試乗レポート

BMWが次世代を見据えて開発したプレミアムEV「iX」、その実力やいかに

iXとiX3/i4で異なるコンセプト

 誰もがきっとその第一印象を、大型化したキドニーグリルに奪われることだろう。しかし筆者はそんなデザイン論を後まわしにしたいほど、「iX」の先進性に心を奪われた。このBMW、乗ってもイジっても相当にスマートである。

 BMWいわくiXは「次世代を見据えたクルマ」だという。その開発は文字通り「iNEXT」というコンセプトでスタートしており、ここに彼らは次世代で搭載したいパワートレーン、操作系、そしてデザインを盛り込んだ。つまりiXがピュアEVとなったのは電気自動車を作りたかったからではなく、「次世代のパワートレーンで一番最適なものは何か?」を考えた結果であった。

 対して“現在”(いま)を見据えたモデルとしては「iX3」や「i4」が挙げられる。これらは結果的にiXと同じパワートレーンを搭載しているが、セダンタイプおよびSUVタイプの電気自動車を作るベースとして、「X3」と「4シリーズグランクーペ」が選ばれた。つまりiXとiX3/i4では、そのコンセプトがまったく違う。それがBMWの言い分である。

 スタートボタンをプッシュすると、独特の起動音が鳴り響いたあとにiXは起動する。それはちょっとガンダムが動くときの音に似ていて、なんだか世代的には懐かしい感じがした。ちなみにそのサウンドエフェクトは映画音楽の作曲家であるハンス・ジマー氏との共同開発で作り出されており、今後はi4などの電動化シリーズに搭載されていく。今後こうしたサウンドエフェクトは、プレミアムEVでは常とう手段となるのだろう。

iXでは音による効果で「駆けぬける歓び」を表現したという「アイコニック・サウンド・エレクトリック」を採用。オーディオスピーカーから、特別に作曲された音が発せられるというもので、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」を担当するなどドイツ出身の映画音楽作曲家の1人であるハンス・ジマー氏がサウンドの作曲を担当

 iXはベーシックな「40」(1回の満充電で航続距離は450km)と「50」(同650km)の2グレード構成になっているが、今回試乗したのは後者。駆動方式は4WDで、前輪を駆動するモーターは「40」と同じ190kW/365Nmを発生するが、後輪用モーターは200kW/340Nmから230kW/400Nmへと、その出力が高められている仕様だった。バッテリはリチウムイオンで、その容量は303Ah(40は232Ah)。交流電力量消費率は190Wh/km(40は183kW/km)である。

新型iXは前輪と後輪を駆動する電気モーターをそれぞれ備える4輪駆動モデルで、満充電で450km走行可能な「iX xDrive40」(981万円)、650km走行可能な「iX xDrive50」(1116万円)の2モデルをラインアップする。ボディサイズは4955×1965×1695mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは3000mm。タイヤはブリヂストンのプレミアムSUV用タイヤ「ALENZA(アレンザ)」で、サイズは275/40R22
エクステリアではキドニーグリルを大型化し、キャラクターを強調しつつラインアップの中で最もスリムなヘッドライトデザインを採用することで次世代のイメージを強調。テールランプも薄くシャープなものにしつつ、エアロダイナミクスを追求したリアディフューザーやリアトレッドをワイドにすることで存在感を表現した

 その加速の乗せ方には、大いに感心させられた。合計705Nmもの最大トルクを瞬時に引き出せるはずの前後モーターはしかし極めて紳士的な振る舞いで、アクセルの踏み始めからそのボディを転がすだけの確実なトルクを提供しながら、交通の流れにピタリと歩調を合わせてくる。そこからアクセル開度を深めていくと段階的にトルクが上乗せされて、心地よい加速へとこれをつなげていくのである。

 黎明期にはEVすなわちモータートルクの立ち上がりレスポンスというイメージもあったが、時代は確実に次のフェーズに入っていると感じた。そしてこの追従性こそはBMWが内燃機関で実現しようとしてきた“シルキー”さの極みだと言える。

 ただ、スポーツモードに転じても、パワートレーンに限って言えばまだそれはBMWのエモーショナルさを表現しきれてはいないとも言えた。確かに速さは得られるのだが、あのストレート・シックスを高回転まで回したときの高揚感はデジタライズされていない。だからもし欲張りなカーガイならば、やはり今のうちにMシリーズ“も”ガレージに収めておくことをお勧めする。

 また、導入されたばかりの試乗車にはパドルシフトがなく、4段階の回生ブレーキはモニターの階層をいくつか下って選択しなければならなかったのが不便だった。最初は最も回生率が高いモードで走ったがアクセルOFFでのピッチングが強すぎ、次は「普通」に。アダプティブ(状況に応じて車両側が調整)も選んだが、今回の試乗ではその効果が精査しきれず、最終的には一番低い状態にして時折Bレンジで回生ブレーキを得ながら走った。

インテリアでは、BMWのモデルとして初となるメーターパネルとコントロールディスプレイを一体化させ、デザインを際立たせるとともに形状を湾曲したカーブドディスプレイとすることで、操作性や視認性を向上。多くのボダン類を廃止し、送風口をスリム化することで運転席まわりをすっきりとさせつつ、BMW特有のiDriveコントローラーを他モデル同様に装備。また、六角形のステアリングホイールをBMWモデルとして初採用している。調光技術を採用し、ボタン操作1つで透明/不透明が切り替えられる「スカイ・ラウンジ・パノラマ・ガラス・サンルーフ」も特徴的
iXでは12.3インチのインフォメーション・ディスプレイと14.9インチのコントロール・ディスプレイを1つにまとめた「BMWカーブド・ディスプレイ」を採用。走行モードは「パーソナル」「スポーツ」「エフィシエント」から選択でき、シートマッサージ機能の調節なども可能

 そんなiXの走りで際立つのは、意外にもその身のこなしの軽さだ。いや、絶対重量は2805kgと超重量級だから、身のこなしのスマートさと言い直した方が適切かもしれない。これを実現する要素の1つは、シャシー剛性の高さだろう。アルミスペースフレーム構造とカーボンケージの組み合わせででき上がるこのボディは、ドアを開くとピラー部分にむき出しのカーボン骨格が現れて乗り手を驚かせる。網目模様でないところを見ると、どうやら「i3」や「i8」で使われた量産カーボンコンポジットのようだ。

ピラー部分にむき出しのカーボン骨格が見て取れる

 フロントにダブルウィッシュボーンをおごった足まわりは、操舵感が明瞭。エアサスはラグジュアリーになり過ぎることなく乗り心地を確保し、アダプティブダンパーが路面からの雑味を減衰しながらタイヤをしっとりグリップさせる。荷重が掛かった際に感じられるボディ剛性の高さ、そしてこれを切り返したときの素早くも上質な応答性は、まさにBMWのハンドリングである。

 今回は都内近郊での緊急試乗ということもあり、「インテグレイテッド・アクティブ・ステアリング」(高速領域では同位相に最大2度、低速域では逆位相に最大3.2度後輪を操舵)の効果は街中の切り返し程度でしかこれを堪能することはかなわなかった。「SPORT+」モードではトラクションコントロールもOFFにできるらしく、場所さえ選べばその4WDがどのようにトルク制御を行なうのかは実に興味深いが、ともあれ現状でもiXは、かなりバランスのよいラグジュアリースポーツSAV(スポーツ・アクティビティ・ビークル)に仕上がっていると感じた。EVはエンジンという個性を葬り去った代わりに、シャシーキャラクターをより一層際立たせる。その点でiXは、確かにBMWらしさに溢れている。

インフォテインメントもハイライト

 こうした走りと合わせて、インフォテインメントもiXの見せ場であった。スラントを効かせたインパネは室内空間をすっきりと広く見せ、ここにBMWとしては初となる、メーター・パネル(12.3インチ)とインフォメーション・ディスプレイ(14.9インチ)を一体化した横長の薄型湾曲モニターを、スタイリッシュなブリッジで固定。その操作は直接タッチパネルで行なうことも、ウォールナットウッドとクリスタル仕上げのダイヤルでセンスよく仕上げたiDriveコントローラーで行なうこともできる(ファースト・クラス・パッケージ)。

 ナビゲーションはマップ全体をモニターで映し出し、方向指示は大きく映し出されるヘッドアップディスプレイが担当。曲がり角や施設に近接するとカメラ映像とディレクションをリンクしたAR表示が現れ、初めての道でも迷わず進んでいけるなど、システムとしてはかなり先進的で便利になった。ただ、ナビそのものの精度がやや不安定に思える部分もあり、そのよさを把握するにはもう少し時間が必要だと感じた。

 また、「OK BMW」もしくは任意の合い言葉で起動するインテリジェント・パーソナル・アシスタントも、まだまだAIとの会話は意思の疎通が難しいところも多いのだが、一発で決まったときの爽快感は高い(笑)。残念なのは電話中の会話を勝手に拾って起動し、なおかつナビ画面を中断してしまうことで、これが予想以上にストレスだった。そう考えるとAIへのアクセスを会話仕立てにするのは、別に完全自動運転になってからでいいと感じた。必要なときは面倒くさがらず、マイクボタンを押せばよい。

 そしてエンタメのハイライトはオーディオシステムである。試乗車には30スピーカー/1615Wの「BOWERS & WILKINS」が組み込まれており、これが驚くほどのド迫力。内蔵されるデモンストレーションモードを流すとヘッドレストやピラーまわり、至るところから音が流れ、4Dスピーカーによってシートがバイブレーションするのである。

iX xDrive50では18スピーカー/655Wの「harman/kardon サラウンド・サウンド・システム」を標準装備(iX xDrive40はオプション)するが、試乗車はオプション設定となる30スピーカー/1615Wの「BOWERS & WILKINS ダイヤモンド・サラウンド・サウンド・システム」を搭載

 残念ながら現在はストリーミング映像を流せる手段がなく、また国内仕様だとスマートフォンとのBluetooth連携やミラーリングもできないため、端末経由で映画館のように楽しむことはできない。もっとも、これだけのバズーカサウンドを大音量で流せば安全運転にも支障をきたすし、どこかに止まって音楽をかけても苦情がくるだろう。それでもスーパーカーが日常で全く必要ない馬力を持っているように、このサウンドシステムはとても魅力的に思えた。それこそiXでドライブインシアターに行ったら最高だろう。

 オーディオのクオリティアップなど別段珍しくもないはずだが、これがEVに搭載されると極めて高い親和性を見せるのはデジタル同士だからだろうか。静粛性の高い室内環境、レスポンスの速い操作系。全てがサクサクと進むこの感じにこうしたデジタルエンターテインメントはベストマッチであり、筆者はiXがEVというよりは“スマート・ビークル”だと思えた。

 人は「家庭」と「仕事場」以外に「第3の場所」を求める生き物だというが、iXはまさに動くリビングであり、こうした価値観が次世代のプレミアムトレンドとなるだろう。いよいよクルマは、走ることだけが仕事ではなくなってきたのである。

今回の試乗では90.8km走行し、平均電費は5.3km/kWhだった
山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してSUPER GTなどのレースレポートや、ドライビングスクールでの講師活動も行なう。

Photo:高橋 学