インプレッション
日産「セレナ」(公道試乗/日下部保雄)
2016年10月19日 07:00
「やっちゃえ!日産」のTV-CMで運転支援技術「ProPILOT(プロパイロット)」に注目が集まる日産自動車の「セレナ」。「単一車線での自動運転」という言葉のインパクトは大きいが、そもそもセレナは日産における国内販売の中核車種でもあり、ベース車の開発に対する意気込みも大きい。
1991年の初代モデル発売以来、ファミリーのための「BIG」「EASY」「FUN」をミニバンコンセプトの中心に置き、多くのセレナファンを作ってきた。単一ブランドとして常にトップランカーであり続けているのは、そんなコンセプトがユーザーから支持されていることにほかならない。
近年、ミニバンの価値はますます上がったと言われており、例えば両親の近くに住んでいるファミリーが、買い物や食事といったシーンで連れだって移動するといった使い方などが増えているそうだ。大きな意味での家族のためのミニバンというのが新しいセレナのコンセプトだ。
では、「BIG」の要素から見てみよう。レッグルームの広さではセカンド、サードシートでも足が組めるほどのスペースを持ち、また、どの席からも広い視界を得られている。全長は4690mm(ハイウェイスターは4770mm)と競合車とほぼ同じだが、各シートともスライド機構(グレード別装備)を持ち、場面によって大きな居住スペースを生み出せる。しかも、3列目シートのスライドを最後端にしても、ラゲッジスペースにはアンダーボックスを持つ2段式になっているので、手まわり品の収納には困らない。
サードシートの格納は左右跳ね上げ式となるため、シートクッションの厚さは限られているものの、長距離ドライブでも十分耐えられる。ただ、ヒップポイントはもう少し後ろのほうが自然だ。そのサードシートはいろいろと変化する。折りたたみ方法やシートの可動部分はベルトやレバーで選ぶことになるが、それぞれ位置や操作方法を明確にするためカラーを変えたほうが親切だと感じた。一方でサードシートを跳ね上げ格納したときでもサイドウィンドウを覆ってしまわず、斜め後方の視界も確保されている。
セカンドシートはロングスライドが可能で、前方に移動させていくとフロントシートの背面にくっつくような位置にすることもできて、セカンドシートにチャイルドシートを装着している場合でも運転席や助手席から子供のケアができる。また、「スマートマルチセンターシート」をフロントのセンターコンソール位置まで前進させ、セカンドシートを横スライドして中央に寄せると、セカンドシートがさらに後方まで移動可能になって広大なスペースが生まれ、この空間をいろいろと利用できる。
このアレンジを可能にしているのは、セカンドシート内蔵のシートベルトを採用したことが大きい。セカンドシートをどのような位置にも置いても、パッセンジャーはシートベルトを安心して使うことができる。ただ、アンカーの取り付け位置が少し座面内側にあるので装着しにくいのが残念だ。いずれにしても、シートアレンジの自由度が高まるメリットは大きい。
「EASY」の使いやすさでは、バックドアの上半分(樹脂製)だけを軽く開けられる「デュアルバックドア」が予想以上に便利だった。クルマの背後と壁が近く、バックドアの開閉スペースが限られているような場合でも、上半分のハーフバックドアなら開けられる可能性が大きい。ハーフバックドアの開閉スイッチが日産エンブレムのなかに隠れているのもスマートだ。
スライドドアにも工夫が施されている。ダッシュボードのスイッチをONにしておけば、インテリジェントキーを持ってスライドドアの下に足を出し入れすると、その動作に反応してスライドドアが自動でオープンする「ハンズフリーオートスライドドア」は世界初の装備だ。子供を抱っこしているときなどに重宝するのは間違いない。
また、シートベルト内蔵セカンドシートなのでチャイルドシートを固定したままでもサードシートの乗り降りが可能で、横スライドさせてセンターウォークスルーできるようにしておけばサードシートまでさらに簡単にアクセスできる。さらにサードシート横にもオートスライドドアの開閉スイッチがあるので利便性は高い。スライドドアのウィンドウにはロールサンシェードが標準装備で、強い日差しで困った経験のあるファミリーにとってはありがたい装備だ。
セレナは競合車と比べて全高が高く1865mm(4WD車は1875mm)ある。どの窓も大きくて車内は明るく、スライドドアも開口部が広いので乗降性はベストだ。スライドドア上側のレールを薄くして開口部を拡大する工夫も光る。開口部を大きくしてもボディ剛性が高められるように車体構造が見直されている。
シート自体についても触れておこう。5ナンバーサイズで多人数乗車という性格上、シートはコンパクトになっているが、ホールド感やクッションストロークなどは良好。ただ、防汚対策の表面処理がやや滑りやすい加工で、もう少し身体が落ち着くような形状が望まれる。
ドライバーにとって運転が楽しく、走りも上質になった
さて、残る「FUN」についても話を進めよう。従来のセレナは動きがスローで、これはこれで落ち着いた感じで好ましかったが、新型ではボディ剛性の向上や足まわりの見直しで車体の安定性が高くなっていたので、クイックなステアリングギヤレシオが可能になり、よりキビキビ感が出た(といってもミニバンレベルでの話だが)。ハンドリング云々というよりも少ない舵角で曲がってくれるので、日常での取りまわしが格段によくなった印象だ。ロックトゥロックは2回転4分の3で、ステアリングセンター付近からの応答性がシットリしており、ドライバーにとっても運転が楽しい。ステアリングの操舵力も上手にチューニングされ、適度に軽く誰にでも使いやすい。最小回転半径は5.5mと変わりはない。
新しいセレナではドライバーはアップライトな高めの位置に座るドライビングポジションになるので、ステアリングはやや寝た感じになるもののドラポジに違和感はなく、高いところから眺める視界は明るく気持ちがいい。それだけではなく、Aピラーの断面が細く設計されており、斜め前方視界も開放感がある。交差点など斜め方向の視界が確保されることは想像以上にありがたいものだ。
直前視界で相対的に気になるのが、ちょっとだけ出っ張っているメータークラスター。これがあるからといって視界が遮られることはないのだが、もう少しだけ下がっていれば完璧だと感じる。また、大きなフロントウィンドウには大きなサンバイザーが必要となるが、これも下げたときに下半分がメッシュ状になっており、信号などの視認性が確保されるという細かい工夫も見せる。
乗り心地とノイズも大きな改善ポイントだ。フロントシートは従来型のセレナでも快適だったが、ノイズが改善されてドライバーの疲労度は小さくなっている。セカンドシートはピッチングに対して揺れが少なくて快適。ノイズレベルもかなり低減されて耳障りな音はよくカットされている。突き上げの少ない滑らかな乗り心地と合わせて心地よい空間だ。
サードシートはさすがにロードノイズが多少入ってくるが、クラストップレベル。リアタイヤの軸上に位置する宿命はあるが、従来モデルからは格段に静粛性が向上している。乗り心地は段差を乗り越えてもガツンとした突き上げがかなり抑えられ、オッという驚きがあった。基本的なプラットフォームを継承しつつ改良している新型はかなり頑張ったと言っていいだろう。
エンジンは型式こそ一緒だが、80%のパーツを変更している。ブロックからピストン、シリンダーライナー、EGRの容量アップ、吸気系の変更など多岐にわたり、圧縮比も11.2から12.5へと大幅に高めれられた。目的は実用燃費の向上だ。最高出力は108kW(147PS)/5600rpm(2WD車)から110kW(150PS)/6000rpmに上げられた一方で、最大トルクは210Nm(21.4kgm)/4400rpm(2WD車)から200Nm(20.4kgm)/4400rpmへと下がっている。JC08モードはXグレードで16.0km/Lから17.2km/Lに向上している。実際にこの数字を出すのは大変だが、実用燃費の違いは大きいと言う。減速時のアクセルオフで車速が20㎞/h以下になるとトランスミッションのロックアップを解除するので、わずかに空走感が残って減速感が一定しないきらいがあるが、実用上は問題ない。
動力性能はターボのようなパンチ力があるわけでないものの、過不足ない印象だ。特に感じたのはCVTの改良。アクセル開度が大きいときに速度がついてこない、いわゆるラバーバンドフィールをあまり感じなくなった点だ。アクセル開度に対して速度が自然に追従してくるようなチューニングになった。これは加速ノイズの減少にも大きく貢献して、走りも上質になったのが新セレナだ。
最後にスマート・ミラーにも触れておこう。プロパイロットなどの先進安全系の装備とセットのオプション品で、バックドアに装着したカメラの映像をルームミラーに映すというアイテムだ。車両後方のカメラで撮影した映像なので大きく見えて非常にクリアだ。例えばラゲッジスペースに荷物を満載していたりサードシートに人が乗っていても、視界が妨げられることなく後方視界が確保される価値あるオプションだ。