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ホンダ、F1最終シーズンに臨む意気込みを開発を率いる浅木泰昭氏が語る

投入した「新骨格パワーユニット」は完全新設計の低重心コンパクトなエンジン

2021年3月16日 実施

株式会社本田技術研究所 HDR Sakura センター長 兼 F1プロジェクトLPL 浅木泰昭氏

 本田技研工業のF1参戦は、2021年シーズンをもって最後となることがすでに明らかにされており、撤退前の最終年を迎えている。そうしたホンダにとって重要なシーズンとなる今シーズンのF1だが、3月12日~3月14日の3日間にわたってバーレーンのバーレーン国際サーキットにおいて、シーズン開発前唯一の公式テストが行なわれた。その最終日にはレッドブル・レーシング・ホンダのマックス・フェルスタッペン選手がトップタイム、そして今シーズンからF1にデビューするアルファタウリ・ホンダの角田裕毅選手が2位と、ホンダ勢が1-2を占める上々のスタートを切っている(別記事「日本人F1ドライバー角田裕毅、3日間のF1テストで2位の好タイム トップはフェルスタッペンでホンダPU勢が1-2」を参照)。

 そうしたホンダのパワーユニットを開発しているのが、ホンダの子会社となる本田技術研究所が栃木県さくら市に構えている研究・開発センター「HRD Sakura」。そのHRD SakuraでのF1パワーユニット開発を主導しているのが、本田技術研究所 HDR Sakura センター長 兼 F1プロジェクトLPL 浅木泰昭氏だ。

 3月16日にはその浅木氏による記者説明会が行なわれ、F1での最後のシーズンに臨む意気込みや、「新骨格」とされる新しいパワーユニットの詳細などに関しての説明があった。

ホンダにとって最後のF1となる今シーズン、昨年同様の2チーム/4台体制で臨むことになる

近代ホンダF1のパワーユニットの変遷。19年型までは公開されているが、20年型や21年型に関してはまだ公開されていない

 ホンダのF1参戦は、2015年にマクラーレンとの関係を復活させることで再スタートを切った。ホンダは過去3回にわたってF1に参戦してきた。一番古くは1964年~1968年で、ホンダがシャシーも制作して参戦するというフルコンストラクター体制で参戦した(後に第1期と呼ばれる)。

第1期F1

 その後復帰したのは1983年で、エンジンをF1チームに供給するという形での参戦になった。1986年にウイリアムズとの組み合わせでコンストラクターズタイトルを獲得したあと、1987年にはウイリアムズと、1988年~1991年にはマクラーレンとドライバーズ、コンストラクターズの両タイトルを5年連続で獲得するなどの大活躍をしたのち、1992年に撤退を発表した(後に第2期と呼ばれる)。

第2期F1

 そのホンダがF1に復帰したのは2000年。BARにエンジンを供給する形で参戦し、2006年にはBARを買収してフルコンストラクターとして参戦。2006年のハンガリーGPで劇的な優勝を遂げた。しかし、2008年に発生したリーマンショックで本業にも影響が出たことで、撤退を発表することになった(後に第3期と呼ばれている)。

第3期F1

 こうした第1期~第3期までのF1を終えたのち、2013年にはマクラーレンと契約をしてF1に復帰することを発表。2015年からF1参戦を開始した。他社が2014年から新規定のパワーユニット(エンジン+ハイブリッドユニット)を投入している中で、1年遅れて新規定のパワーユニットを投入したが苦戦し、2017年にはパートナーのマクラーレンと決別することを決定。2018年からは新しいパートナーとしてレッドブル傘下のトロロッソ(現在のアルファタウリ)と契約して、新たなスタートを切ることになった。その後、2019年からはトロロッソの親チームと言えるレッドブル・レーシングとも契約し、その年のオーストリアGPで復帰後初の優勝を遂げると、最終的に3勝を挙げてコンストラクターズ選手権で3位となった。

2017年まではマクラーレンと、2018年はトロロッソと
2019年からはレッドブルとトロロッソの2チーム体制で

 2020年は当初こそメルセデスとの差に苦しんだものの、レッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペン選手が最終戦でメルセデスと真っ向勝負して勝ったことなどを含む2勝を挙げたほか、イタリアGPではアルファタウリ・ホンダのピエール・ガスリー選手が劇的な初優勝を遂げるなど印象的なレースをいくつも見せてくれた。コンストラクターズ選手権でレッドブル・レーシングは2位、アルファタウリは7位でシーズンを終えている。

 第4期(ホンダはそういう言い方はしないと言っているが、後世からはそう呼ばれることになるだろう)の最後の年となる2021年も、レッドブル・レーシングおよびアルファタウリの2チーム、4台にパワーユニットを供給する。両チームとのエースとなるマックス・フェルスタッペン選手とピエール・ガスリー選手は替わらないが、そのパートナーは変更されている。レッドブル・レーシングに新しく加入したのは、昨年までレーシング・ポイントに所属し、サヒールGP(バーレーンでの2レース目として、アウターレイアウトで行なわれたレース)で初優勝するなどしたベテランで、今最も乗りに乗ってる選手の1人と言える。

レッドブル・レーシング・ホンダ
マックス・フェルスタッペン選手
セルジオ・ペレス選手

 そしてアルファタウリに今シーズンから加わったのが、日本の角田裕毅選手。日本人のF1ドライバーとしては7年ぶりとなる角田裕毅選手は、昨年のF2でランキング3位となり、終盤は他を圧倒して誰もを納得させる形でF1に昇格した。F1のテストでも、チームメイトのガスリー選手と遜色ない走りをしており、レッドブルからの評価も高く、近い将来に親チームへの昇格も期待されている。今シーズンは、チームメイトのガスリー選手に追いつき追い越す走りができるかどうか、それが角田選手の将来を左右すると言えるシーズンになる。バーレーンで行なわれた開幕前の公式テストでは、2位のタイムを出しており、既に他チームからもマークされる存在になっている(別記事「日本人F1ドライバー角田裕毅、3日間のF1テストで2位の好タイム トップはフェルスタッペンでホンダPU勢が1-2」参照)。

アルファタウリ・ホンダ
ピエール・ガスリー選手
角田裕毅選手

ホンダにとってF1は技術者を育てる場、それを示しているのが浅木氏のキャリア

 そうしたホンダのF1活動をリードしているのが本田技術研究所 HDR Sakura センター長 兼 F1プロジェクトLPL 浅木泰昭氏だ。3月16日の午前に行なわれた記者会見では、その浅木氏からホンダが最終年に臨むにあたって、新開発された「新骨格」(新しい構造という意味)のパワーユニットに関する説明などが行なわれた。

 以下、浅木氏の説明を紹介する。

浅木氏のキャリアはF1と市販車を行ったり来たり

 最初に自分の経歴を説明したい。なぜかというと、私の経歴を説明することがなぜ研究所としてF1に参戦しているのかを説明するときに、技術者の育成という言い方をするが、それだけだとなかなかピンと来ないだろうと考えているからだ。そこで私の経歴を見ていただければ、会社がどういうことを考えているかをご理解いただけるのではないかと考えた。

 入社して1年間は工場実習、販売店実習、研修実習として配属される。私は配属されてすぐに、F1の第2期と言われる時期にF1プロジェクトに加入し、設計とテストという大きく2つの部署があるのだが、テストの方に配属され、上司と2人で取り組むという所からスタートして、そこから常勝と言われるようになっていった。最初は何もないところからスタートして勝てるようになった。

 そこから量産に移って、V6エンジンを開発する部署にいった。そこで、レジェンドのエンジンを使って北米向けのミニバンを作るというプロジェクトに加わった。当時会社として本当にお金がなかったようで、ミニバンを作るには新工場が必要だが、とてもできないとなった。メディアでは三菱自動車さんに買収されるんじゃないかというような話がいっぱい出てたような状況だったのだ。そのプロジェクトは1回中止になったのだが、セダンとスポーツカーしか持っていない状況では企業としてまずいだろうと思い、なんとか既存の工場でできるようにして作ったミニバンが初代オデッセイで、そのプロジェクトでエンジンを担当した。それが大ヒットしたおかげで、持ち直したというような状況。

 この時は4気筒のエンジンだが、その後V6のプロジェクトに戻り、北米でホンダ アコード対トヨタ カムリみたいな熾烈な競争の中、V6エンジンを担当していたのだが、トヨタは6速ATだったのに、ホンダはそれが作れなくて5速までしかなかった。そのままでは燃費で負けてしまうという状況に追い込まれて、ホンダのエンジニアとしては許せないということで、気筒停止エンジンを作った。要するに6気筒が3気筒になると、爆発回数が半分になる。ギヤレシオで負けている分をそれで取り返すことが可能なシステムで、高速燃費も含めて戦うことができた。

 その後に、N-BOXを含めたNシリーズに取り組んだ。その当時のホンダの軽は、4位とおかしい順位になっていた。軽を作っていたのはスズキ、ダイハツ、ホンダだったが、スズキのOEMで販売していたニッサンにも負けて4位だった。このままだと、工場もリストラしないといけないし、販売店も閉じないといけないのではないかという状況。このままではいけないということで開発したのがNシリーズだった。

 当時の発表会の資料に私がF1をやっていたというとジャーナリストの人にウケたり、販売店の勉強会でも「昔F1をやっていて、ポルシェ、BMW、フェラーリ、ルノーを全部打ち負かして勝った。だからスズキさんやダイハツさんに勝てないということはない」というと、みんなすごくやる気を出してもらってN-BOXを売っていただいた。

 それで定年間近になったのだが、その時マクラーレンの方からF1ですごいバッシングを受けていた。このままでは1勝もできずに撤退ということになるのではないかと思っていた。その時に自分の技術者人生を振り返り「待てよ、自分自身はなぜこれまでこんなことができていたんだろう」と振り返ってみたのです。その時に頭をよぎったのはやはり入社したときの原体験。F1でポルシェ、BMW、フェラーリ、ルノーと戦って勝ってきたことが技術者としての自信につながった。八方塞がりの中で、それをなんとか打開することができた原動力になってきた。

 自分の後輩で軽自動車を担当していたエンジニアがSakuraに行ったのですが、当初は砂漠に水をまくようなものだから、早いところ量産に戻って来いと言って送り出したのだが、“今の状況では戻れません”なんて返事をメールでもらっていた。もしこのまま1度も勝つことなく負け続けて撤退をしてしまうと、今後そうした若い技術者はどうなるのだろう、と考えたのでHRD Sakuraのセンター長を引き受けることにした。

 2019年にようやくレッドブル・ホンダとして勝つことができ、2020年はアルファタウリ・ホンダとして勝つことができた。最低限のことはできたが、それでもまだ目標達成はできていない。2021年の今年、なんとかチャンピオンをとって、技術者達が世界一になったのだという自信を背景にして、今度はカーボンニュートラルに向けて、八方塞がりの中でもチャレンジし続ける、そういう人材に育ってもらう必要がある。

 技術者も経営者も順調なときにそのまま伸ばしていくというタイプもいるだろうが、レースに関わった技術者というのは八方塞がりを打開していくという、そういう人材を私は期待している。そのため、今後はこの資料にいちばん最後に2021年チャンピオンという行を加えたいと思っている。

 こう言うと、「気合いだ、気合いだ」みたいなスポ根ドラマみたいな感じで書かれることが多いが、私が「勝つしかない」と言っているのはそういうことではなく、“技術者の自信につながらなければ意味が無い”ということだ。このように、私の経歴はホンダという会社がどういう人材をF1で育てたいかということをよく物語っていると思うので、そういう説明をさせていただいた。

2020年同様のHDR SakuraとHRD UKを中心としてオールホンダ体制で臨む

開発体制

 続いて、浅木氏は2021年シーズンの体制について説明を行なった。


 今シーズンのF1を戦う体制について説明していきたい。HRD SakuraとHRD UKというのが前面に出て戦う。トラックオペレーションはイギリスがメインで、開発は栃木県のさくらでやっているが、それだけでF1を勝てるというものではない。

 ホンダにはグローバルに見ると何万人もの技術者がいる。世界中にその中の技術で必要なものを集結する必要があるということです。(上の写真の)左下にあるHonda Jetの開発を行なっていたHGPU(先進パワーユニットエネルギー研究所)にはターボの開発で貢献してもらっているし、燃料開発の部門には新しい燃料の技術を提案してもらってエクソンモービルさんで調合してもらって使っている。これも競争力に大きな影響を与えている。

PU(パワーユニット)の各コンポーネント

 試作製造では、製作所も含めて協力してもらっている。熊本製作所のシリンダーブロックを使わせてもらったり、3Dプリンターによるターボハウジングの試作みたいな先端技術をオールホンダでかき集めて一緒になって戦ってもらっている。

 レギュレーションは基本的に大きくは変わっていないが、赤い字のところが変わっている。ICE(内燃エンジン)の最低重量145kgが150kgになっている。右下に書いてあるが、1回更新が可能で、その後は凍結して2024年まで利用するということになっている。バッテリーに関しても同様のレギュレーションが決まっている。

レギュレーション

 レギュレーションのポイントでは、燃料流量制限があり、1時間あたり100kgと決められているが、瞬時瞬時もそれを越えてはいけないようになっている。そのほかにも、燃料使用量の最大搭載量も決まっている。熱エネルギー回生は、市販車ではあまり見ないような仕組みで、排気ガスのエネルギーで発電するというような装置がついたハイブリッドになっている。

 ERSマネージメントに関してはとても複雑になっている。モーターも2つ、モータージェネレーターも2つあって、そこをどうコントロールしていくかが重要になる。回生は2MJ/周、アシストは4MJ/周と決められており、複雑なマネージメントが求められている。

レギュレーションのポイント

 信頼性も重要になる。年間3基と決まっているし、同じ仕様で3基利用する必要がある。昨年よりもレース数が増えているので、1基あたりで走らないといけない距離が増えている。4基目を投入するとグリッドパネルティがあるというのがレギュレーションのポイントだ。

PU出力の意味

 パワーユニットの出力というのはどういうことかを図にした。昔の馬力競争では、燃料をどれだけ燃やせるかが重視されていた。ホンダが得意だった高回転高出力エンジンというのは高回転にすると大爆発が増える。その回数をいかに増やして、燃料をたくさん燃やすかというようなのがパワー競争の源だった。だが、今は燃料流量が制限されているので、熱効率が高いということが馬力を出せるということになっている。今は熱効率相当上がっている。これの数値をいくつだと言ってしまうと、どんなパワーが出ているか言ってしまっているのと一緒なので言えないが、分かりやすく言うと、日本で普通に販売されているEVを走らせるときのCO2排出量と比較しても遜色ないぐらいまで下げられている熱効率だと思っていただければ問題ない。

システム

 システムについて。MGU-Kは市販車についているのと同じような、ブレーキを弱めた分を発電して、それを加速時に使うというハイブリッドシステム。回生は2MJ、アシストは4MJ利用することができる。それに対してMGU-Hは排気ガスからエネルギーを回生するシステム。このMGU-Hの電力量というのは無制限になっている。このため、そこが勝負の肝になっている。モーターで過給圧は上げておいて、ウエストゲートが開くと排気圧が下がってパワーが出たりする。eブーストと呼んでいるが、そんな使い方を含めて複雑な電気マネージメントで競争力を最大化するような制御を目指すのが使い方となる。

回生の仕組み

 昨年のスケジュールは当初予定していたレースがコロナ禍でできなくなり、後半にびっちり詰め込んだスケジュールになった。これで戦い方にもすごく影響を受けた。

2020年のレースカレンダー

「新骨格」には完全に新しいICEを採用し、低重心でコンパクトに。車体設計にもいい影響が

 浅木氏は2020年の結果について触れつつ、新骨格について説明した。


 お陰さまで昨年も優勝することができた。その中でアルファタウリのガスリー選手がイタリアGPで優勝できたというのが感無量だ。マクラーレンにバッシングされている中、われわれに手を差し伸べて組んでくれたトロロッソ改めアルファタウリが優勝したいうのはすごくよく、心に響いた。

結果

 2020年はスケジュールが変更されたことで、本来の開幕戦にはなかったような新しい規制が増えていった。ほとんどは影響なかった。例えば燃料流量のモニタリング。燃料流量センサーを2つつける規制だが、2つのうち1つはチームには目隠しされる。どことは言わないけど、どこかのチームは燃料流量をごまかしていたのか? そうかという感じ。

シーズン中にも細かな規制が

 ただ、影響が大きいものもあった。どれとは言えないが、われわれが開幕戦のオーストリアで予定していた発電量を確保するための制御ができないという規制がこの中にあり、それにより影響を受けた。

エンジンモードの固定

 ICEの予選モード禁止も実は影響が小さくなかった。予選モード禁止は、予選とレースで同じ制御をしなさいということ。それはワークスカスタマーも同じデータを使いなさいという中身で、その対応でドタバタした。ICEはいろいろな制御モードを持っている。ドライバーがスイッチで切り替えながら戦っていた。そうした中でICEの制御を1つにするというこのルールでは、パーシャルスロットルは調整できるが、全開に関しては切り替えていけないという決まり。

 ホンダにとって影響が大きかったのは、4台の車体とドライバーがいて、それぞれにエンジニアがついているが、全部ワークス的な扱いをしていたため、それぞれのエンジニアが各ドライバーに合わせた選択をしていた。そこはエンジニアに任せていたが、全車が同じパラメーターでないといけないという決まりになったときに、その統制がうまくとれていなくて、イタリアGPでフェルスタッペン選手がリタイアする原因になった。Sakuraのコントロールルームで見ていてフェルスタッペン選手がリアイアした時には本当にがっくりきたが、その後ガスリー選手がトップを走って優勝してくれた。そうい面でも救われたレースだった。

浅木氏

(公開は不可という馬力の変遷のスライドを見せながら)この図が観測データを元にした競合のパワーと、われわれのパワーを比較した図になる。私が入った2017年には1度ホンダの馬力が落ち込んでいるが、この時にはターボをVバンクの中から外に出すなどのレイアウトを大幅変更し、燃焼室も変えているのだが、あろうことか前の年よりもパワーが落ちてしまっている。マクラーレンが怒るのも当然だった。

 その状況から私がSakuraに来てから少しずつ変えていって、2018年のスペック3ぐらいから、燃焼室も新しいコンセプトを見つけて、だんだんと競合他社に近づいていった。

 2019年は今までの他社の伸びからすると戦えるのではないかと思ってシーズンに入ったのだが、メルセデスがわれわれの推定の上を行っていたという現実にさらされた。その中でも3勝してもらって本当にありがたいことだと思った。2020年はコロナ禍もあり、ホンダ本社の方も収益が見通せない状況で、株主に迷惑をかけないように収益を出さなければいけないという状況で、われわれも開発予算を削減して収益を出せるように協力しないといけない状況になった。本業あってのレースだから。そういう中で、古い骨格ではもう限界に来ていることは分かっていたが、新骨格の開発も一度は凍結した。

 しかし、秋ごろになって2021年で撤退することが発表された時に八郷社長にお願いして、“このまま結果を出さずに終われない”と言うと認めてもらえて、開発を再開して今回に間に合わせることができた。

最終年に挑むホンダF1

 では新骨格とは何かと聞かれると思うが、いずれ写真も撮られて分析したら分かると思うので、説明します。まずカムシャフトのレイアウトを大幅にコンパクト化して、地面に近い方に降ろしている。そうするとバルブのはさみ角なども変わります。それにより燃焼室の形状を大きく変えるというのも目的だが、同時に非常にコンパクトになり重心も下がり、カムシャフトの上の空気の流れなども変わる。そういうところの自由度が増しているのだ。それに合わせてシリンダーとシリンダーの距離になるボアピッチも縮めてコンパクトにしている。片バンク3基あるが、それの1つ1つの距離を縮めてコンパクトにしている。エンジンに詳しい人が今の話を聞くと、全く新作じゃんと思われると思いますが、その通りだ(笑)。

 このPUで私が一番やりたかったことは、とにかくパワーを増やしたいと考えているが、車体を作成するレッドブルにとっても非常に有効なコンパクト化だと信じている。

 パワーを上げるといってもクランク軸出力を上げる、排気ガスエネルギーの発電量を上げるという2つをやらないといけないが、エネルギー保存の法則により、クランクを上げると、排気が減るのでそちらのエネルギーが減ってしまう。そのあたりの対策を新骨格で打っており、どちらも上げていくことを目指している。

 今年の勝負がどうなるのかは、他社の伸びがどうなるか次第だ。フェラーリがあのまま終わることはないし、メルセデスはどうせいつものように隠していると思うし、開幕戦の予選が終わるまでは勢力図は分からない。期待と不安の両方だが、できることはすべてやったという気持ちは大きい。関わった技術者が強い気持ちを持ってもらえるようにして、F1活動を終了したいと思っている。

新骨格のパワーユニットは燃焼効率を上げるのと背反して下がる排気の回生をカバーする仕組みを採用

質問に答える浅木氏

 浅木氏のプレゼンテーション終了後には、記者からの質問に浅木氏が答えた。

──最終日に1位、2位で終わったバーレーンテストでの結果はどう評価しているか?

浅木氏:まぁまぁよかったと思っている。毎年の経験で言うと、メルセデスは多分押さえている。その意味で向こうが何をどうしているかは分かっていないので、他社比較で言うとまだ分からないが、われわれとしては予定通りいろいろなテストがこなせて非常に有意義なテストだったと言える。

──先ほどメルセデスが三味線を弾いているのではないかというのがあったが、ホンダは三味線を弾いていなかったのか?

浅木氏:秘密だ(笑)。

──角田選手に関しては非常に自信を持っているように見える。世界チャンピオンを目指していると彼は言っているが、彼が今シーズン、チャンピオンになる可能性はどれくらいあるか?

浅木氏:速いドライバーは普通のわれわれの精神構造と違うものがきっとあるので分からない。が、やはり言ったことをやって来ているところを見ると、これまでの日本人のF1ドライバーではなかなか見たことがないような結果を出してくれそうだし、実力もあると考えている。今シーズンにシリーズチャンピオンになる確率は勝てるチームというのがメルセデス、レッドブル、次はどこかとなる(のでなかなか難しい)。しかし、シーズン中にチーム間でドライバーが移ったりするので、何が起こるか分からないが、いずれはチャンピオンになってくれるのではないかと期待している。

──今シーズンは23戦を3基のPUで戦わないといけないので、ダメージコントロールが重要になると思う。シーズンを3基のエンジンで使ううちにダメージコントロールで何%ぐらい性能が低下するものなのか?

浅木氏:ダメージコントロールといってもいろいろある。レシプロ部分や、ピストンスリーブとか、そういうところが傷んでくると出力低下ということもある。しかし、昨シーズンから熊本製作所のメッキを採用するなどして改善しているのでそんなに心配していない。

 むしろ怖いのは粉々に壊れてしまうような壊れ方だ。ベンチテストなどで確認されている場合には、そこには至らないように、馬力が落ちていくとよりはわざと落としていかなければならない、そんな局面も出てくるかもしれない。ケースバイケースで相手とどの位戦えるか、それによって落として戦うのか、あるいはペナルティ覚悟で新しいものを入れるかもしれない。それは状況によって変わってくると思う。

──来シーズンからレッドブルにパワーユニット技術を移管するということで、今後の開発もホンダがやっていくのか?

浅木氏:それは契約次第だ。今まではホンダのパワーユニットということで、すべてはホンダ側でコントロールしてきた。来年以降はレッドブルのパワーユニットとなるので、彼らが何をやるか、何をやらないかという決定をする。その上でここはホンダ側にお願いしたいなどがあれば、契約ベースでやっていくということになる。具体的に言えば、凍結であってもレギュレーションが変更されたりすれば、それに対応しなければならないといけない。契約前ではあるが、そのあたりの開発を始めているという状況だが、いずれにせよ契約次第だ。

──カムの位置を下げた、バルブのはさみ角を広げたということは、燃焼室が広がって燃えにくくなるのでは?

浅木氏:そのあたりを変える目的の第1はパワーなので、そういうことはない。両立するようなことをやっている、両立しない場合は馬力の方を取るというのが設計思想。

──具体的に馬力を上げる方法としては、燃焼速度を高めたっという理解でいいのか?

浅木氏:やりたいことはいろいろあるが、先ほども言ったようにクランク軸出力を上げると、排気エネルギーが減る。そこをどうやって両立させるかを考慮しながら燃焼室を一番いいであろうと思う形にする。そのためにバルブのはさみ角を変える必要があれば、カムのレイアウトも含めて全部変えるというような順番になっている。

──山本MDは燃焼効率を上げると排気温度が下がっているからMGU-Hに結構手を入れているという話をされていたが、どんな手の入れ方をしたのか?

浅木氏:MGU-Hは今まで通りタービンやコンプレッサーの効率を上げるために手を入れている。それをちょっとずつよくしていく。それではなかなか去年負けていた部分の開発量を取り戻せないので、もっと違うアイデアも入っている。それだけでは、去年負けていた発電力を回復するには至らないので、もっと違うアイデアも入れている。

──2020年のメルセデスのPUとはどの程度の差があったのか?

浅木氏:負けていたのは間違いない。その差がどの程度なのかは相手のデータを見ないことには分からないし、それはFIAにしかできない。われわれは計算式で予測していたが、実際には誤差が大きいので正確には分からない。ただ、負けていたのは間違いないというのがオーストリアの最初のレースでの感想だ。

──それはパワー差が大きいということか?

浅木氏:パワー差もあるし、それ以外の要素も大きかった。最終戦では車体側も相当よくなって、パワー差があるのに勝てた。