくらいで、ニースペースや横方向のスペースには余裕があり、狭いと感じることはない。乗り心地も前述の走りへのこだわりが効いて、このコースを走った限りでは上々だった。
後席中央のコンソールボックスの中はかなり深い。作りを見ると横3人掛けも十分に可能だったように思うところだが、後席乗員が上質感を味わえるように、2人掛けのみと割り切ったようだ。
トランクについても、いろいろその周辺にFCVとして成立させるための臓物を搭載している中で、ギリギリまで攻めて容量を稼いだという印象。これだけの広さがあれば大半のユーザーにとって不満はないはずだ。
文字通り「MIRAI」の乗り物にひと足早く触れることができた今回の試乗。実際の使い勝手は、世に出てみないと分からない部分は多々あるが、ひとまず走りについては予想を遥かに超える“Fun to Drive”があったことをお伝えしておきたい。