インプレッション
ホンダ「シビック ハッチバック」「シビック セダン」(プロトタイプ サーキット試乗)
2017年5月30日 14:35
「シビック」は本田技研工業にとって小型車の土台を作った記念すべきクルマである。1972年にデビューして以来、45年に渡って全世界でホンダの代名詞として愛され、「アコード」とともにホンダ躍進の原動力となった。
しかし、小型車のシビックも時代の要請に従って大きくなり、Cセグメントに移行したことから8代目をもっていったん日本市場から姿を消してしまった。シビックに限らずだが、グローバル戦略に則ってホンダ車は世界中でさまざまな変化を遂げており、その中で日本におけるシビックの重要性は減る一方だったのだ。
気が付くと日本におけるホンダのイメージは「フィット」や軽自動車の「Nシリーズ」を中心とした量産メーカーであり、個々のクルマにホンダらしさはあるものの、4輪市場に打って出たころの活気あるメーカーとしての存在感が希薄となってしまった。世界有数のメーカーとなったホンダの宿命かもしれないが、メーカー自身、それに甘んじているわけでもなかった。
日本以外のマーケットに投入され、北米ではCOTYを、また欧州やアジアでも高評価を得ている10代目の新型シビックが、この夏に日本で復活するのだ。“Cセグメントに新しい価値を与える”として登場したシビックは、私たちが知っているシビックからは大きく様変わりしており、まさにCセグメントど真ん中のモデルに生まれ変わっていた。ボディ形状はセダンと5ドアスポーツハッチバックがあり、エンジンも1.5リッターターボを中心に、最後に触れるタイプRでは2.0リッターターボを搭載している。
ホンダはこのシビックからプラットフォームを一新し、サスペンション、そしてパワートレーンも大きな革新を注ぎ込んだ。エンジンはステップワゴンでも採用された1.5リッターのダウンサイジングターボ。こう記載するとただ乗せ換えただけのように聞こえるが、極論するとボア×ストロークを共通としただけのシビック専用エンジンで、エンジニアの燃焼に対する執念のような気合いが入ったものに仕上がっている。
同じくトランスミッションはCVTを使うが、こちらもシビックらしさを損なわないスマートでレスポンシブルな改良が施されている。
プラットフォームは当然ながらハッチバック、セダンとも共通だが、一新されたプラットフォームの効果は、ほぼ同じエンジンを搭載した旧型シビックでのニュルブルクリンクのラップタイムを一気に7秒強も短縮するほどだった。セダンはクーペスタイルが特徴的なデザインで、ワイド&ロー。最近の背の高いCセグメントを見慣れた目には新鮮で伸びやかだ。
ヒップポイントは20mm下げられているが、これは単純にシート位置を下げたということではなく、プラットフォームの刷新で可能になったもの。同時にエンジンなどの搭載位置も下げなければボンネットが低くできず、視界がわるくなってしまう。シビックの直前視界は開けており、シートが下がっている感覚は「プリウス」より少ない。ドライビングポジションもすんなりと取りやすく、合わせて重心位置を下げた効果は大変大きい。
インテリアは横方向に広がり感のあるデザインで、全幅1800mm(セダンの旧モデルより45mm広がっている)のサイズを活かしきっている。デザインに豪華な感触はないもののホンダ流でソツなくまとまっている。
自然でストレスのないハンドリング
最初にセダン(プロトタイプ)に乗ったが、ステアリングを握って驚いた。操舵力が滑らかで自然。肩に力を入れずにすっきりと旋回姿勢になる。デュアルピニオンで可変レシオの電動パワーステアリングはよくチューニングされており、コーナーもステアリングの操作量に応じてグイグイと曲がっていく感じだが、無理がなく安心感が高い。ホイールベース2700mmは旧型よりも30mm長いものだが、これがもたらす安定性、乗り心地に対する影響は大きい。装着するブリヂストン TURANZA ER33の215/50 R17はコンフォート系のしっかりしたタイヤで、コーナリングフォースも自然に発生して旋回していく感触だ。
サスペンションはフロントはストラット、リアはマルチリンクで前後のグリップバランスも優れており、コーナーでのロール変化も少ない。適正なジオメトリーは当然だが、前後のコンプライアンスブッシュに、方向性がありフリクションの少ない液封を使用。フロントのスタビライザーにも低フリクションブッシュを使い、無理なねじりが発生しないようにするきめキメ細かなチューニングが功を奏しているようだ。
今回はサーキット試乗だったが、郊外路をイメージした速度域からサーキットドライブまで気持ちよくドライブできた。ストレスのないハンドリングだ。
エンジンはトルク重視の1.5リッターターボ。127kW(173PS)/5500rpmの最高出力と220Nm/1700-5500rpmの最大トルクは使いやすく、2.0リッタークラス以上のパフォーマンスを発揮する。トルクバンドが広いのでどこからアクセルを踏んでもグイと加速するのは頼もしい。ガソリンはレギュラーを使える。また、エンジンノイズもよく抑えられて、エンジン自体のメカニカルノイズが小さく、それに加えてターボらしい抑えられた音で上質感がある。
CVTはトルクコンバーターを大容量化し、もともと小さいターボラグをさらに滑らかにして自然吸気エンジンエンジンのような段付き感のなさを出している。CVTはエンジン回転が上がって、それに伴って速度が上がるという性質が効率の高いCVTのメリットにもつながっているが、いわゆるラバーバンドフィールという間延び感になりスポーティな車両には嫌われる要因にもなっている。
シビックもCVTを使っている以上、その傾向はあるものの、サーキットを走っても大きな違和感がないほど改良されていた。もともと高回転を得意とするホンダエンジンとしては回転を抑えているが、トルクバンドを広く取っているので力強さが感じられたのだ。CVTはさすがにアクセルオフ時のレスポンスは物足りないが、郊外路イメージのドライブはもちろん、サーキットらしいスポーツ走行でも結構楽しめた。
遮音性に関してはよく抑えられて優れているが、静かなだけにロードノイズと加速時のCVTノイズが少し耳に付く。ちなみに後席はクーペスタイルらしく少し暗いが、ヘッドクリアランス、レッグルームともに十分な広さがあり、トランクも容量がありそうだ。
セダンよりさらに運転が楽しいハッチバック
さて、ダイナミックなデザインを持つハッチバック(プロトタイプ)はトレンドのスポーツハッチで、流れるようなルーフ形状が特徴だ。ワゴンではないのでラゲッジルームに嵩張るものを収納するのは制約があるが、それにしても大きな荷室だ。
このハッチバックはスポーツグレードとして位置付けられており、タイヤはグッドイヤー EAGLE F1の235/40 R18を履く。エキゾーストパイプもセンター2本出しでグンと押し出し感が強い。
そのエクステリアに合わせるようにエンジンパフォーマンスもアップしている。1.5リッターターボは変わらないが、ECUに変更を加えて134kW(182PS)/6000rpmと9PSほどアップさせている。こちらはノッキング対策でハイオク仕様となる。最大トルクは変わらず220Nm/1700-5500rpmとなるが、開発陣の走りへの思いが込められた6速MTは134kW(182PS)/5500rpm、240Nm/1900-5000rpmとなり、マニュアルトランスミッションとの相性を最適化している。確かにシビックに乗るとマニュアル車にも乗ってみたくなる。残念ながら今回の試乗はCVT車のみだったが、ぜひドライブしてみたいものだ。
ハッチバックはリアゲートの開口部が大きいのでボディ剛性が落ちるのが一般的だが、新しいプラットフォームはそれを最小限に抑え、さらにリアにクロスメンバーを入れることで、セダンと変わらないか、部分的にはそれ以上の剛性になっている。先代シビックと比べてボディは軽くなり、ねじり剛性はセダンで25%、ハッチバックでは52%も向上しているというが、ステアリングを握るとその違いがよく分かる。
ハンドリングでは、ハッチバックはタイヤサイズの違いもあってグリップ感が高く、旋回力とレスポンス、追従性がかなり上がって、セダンの安心感、安定感とは性格を変えてさらに運転が楽しいクルマになっている。サスペンションでのセダンとの違いは、リアのスタビライザー径アップ、ブッシュ特性の変更、ダンパー減衰力のチューニングなど、上質な走りに拘った変更が加えられているところにエンジニアのこだわりを感じた。
シビック開発陣の中では“オトコマエシビック”というキーワードで思いを合わせていたというが、なるほど納得だ。少なくとも試乗会場の袖ケ浦フォレストレースウェイでは滑らかな乗り心地を持ち、CセグNo.1を目指した走りに共感を覚えた。
最後に、今回の試乗会では展示のみだったパフォーマンスモデルのタイプR。1.5リッターでこれほどのパフォーマンスを示すのだから、2.0リッターターボならさぞやと思うのは当然だ。ニュルブルクリンク7分43秒80の実力を早くサーキットで試してみたい。いろいろな思いが交錯するなか、新型はシビックであってシビックではない、そんな強い印象でレースウェイを後にした。