試乗インプレッション

日産の電動駆動4輪制御技術「e-4ORCE」はどこがすごいのか、体感した

 2019年10月24日、日産自動車が新しい電動駆動テストカーを発表した。この車両には日産が培ってきた「電動化技術」「4WD制御技術」「シャシー制御技術」を統合制御した電動駆動による新しい4輪制御技術が搭載されていた。

 そして2020年1月開催の「CES 2020」で、日産は統合制御したこの4輪制御技術を「e-4ORCE(e-フォース)」とネーミングしたと公表。4輪制御技術改めe-4ORCEは、2019年の東京モーターショーにも出展した「ニッサン アリア コンセプト」に搭載されていた。Car Watchでは以前、e-4ORCEを搭載したテストカーに同乗試乗した時の様子をレポート(詳細はこちら)していたが、今回は実際にステアリングを握ることができたのでその様子を紹介したい。

「第46回 東京モーターショー 2019」で公開されたEV(電気自動車)のクロスオーバーコンセプトカー「ニッサン アリア コンセプト」。同モデルにもe-4ORCEが採用されている

 試乗場所は前回と同じ日産のテストコース「GRANDRIVE」内特設コース。ここでは①加減速テスト、②ワインディング路テスト、③定常円旋回テストの3つを試すことができた。e-4ORCE搭載車は、市販されているEV(電気自動車)「リーフ e+」をベースに、前輪を駆動するために使っている高出力電動モーター(EM57型)を後輪側にも搭載して4輪駆動化。搭載する62kWhバッテリーの電力入出力特性などは基本的にリーフ e+と同じで、前後のモーターから発せられる総合出力(システム出力)は約227kW(308PS)/680Nm。前後のサスペンションは形式を変更(マルチリンク化か)するとともにワイドトレッド化し、ステアリング機構は操作に対する応答性を向上させるためデュアルピニオンタイプへと進化させた。鍛造1ピース軽量ホイールのレイズ「TE37」に組み合わされるタイヤはコンチネンタル「UltraContact UC6」で、タイヤサイズはフロント215/55R17、リア235/50R17だ。

ベース車両は現行型「リーフ e+」。ツインモーター仕様の4輪駆動仕様で、システム出力は227kW(約308PS)/680Nmを発生

「e-4ORCE」はどこがすごいのか

 早速e-4ORCE搭載車での試乗となるのだが、その前に基準車であるリーフ e+との違いを体感するため、①~③のカリキュラムが組まれたコースを1周する。まずは①の加減速。日産がこだわりを持って開発してきた1万分の1秒単位での制御は確かに緻密で滑らかだ。アクセルペダルの全開操作で俊敏な加速を披露するのは当たり前として、日常領域で多用する開度にして50%以下での微妙なペダル操作に対してもスッと反応し、素直にそれがそのまま加速度の向上につながっている。もっとも筆者の好みはECOモード。微妙なペダル操作に対する加速度変化が穏やかになり、気負わず運転できるからだ。

 ②のワインディング路は駆動方式による走行フィールを体感することが目的なので、60~70km/h前後を保ったまま走り切る。低重心かつ最適化された前後ロールセンターにより、リーフ e+は終始安定。意図的に乱暴なステアリング操作を行なっても、タイヤの摩擦円を超えない限りはドライバーの意図した挙動を示し続ける。

 ③の定常円旋回テストでは、30km/hあたりでコースの定常円部分に進入し、そこから円に沿ってステアリングを保持しながら、アクセルを徐々に全開にして駆動力の伝達変化や挙動変化を確認する。定常円部分は水をまいて摩擦係数(μ)を0.4程度(乾燥路面は0.8程度)に低下させているので限界値も低くなり、当然ながらアクセルを踏み込んでいくと早い段階から車体は円の外へ外へと流されていく(アンダーステア状態)。それを元に戻すにはアクセルペダルを緩めるほか手段はない。

 さて、e-4ORCE搭載車だ。改めて①の加速シーンでは、文字通りの素早い加速度の立ち上がりと、安定した躍度の両方を体感。さすがに前後ツインモーターなので力強く、基準車と比べれば発進時からドンと後ろから蹴飛ばされるような鋭い加速を行なうものの、躍度が落ち着くタイミングは基準車とほぼ同じだから荒々しさは感じない。

 速度を落として40km/hから、今度はアクセルペダルを全閉(OFF)にする。その瞬間から基準車と同じく「e-Pedal」による回生ブレーキで減速が始まるのだが、前後のモーターが減速度を生み出すので車体は前のめりというよりも、下方向へ沈み込むような挙動を示すのだ。日産ではこれを「フラット制御」と呼んでいるが、減速度は強いのに頭が前に持って行かれる動きが少なく、代わりにシート座面に大腿部が押しつけられる。これはドライバーにとってみれば滑りやすい路面などでの安心感向上につながり、同乗者にしても体が前のめりにならないので快適だ。

 ②では基準車との違いがはっきり出た。大きな挙動変化が現れたのはS字カーブの切り返しで、今回で言えば右→左→右と連続してステアリングを切り返しながらアクセルペダルの同調を行なっていく場面だ。FF方式の基準車は、たとえステアリング操作の切り遅れがないにせよ左右への切り返し時には車体のヨー方向(Z軸の回転運動)に一定のズレが生じ、端的に言えば、それが曲がりにくさとなってドライバーには認識される。

 同条件でe-4ORCE搭載車を走らせると、その遅れが大幅に減り、さらに右カーブから切り返した先の左カーブもぐいぐいと曲がっていく印象。具体的な制御はこうだ。ステアリングを右から左へと切り返す動きを入力したとたん、というより正確には右旋回のヨーが安定したころには次の挙動変化に対する予測が始まる。この瞬間、「直進するのか、さらにどちらかにステアリングを切るのか……」と、e-4ORCEのシステムが優秀な黒衣のようにドライバーの意図を読み取っている。

 そして、続く左カーブへ。すでにこの時点では各種パラメーター変化による4輪統合制御が介入していて、カーブ外側の駆動力は強められ、カーブ内側には駆動力を弱める制御、つまりカーブの内巻き挙動が発生。まさしくこの時点におけるe-4ORCEは、車速や前後左右の加減速度、アクセルの踏み込み量や踏み込み速度、さらにはステアリングの切り込み量や切り込み速度などに応じて、曲がる力と駆動する力の両方が最大になるような運転環境を作り出しているのだ。

室内に備えるモニターの表示。左右にかかるGが表示されるとともに、各タイヤにトラクションがかかっているかどうかが確認できた

 さらにこの時、前後独立させたブレーキ制御をカーブ内側に連続可変介入させ、LSD効果で旋回力を強めつつ、前後ツインモーターなので前後の駆動力配分も同時に連続可変させながら、結果的に4輪の駆動力と旋回力の緻密な制御を行なっている。いずれにしろ、e-4ORCEの考え方としては同じく前後ツインモーターの三菱自動車「アウトランダーPHEV」の4輪駆動力制御システム「S-AWC」に近い。

 なお、一例の挙動変化や運転操作の違いに関しては本稿内の動画に詳しいが、本動画の②ワインディング路テストや、③定常円旋回テストでは一般的なカーブでの走行セオリーは意図的に外し、状況によって急激な荷重変動を発生させテストを行なっている。これは、基準車とe-4ORCE搭載車の挙動変化を分かりやすく体感できるように日産の開発者側から求められたテスト走行方法だ。カリキュラム中は終始一定のアクセル開度を保ちつつ、同じタイミングでイッキにステアリングを切るようなテスト走行に終始したことで、基準車ではタイヤのスキール音が大きかったり、盛大なアンダーステア状態に見舞われていたりするが、e-4ORCEではまるで違う挙動となっている。ちなみに動画内ではそうした運転方法を「下手っぴ走行」と称した。ぜひとも動画をご覧いただきたい。

日産「e-4ORCE」走行動画(リアから。7分10秒)
日産「e-4ORCE」(サイドから。7分9秒)

 試しに、e-4ORCE搭載車の制御を変更して、左右の駆動力配分を行なわず、さらに前後駆動力配分を50:50に固定した状態で右→左のS字カーブを曲がってみたのだが、ステアリング操作に対する挙動は明らかに遅れ、その先のステアリング切り込み量も増えた。つまり、はっきりと曲がりにくくなった。

 ③の定常円旋回テストでもe-4ORCE搭載車は抜群の性能をみせる。前述した「電動化技術」「4WD制御技術」「シャシー制御技術」の3分野を統合した制御技術の相乗効果によって、外へと流されてしまいそうになる前に内側へ引き戻す力をシステムが生み出して定常円旋回走行を可能な限りサポートしてくれる。

 さらにそれだけでなく、安定した定常円旋回状態からさらにアクセルをじんわり踏み込むと、システムは摩擦円をギリギリまで使い切るように制御を微調整しながら、最終的に限界点を超えそうになると今度は4輪の駆動力制御を変更し、これまでの切った分だけ無理なく旋回していたニュートラルステア状態から、後輪が少しだけ外へと流れる弱いオーバーステア状態へと移行させ、タイヤの摩擦円が限界点に近づいていることをドライバーに教えてくれるのだ。よってドライバーは、そうしたe-4ORCEからのメッセージを受け取ってゆっくりアクセルペダルを緩めていけば、何事もなかったかのように安定した定常円旋回走行に戻っていける。このようにe-4ORCEの効果は絶大で、車両(とタイヤ)の持つ限界性能を引き出すためには大きな存在だ。

 日産ではそうした高い走行性能を分かりやすく表現するため、「EVの持つ力を拡大するe-4ORCE」と高らかに謳う。しかし、当然ながら公道ではそうした限界付近の性能よりも日常領域での安全性能を高めたいとするニーズが大きい。雨天や雪道など滑りやすい路面ともなればなおさらだ。その点、e-4ORCEがもたらす4輪制御技術は悪条件下で限界点が下がった状況でも力強い味方となってくれる。電動モーターの強みを活かした駆動/回生の瞬間的な切り替えは、荷重変動を抑えた運転操作に適しているし、この先に実装されるSAE レベル3以上の自動運転技術との協調制御への期待もふくらむ。

 2019年10月の発表時に筆者が行なった「4輪制御技術(e-4ORCE)の完成度は富士山でいえば何合目ですか?」との質問に、日産の技術者は「8合目、いや9合目かな?」と満面の笑みをこぼしながら答えてくれた。冒頭のニッサン アリア コンセプトは、この先に販売される日産車のプロトタイプであることは間違いないと個人的には予想している。EVならではのユニークな付加価値を持った楽しい走りと、緻密な4輪制御技術からくる安全な走り。これを両立させた世界を1日も早く、公道で体験したいものだ。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。