試乗レポート

青いほうのトヨタ、新型燃料電池車「ミライ」で市街地を走る

イワタニ水素ステーションにも立ち寄り

前後重量配分50:50を実現したハンドリングカー新型「ミライ」

FCEV(燃料電池車)として抜群のハンドリングを持つトヨタの新型「ミライ」。市販版の市街地試乗をお届けする

 前回、新型「MIRAI(ミライ)」に試乗したのは発表前、限りなく市販車に近いという新型ミライを富士スピードウェイのショートコースにおいてのことだった。整備された路面を持つショートコースでのミライはびっくりするほどよいハンドリングで、一気にFCEV(燃料電池車)のイメージが覆った。

 富士スピードウェイのショートコースは小さいR(旋回半径)で構成されたコーナーが続くが、それだけにステアリングの応答性や姿勢変化がコーナリングに大きな影響を及ぼす。ミライのFR・Lクラスセダンというパッケージはステアリングの切り返しでも追従性が高く、ライントレース性に優れていることに驚いた。重量物を低い位置に置き、前後重量配分50:50を実現して加減速時に発生するピッチングをよく抑え込んであり、さらにロールも小さい。コーナーをヒラリヒラリと駆け抜ける感じではないが、安定した姿勢で路面をしっかりグリップしてスーと走り抜ける。タイトコーナーでハンドルを切り増しする場面でも腰砕けにならず、ぐんと踏ん張ってくれるのも意外だった。

 そんなドライバーズカーのイメージを持って市販車となった新型ミライを都内で試乗した。乗り心地や1885mmのワイドボディの取り回しをチェックした。最初はミライのもう1つの魅力である長い航続距離と各地の水素ステ―ションもチェックしてみたかったが、時間や時期の制約もあり次の機会に譲ることにした。

 試乗グレードはベーシックグレードのGのAパッケージ。タイヤサイズは235/55 R19。装着タイヤはダンロップ SP SPORT MAXX 050だ。

イワタニ水素ステーション有明に立ち寄り水素も充填

素早い反応からの初期加速が魅力

 駆動モーターを主動力とするxEV(電動化車両)とICE(内燃機関)の一番の違いは発進時だ。電動モーターはトルクの立ち上がりが早く、ICEのような“待ち”がない(そこが面白い所でもあるが)。アクセルを踏むと唸り声も上げずにスーと加速していく。水素と酸素を反応させて電気を作って走るFCEVもタイムラグなく加速する。

 重量はバッテリをたくさん積むBEVに比べると2tを切る1920kgに抑えられ、素早い反応は初期加速はxEVならではだ。ただし加速は速いが爆発的な加速力ではなく、インテリジェンスあふれるFCEVらしくスマートにそして素早く加速していく。立ち上がり加速は速いが、最初の盛り上がりが超えると中間加速は穏やかになる。それでも十分に速いが、欧州のハイパワーBEVのようなシートバックに背中を押しつけられるような加速ではないのがミライとの違いだ。その代わり長距離走行が可能で、WLTCモードで850kmの航続距離とされている。

2代目となる新型ミライは、スタイリッシュなLクラスセダンとして生まれ変わった。アクセル操作に対する反応も素早い
新型ミライのボディラインの美しさが分かる。19インチタイヤはハンドリングを意識したものとなっている
ボンネット内に収まるのは水素を電気に変換するFCスタック。初代よりも高密度化が進む、より優れた発電機となった

 ミライの水素タンク容量は3本合計で141L(前方64L+中央52L+後方25L)。合計約5.6kgの水素を充填できる。冷房を使う夏場と暖房を使う冬の航続距離は当然異なり、冬場は電気エネルギーを使う暖房のために航続距離が短い傾向にある。今回の試乗は都内と首都高速が主だったが、メーター内に表示できる燃費計(水素1kgあたりの走行距離)を見ると85~90km/kgぐらいだった。仮に90kmだとすると航続距離は約504kmになる。後刻、新型ミライの開発責任者の田中CEからうかがったところ夏場のエアコンなら同じような走行条件なら100km/kgを超える程度になるのではないかと言うことだった。実用燃費としてはわるくない数字だ。

今回の試乗は、用事をこなしながら首都高速と都内の一般道をメインに

 正式なミライのWLTCモードの燃費はGグレードで152km/kgなので、回生を使いながら上手に走ると燃費はもっと伸びると思うが、冬場における混雑した都内の数値と思っていただければ幸いだ。ミライはシートヒーター、ステアリングヒーターを標準装備しており、上級グレードでは後席シートヒーターも備わるので、こちらを優先できる環境なら燃費に優しくなる。

 水素の充填スタンドだが大きな都市部には水素スタンドが順次展開している。東京はかなりあるのだが、営業時間などがまちまちでまだ使いにくいのも現状。FCEVが普及すると次第に改善すると思うが、水素充填スタンドの拡大などは商用車のFCEVの拡大にもかかっている。また、充填はガソリン同様にすぐにできるが、現在は専門のスタッフが必要で有人スタンドとなっている。

イワタニ水素ステーション有明で新型ミライに水素を充填する。単価は水素1kgあたり1100円(税別)だった
充填リッドを開くと、水素充填用の結合部が現われる
イワタニ水素ステーション有明で充填していると、FCEVバスが水素充填のために入ってきた。このFCEVバスは旧型ミライのFCユニットを2組使って作られており、いずれこの新型ミライのユニットを使った商用車も登場してくるのだろう

とにかく静かな新型ミライ

とにかく静かな新型ミライ。後席に座ってのマスク越し会話も、自然に行なえた

 話をミライの走りに戻そう。日常の使い勝手では街中でのストップ&ゴーが滑らかでスッと発進し、ブレーキも反応が早いだけでなくコントロールしやすいのがストレスのない大きな要因だろう。そして何よりも静かだ。EVは静かで振動がほぼゼロなのがICEとの決定的な違いだが、ミライは突出して静かだ。前後席の会話明瞭度が高く、停車中から加速、そして首都高速のクルージング中でも変わらない声の大きさで話ができるのに改めて感心した。

 動力源以外の音で最も大きいのはタイヤのロードノイズ。装着タイヤは音への対策が取られてパターンノイズはかなりカットされているが、ミライは飛び切り静かなので目立ってしまう。これ以上は車体側のさらなる対応が必要だと思うが、現在のレベルでもミライが突出して静粛性の高いクルマであることは違いない。

 後席の電源はUSBポートはもちろん1500WのAC100V電源もあるので仕事にも遊びでも有効だ。ちなみに1500WのAC電源はトランク内にも備えられて外部機器の電源としても使える。

 乗り心地は路面の凹凸に対する上下動はよく吸収されており、前後席ともフラットな乗り心地で快適だ。快適性の面では前席はウィンドウが寝ているので最初は少し圧迫感を感じるかと思ったが、広い視界はそれ以上だった。

新型ミライのトランクルーム
1500WのAC100V電源が備わっているので、キャンプやいざというときにも便利な発電機として使える。この端子は後席にもあり、強大な電力を発電するFCEVらしさを感じるものとなっていた

 後席は足下も広く、ルーフ後端が絞り込まれたボディデザインだがヘッドクリアランスも確保されている。また、前席ヘッドレスト形状が細くなっているので視界が開けており、天井も巧みなデザインで解放感を演出している。ただセンターアームレストはチョット大きすぎる気がした。

 一方、日常のドライバビリティでは中速以上の直進時にリアの動きが僅かに左右にゆすられる傾向が感じられたのは気にしすぎか。ドッシリとした接地力が欲しいが、ミライという素晴らしい素材をもっと磨いてほしいという期待感でもある。

 ハンドリングのよさは富士スピードウェイのショートコースで確認済みだが、混合交通の中で細かい操作を要求される首都高速などでは、ステアリングレスポンスが高くスッとノーズを変えるが、もう少しハンドルの戻りが自然だと操舵感の変化が少なくなるように感じた。

 ステアリングセンターは締まっているが、手応えがありながらもっと緩いセンターフィールを持つドライブモードがあると多様なドライバーの要求に対応できるだろう。

 そこそこ交通量のある高速道路をクルージングすると低重心と前後重量配分50:50、そして2920mmのロングホイールベースでピッチングの姿勢変化が小さいことに好感が持てる。また、1885mmの全幅と4975mmの全長を持つボディはサイズに相応しい安定感があるが、欧州車などと比べるとテイストが異なって機敏に動く。日本生まれのミライがこれからどのように成長していくのか楽しみだ。

 特筆したいのが全車速ACCの追従性の高さ。新しいトヨタ・セーフティ・センスでレーンの中心を維持しながら前走車に上手に追従していく。特に渋滞でのストップ&ゴーは見事で、電気ならではのレスポンスとトルクの高さで絶妙に追従していく。スムーズな発進、減速で後席でも不快な前後Gはまったく感じなかった。静粛性、振動の少なさ、ACCの優秀性など乗員に対する疲労軽減は大きなものがある。予防安全機能、トヨタ・セーフティ・センスは進化し続けているが、ミライでは現時点でのトヨタの先端技術が全て盛り込まれている。

 ミライは近い未来の一翼を担う重要なクルマだ。次の機会には是非ロングドライブでFCEVの可能性を探ってみたい。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学