試乗インプレッション

BMWの新型「8シリーズ クーペ」は街乗りからワインディングまでこなす“正統派クーペ”

自分のガレージに収めてみたいと本気で思えるクルマ

まさしく正統派なクーペ

「ラグジュアリー・クーペを再定義する」。これが新たに投入されることになったBMWの新型ラグジュアリークーペ「8シリーズ クーペ」の目指すところだ。まったく新しい世界を実現しようと、発売前に「コンセプト8」を仕立て、世界のデザインコンテストに出展。その美しさは高い評価を得たという。一方で速さも手にするために、これまた発売前から「M8 GTE」と名付けられたレーシングモデルを製作。2019年のデイトナ24時間レースでは、GTLMクラスで優勝を手にしている。

 その血統を受け継いだ市販モデルの「M850i xDrive」を目の当たりにすると、確かに優雅なスタイルに心を奪われる。ショートオーバーハングに伸びやかなルーフラインを描くその姿は、まさしく正統派なクーペ。ボデイサイズが4855×1900×1345mm(全長×全幅×全高)、そしてホイールベースが2820mmとかなりの巨体であることから、存在感も相当なものだ。そのせいか、タイヤはやや大人しめに見えるかもしれないが、これでもフロント245/35R20、リア275/30R20。十分すぎるぐらいのサイズが奢られている。

新型8シリーズ クーペは4輪駆動モデルの「M850i xDrive」(1714万円)のワングレード展開。ボディサイズは4855×1900×1345mm(全長×全幅×全高)で、ホイールベースは2820mm。車両重量は1990kg
エクステリアでは低く伸びやかなシルエット、低めに配置されたキドニーグリル、クーペらしいルーフライン、精密なボディサイドのキャラクターラインなどを組み合わせた。なお、撮影車はオプション設定の「Mカーボン・ファイバー・ルーフ」(40万3000円)を装着している

 乗り込んでみると、コクピットもまたゆったりとしたサイズであり、優雅にリラックスして走れそうな空間が広がっている。もちろん、クーペだから頭上高はそれほど高くはないが、低い位置に座らされるから窮屈な感覚はない。3シリーズなどと共通したライブ・コクピットは、12.3インチのマルチ・ファンクション・メーター・パネルと10.25インチのセンターディスプレイをおごることで、新たなBMWらしさを提供。左側のスピードメーターは時計回り、右側のタコメーターは反時計回りとなり、やや違和感はあるが、これも新しさと受け止めるべきなのだろう。ガラスを手磨きしたという透明度が高いクリスタルで作られた「クラフテッド・クリスタル・フィニッシュ」を用いたシフトノブは、ほかではあまり見ない試みだ。

前後方向への意識を強調するように設計されたインテリアでは、透明度が高いクリスタルで作られたクラフテッド・クリスタル・フィニッシュをシフトノブに採用するとともに、ベンチレーション付きのメリノレザーシートや、ハーマン・カードン製オーディオ、アンビエントライトなどを標準装備

許されるなら自分のガレージに収めてみたい

 スタートボタンをプッシュすると、やや乱暴な4.4リッターのV8ツインパワーターボエンジンが豪快なサウンドとともに目覚める。瞬間的にボディが揺さぶられるその感覚はやや荒々しいところもあるが、これから訪れるであろう爽快なドライブを予感させてくれる。従来からBMWが持っていたV8エンジンを進化させることで最高出力390kW(530PS)、最大トルク750Nmまで引き上げたこのエンジンは、0-100km/h加速3.7秒を実現するという。多少の荒々しさもそれを知ればうなずけるところだ。

M850i xDriveでは新開発のV型8気筒DOHC 4.4リッターエンジンを搭載し、最高出力は390kW(530PS)/5500rpm、最大トルクは750Nm/1800-4600rpmを発生。0-100km/h加速は3.7秒。WLTCモード燃費は8.3km/L

 撮影場所から走り出し、ぐるっとUターンしてみると早くも驚くべきポイントがあった。それは4輪操舵が行なわれ、巨体が小さくターンしてくれたことだ。最小回転半径はわずか5.2m。これなら都内の住宅街でもこなせるかもしれない。美しさばかりのクーペかと思いきや、扱いやすさが備わるところは素晴らしい。そしてコンフォートモードを使用しての低速における乗り心地もまた感心できるものがあった。

 このクルマには可変ダンパーと電子制御アクティブ・スタビライザーが備わっている。減衰力を緩め、さらにスタビライザーの強さを弱められるというシステム(アクティブMサスペンション・プロフェッショナル)により、足まわりはしなやかに路面に追従し、優雅な走りを展開してくれるのだ。走れるBMWと聞けば乗り心地は硬質な感覚だろうと想像していたが、むしろ逆の世界がそこには存在する。

 けれども、スポーツモードを選択すればやはりその世界観が豹変する。絞り込まれていた排気系は解放され、豪快なサウンドとともに強烈な加速を示し、さらに高回転へ向けてエンジンの伸び感を楽しませてくれる仕上がりを展開している。一方で、足まわりは一気に引き締められて2t近い巨体をシッカリと支えていくのだ。コンパクトスポーツに乗っているかのように感じるほどの軽快さを実現し、何のクセもなくBMWがうたう“駆け抜ける歓び”を展開してくれるのだ。4駆のいやらしさもなく、4輪操舵の違和感も出さず、強烈なトラクションを生み出すMスポーツ・ディファレンシャルも適度に作動。自然な感覚でコーナーに飛び込めるその仕立ては、BMWらしさが光っている。

 さらにはあの電子制御アクティブ・スタビライザーが、必要とあらば動きと逆方向に捩じる力を発することができるということもあってか、ロールも適度に抑えてくれるから扱いやすい。街乗りからワインディングまで、まさにオールマイティに対応してくれる仕上がりがそこにはある。

 唯一ネガを挙げるならば、リアシートの居住性くらいか? 身長175cmの筆者がリアに乗り込むと、前かがみにならなければ乗車することはできなかった。美しさを生み出すあのルーフラインがあるならそれも仕方なしだろう。小柄な女性か、小学生くらいまでなら快適に過ごすことができるだろう。

 いずれにしてもそれ以外に死角ナシ。見て美しく、走らせて爽快で取りまわしもしやすいと、まさに才色兼備な1台。ラグジュアリー・クーペの再定義というのもうなずけるものがあった。今回の車両はオプション込みで1800万円オーバーとお値段も素晴らしいが、許されるなら自分のガレージに収めてみたいと本気で思えるクルマであった。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車はトヨタ86 RacingとNAロードスター、メルセデス・ベンツ Vクラス。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学