試乗レポート

アウディの4ドアクーペ「e-tron GT」で長距離試乗 ハイパフォーマーBEVという新しいドアが開かれた

アウディが2026年以降に発表する新型車は全てBEVに

 先日、英国で開かれているCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)において2040年までに新車販売を全てEV(電気自動車)にするという宣言に、英国をはじめとする24か国、米カリフォルニア州含む39の地域、そしてGMなど大手自動車メーカー6社が署名した。面白いことに日本、米国、中国、ドイツは署名を見送っている。

 ここでいうEVとは、ハイブリッドを含むエンジンを搭載するクルマは除外され、完全なBEV(Battery Electric Vehicle)のことなのだ。BEVについては航続距離、充電時間、インフラ、集合住宅での充電設備などのハードルはまだまだ高い。さらに今年はラニーニャ現象が予想される中で、大雪による立ち往生での充電補給などさらなるイノベーションが要求されるだろう。とはいえ、多くの国や企業が脱炭素化に傾倒する背景には、本来のカーボンニュートラルとは別に株価を含めたインベスター対策の意味合いもあるのだ。

 では今回の試乗車メーカーであるアウディはどうなのかというと、ガソリン車の新型車は2025年を最後とし、2026年以降に発表する新型車は全てBEVに、2033年までガソリン車を製造するが(2025年までに発表された新型車)、それ以降は全てBEVにするという。合わせて2025年までに4つのBEV専用プラットフォームを開発し、販売台数の3分の1を電動化モデルにする。ここでいう電動化モデルとはハイブリッドを含む30車種で、うち20車種がBEVになるという。ずいぶんと思い切った方針にも思えるのだが、それはわれわれが日本という特殊な環境にいるからかもしれない。逆にアウディの方針が日本人からは見えにくい欧州の現実なのかもしれないのだ。

 今回の本題はアウディの新しいハイパフォーマーBEVの「RS e-tron GT」と「e-tron GT」だ。実はポルシェ「タイカン」とベースを同じくする。搭載されるリチウムイオン電池は大容量の93.4kWhで、723V(約800V)という高電圧で前後のモーターを駆動する。高電圧にすることのメリットは電流量を下げられるので発熱を下げられるのと、ハーネスを細くすることができるので軽量化に繋がるのだ。そこで気になる航続距離はWLTCモードで534kmと発表されている。BEVの場合、気象条件によってエアコンの使用頻度も異なり、全てのエネルギーをバッテリに頼っているので航続距離はあくまで参考程度。しかしながらe-tronシリーズの場合は回生電力を重視しているので、公表している航続距離にかなり近い値が期待できる。

 ところで今回の試乗コースは、高速道路を使って都内から日本平(静岡県)への往復。往路はRS e-tron GTに試乗し、復路はエントリーモデルともいえるe-tron GTで帰京するというもの。

 そのデザインは“ザ・高級車”ともいえるアウディらしい流麗なもの。ベースをタイカンと同じくするのでシルエット的には見慣れている節もあるのだが、タイカンが前後の処理をシンプルにして「911」へのオマージュを演出しているのに対して、e-tron GTはアウディらしいシングルフレームグリルをこの薄いフロントマスクにキャリーしてきている。それぞれのモデル戦略を現すはっきりとした差だろう。

今回の試乗車は今秋に日本導入された4ドアクーペの新型BEV「e-tron GT」。写真はベースモデルの「e-tron GT quattro」で、ボディサイズは4990×1965×1415mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2900mm。車両重量は2280kg。価格は1399万円(RS e-tron GTは1799万円)。総容量93.4kWhのバッテリをフロア下に配置し、一充電走行距離は534km(WLTCモード)
エクステリアでは、六角形のシングルフレームグリルやクワトロ・ブリスターフェンダーなど、アウディらしいさまざまなディテールを採用。エアロダイナミクスを極限まで追求したスムーズなボディラインにより、Cd値(空気抵抗係数)は0.24を実現。タイヤ/ホイールについてはe-tron GT quattroが19インチ、RS e-tron GTが20インチが標準となるが、撮影車はオプションの5スポーク20インチホイール(タイヤサイズはフロント245/45R20、リア285/40R20)をセット
運転席はスポーティな低いポジションに設定され、幅広いセンターコンソールで仕切られたモノポストデザインによりドライバーを包み込むような仕上がりとした。2900mmのロングホイールベースにより、リアシートでは大人2人がくつろげるスペースが確保される。なお、ペットボトルや漁網などのリサイクル素材を使用した「レザーフリーパッケージ」も用意する
ラゲッジスペースも405Lの容量を確保(RSモデルは350L)

 特にRS e-tron GTの場合、その特徴的なキャラクターラインがホイールを目立たせる。2本を1組にまとめた5本スポークの21インチ・アルミホイール(オプション)には樹脂製で扇状のエアロブレードが装着されている。この手のブレードは他のe-tronモデルにも採用されているが、ホイールハウスからタイヤ&ホイールで巻き起こる乱流の処理には効果的。電費をも節約する。ただし、アルミホイール自体のデザインで型どってしまうとジャイロ効果もあってバネ下が重くなる。なんとなく鉄チンホイールのカバーを連想するが、実用性は高い。ここまでお洒落にデザインすればこうもカッコよくなることに感心する。

 エアロ処理はレーシングからのフィードバックを伺わせるフロントフェンダーの導入ダクト→排出ダクト、床下アンダーカバーにはディンプル加工。そしてリアスポイラーは速度やドライブモードに合わせて2段に角度を自動変更する(マニュアル変更も可)。

リアスポイラーはドライブモードや速度に応じて2段に角度を変更可能

スロットルONの瞬間からムチ打ち症になりそうな加速G

RS e-tron GTは最高出力475kW、最大トルク830Nmを発生し、0-100km/h加速は3.3秒

 ではさっそく発車しよう。これまでのe-tronモデルはSUVっぽい比較的背の高いモデルだったが、e-tron GTの全高は1415mm(RSは1395mm)と低い。しかも大人5人が乗車できる4ドアモデル。リアシートの乗り心地は後述するとして、しっかりとリアスペースが確保されている。

 RS e-tron GTのシステム出力は475kW(e-tron GTは390kW)。モーター出力はフロントが175kW、リアが335kWとなっていて、e-tron GTに関してはフロント出力は同じ175kWで、リアが320kWと若干低出力だ。クワトロシステムの前後トルク配分は100:0~0:100となっている。

 シートに腰かけるとアウディらしいラグジュアリーな空間。同時に本革を使用しないレザーフリーパッケージも用意される。各操作系は他のアウディモデルと大きく変わらず、ちょうど近日まで「A5 スポーツバック」の広報車をお借りしていた筆者は戸惑うことなくすぐになじんだ。

 BEVの魅力はそのアクセルレスポンス。RS e-tron GTも市街地でのコントロール性はバツグンで、人気の多い辻道でのアリさん走行からここぞと一発ライバルを出し抜く短距離でのダッシュ応答など、ハイパフォーマンスBEVとしての扱いやすさは素晴らしい。そして高速道路での瞬間的で力強い加速感はハイパワーモーターでしか味わえない。スロットルONの瞬間からムチ打ち症になりそうな加速Gが身体中に広がるのだ。0-100km/h加速は3.3秒だ。

 加速時にはデジタルサウンドが車内と車外の2個のスピーカーから再生され、臨場感はなかなかのもの。タイカンと同じくリアモーターには2速のギヤがセットされていて、ダイレクトモード(ドライブモード選択)での信号からのスタートではリアにギヤシフトのショックを感じる。ローンチコントロールでは強烈な発進力の源だ。

 RS e-tron GTには後輪も操舵するオールホイールステアリング(RSのみのオプション)が装着されていた。高速やワインディングでの路面に張り付くようなスタビリティは素晴らしい。さらにRSにはアダプティブエアサスペンションが標準採用されていて、チョイスしたドライブモードなりの乗り心地がとてもよい。

 ちなみにRSのリアシートも経験したのだが、若干立ち気味の背もたれながら乗り心地はこの手のスポーツカーとは思えないくらいにコンフォート。うたた寝しました。床下のバッテリパックを段重ねにして後席の足下を深く下げているから、下半身のゆとり感があり長距離も苦にならなかったのだ。

床下については後席の足下を深く下げているため、下半身のゆとり感が感じられた

 帰路はe-tron GTに試乗。RSに比べてパワーが落ちることやエアサスペンションではなくなりダンパーが減衰力可変となり後輪操舵もない。先にRSの加速を身体が覚えてしまっていたから若干のもの足りなさは否めなかったが、かといって格落ちしているわけではないことは誰の目にも明らか。

e-tron GTは最高出力390kW、最大トルク640Nmを発生し、0-100km/h加速は4.1秒

 実際、0-100km/h加速も4.1秒と速い。RSとの価格差は400万円であり、こちらでも十分にパフォーマンスを味わえるし、同じ出力特性を持つタイカンのエントリーモデルである「4S」よりも60万円以上リーズナブル。アウディのアドバンスト・クルーズ・アシストはレーンキープ(車線内中央維持)のアシストをACCとは個別でONにでき、往路での大渋滞時にも運転疲労を低減してくれ、とても楽しい長距離試乗ができた。

 さて、冒頭にも記した充電の問題だが、家庭用電源は交流なので8kW(200V)で100kmの走行距離を得るのに約3時間の充電が必要。アウディやポルシェディーラーで今後展開予定の直流150kWの急速充電なら、約10分の充電で100kmの走行距離が得られる。

 日本でのBEVの今後についてはトヨタ自動車も参入するなど、ここのところ大きな動きが始まったばかり。今回e-tron GTに試乗して強く感じたのは、将来に社会的批判の的にさらされやすいラグジュアリースーパースポーツの方向性として、ハイパフォーマーBEVという新しいドアは抵抗感がなくスルッと開けられるのではないだろうか? ということだった。

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーデットドライバー。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。現在66歳だが自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。高齢になっても運転を続けるための「安全運転寿命を延ばすレッスン」(小学館)の著書がある。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。BOSCH認定CDRアナリスト。僧侶

http://www.matsuda-hideshi.com/

Photo:堤晋一