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豊田章男自工会会長退任、自動車産業550万人のためにコロナ禍と戦い、モビリティへの道を切り開く お疲れ様でした、ありがとうございます

2023年12月で自工会会長を退任する豊田章男会長

自工会会長にいすゞ片山正則副会長が就任

 自工会(日本自動車工業会)は11月22日、現在の自工会会長である豊田章男氏が退任し、2024年1月から片山正則副会長が自工会会長に就任する人事を発表。4年ぶりに面着での記者会見を開催した。

 これまで自工会会長は、日産自動車、トヨタ自動車、本田技研工業の首脳が就任しており、いすゞ自動車 代表取締役 取締役会長 CEO 片山正則氏は、初の3社以外からの会長就任になる。

2024年1月から自工会会長に就任する片山正則副会長

 豊田章男会長の退任のあいさつ、片山正則新会長の就任のあいさつ、日髙祥博副会長、三部敏宏副会長、鈴木俊宏副会長、内田誠副会長、佐藤恒治副会長、永塚誠一副会長の新体制への意気込みは、関連記事でも紹介しているが、退任する豊田章男会長の思いが質疑応答に現われているところがあった。本記事では、豊田章男会長の自工会での取り組みを簡潔に振り返るとともに、豊田会長の思いを紹介する。

6重苦と戦った1度目の自工会会長

 豊田章男会長が1度目の自工会会長に就任したのは2012年5月~2014年5月。志賀俊之会長からのバトンタッチだった。

歴代自工会会長 会社名役職は就任時

1967-1972 川又克二氏(日産自動車株式会社社長)
1972-1980 豊田英二氏(トヨタ自動車工業株式会社社長)
1980-1986 石原俊氏(日産自動車株式会社社長)
1986-1990 豊田章一郎氏(トヨタ自動車株式会社社長)
1990-1994 久米豊氏(日産自動車株式会社社長)
1994-1995 豊田達郎氏(トヨタ自動車株式会社社長)
1995-1996 岩崎正視氏(トヨタ自動車株式会社副会長)
1996-2000 辻義文氏(日産自動車株式会社社長)
2000-2002 奥田碩氏(トヨタ自動車株式会社会長)
2002-2004 宗国旨英氏(本田技研工業株式会社会長)
2004-2006 小枝至氏(日産自動車株式会社共同会長)
2006-2008 張富士夫氏(トヨタ自動車株式会社副会長)
2008-2010 青木哲氏(本田技研工業株式会社会長)
2010-2012 志賀俊之氏(日産自動車株式会社最高執行責任者)
2012-2014 豊田章男氏(トヨタ自動車株式会社社長)
2014-2016 池史彦氏(本田技研工業株式会社会長)
2016-2018 西川廣人氏(日産自動車株式会社CCO 兼 副会長)
2018-2023 豊田章男氏(トヨタ自動車株式会社社長)
2024- 片山正則氏(いすゞ自動車株式会社 代表取締役 取締役会長 CEO)

 当時の自動車業界を取り巻く状況は、2009年のリーマンショックで多くの自動車産業がピンチとなっていたところに、1ドル80円台の超円高が来ていた時代。自工会としても「為替の安定化/円高の是正」「自由貿易協定」「法人税引き下げ」「CO2排出削減」「労務環境」「電力需給」の「6重苦」を掲げて、自動車業界の苦境に取り組んでいた。とくに、2011年3月以降は東日本大震災からの復興を行なっている最中に円高が追い打ちをかけており、日本から「ものづくり」というものがなくなるのではないかという状況だった。

 自工会の会見においても、その点の質問が多く、困難な状況で自工会会長に就任した豊田章男会長は常に厳しい表情で会見に臨んでいた。ちなみに、このときの豊田章男会長はフレームレスで銀色のつるのメガネをしていることが多く、個人的に「豊田会長、銀の時代」と名付けている。

 東京モーターショーは、リーマンショックもあり2009年に大きく入場者数が落ち込むのだが、そこからの回復にも奮闘。税制改善への申し入れを行ない、東京モーターショー来場者数の回復にさまざまな手を打っていた。自工会の会長の任期は基本2年、東京モーターショーのない年に就任し、東京モーターショーを開催して退任するという流れだった。

 2013年の東京モーターショーは、その取り組みもあって前回比7%増の90万2800人の来場者を記録。ちょうど10年前のモーターショーで、個人的にスバル「レヴォーグ」がクルクル回って世界初公開されたというのが印象的なショーだった。

 2013年12月の会見で豊田会長は、東京モーターショー2013について「混雑していたので不便をおかけしましたが、そんな中でも笑顔を見ることができたことが本当によかったなぁと思いました」と発言。2013年を総括すると「感謝」の年であると総括するとともに、7年後のオリンピック開催について「未来のモビリティ社会をいかに世界に示すことができるかよいチャンス」と語っていた。笑顔、感謝、モビリティと、今でも豊田会長を特徴付ける発言が出ており、ぶれない軸で会長職に臨んでいたことを改めて実感する。

2度目の自工会会長、自動車産業550万人を守る戦い

 豊田章男会長は、一度目の自工会会長退任時にオリンピック開催に振れていたが、まさか自分がそのときに会長を担当し、さらにコロナ禍による激震に見舞われるとは思っていなかっただろう。

 このころの自工会会見では、黒縁のメガネで登壇することが多く、個人的に2度目の自工会会長は「豊田会長、黒の時代」と名付けている。

 2度目の自工会会長では、2018年、2019年と景気回復や為替の安定もあり、自工会会見における豊田会長には笑顔が多かったように思う。100年に一度と言われる自動車産業の変革が見えてきたときであり、CASEへの取り組みを着実に行なっていた。2度目の就任初年度年末会見では、振り返り映像の1つにモータースポーツが登場。「モリゾウさんらしい映像だ」と思ったのを覚えている。

 その変革期に行なわれた2019年の東京モーターショーでは130万人の来場者数を記録。この際にはモリゾウ選手としても活躍し、クルマ好きの会長であることが広く認識された。

 本来は、これで自工会会長を卒業となるところであったが、2020年2月にコロナ禍が世界を襲う。移動を主体とする自動車産業は、販売・生産などすべての断面で危機に追い込まれた。そのため、豊田会長は3期目の続投となり、この危機に対応していくこととなった。

 緊急事態宣言が発令される中、自動車産業を日本の基幹産業と位置付け、「日本の基幹産業である自動車業界が復興の牽引役を担っていきたい」と意思を明確に発進。日本の自動車産業就労者約550万人を守り抜く強い意志を示した。

 2021年4月には、その年に開催するはずだった東京モーターショーの中止を発表。やや早い決断かと思われたが、オリンピックでの開催混乱を見るにつけ、自動車産業があの混乱に巻き込まれることがなくてよかったと思え、決断の正しさを痛感した。リーダーシップとは、ということを体で示していた。

 そして、その東京モーターショー中止と同時に発表したのが、「私たちのゴールはカーボンニュートラルであり、その道は1つではない」というマルチパスウェイの考え方。「敵は炭素」と結果目標を共有し、それにはさまざまな道筋があることを語った。

2024年5月からではなく、1月から体制変更することについて

 この2021年4月以降、豊田会長はコロナ禍と戦いつつも、守りから攻めへと転じる。カーボンニュートラルという社会要請に対し、視野の狭い意見や偏見への疑義を提示。実際にクルマを製造する立場から、さまざまな解決策を提示していく。

 現在は、かつてのようなバッテリEV一辺倒ではなく、合成燃料+PHEVのような流れも起きている。産油国では太陽光発電による水素製造の取り組みもはじまっており、未来にはさまざまな可能性が見えている。

 今でこそ、その可能性に気がついている人が多くなったが、わずか2年前を考えると、そうではなかったことを覚えている人もいるだろう。

 退任記者会見で2024年1月からの体制変更や、考えについて聞かれた豊田章男会長は、これまでの会長時代を振り返った。

豊田章男会長:新体制の1月の変更でございますが、私の気持ちは今日からバトンタッチをするという感覚でございます。元々私の自工会会長辞任は、約1年前に、私自身が属するトヨタ自動車の会長になったときに、(それ以前の段階で)自工会というのは執行トップで、またはCEOレベルの方々で運営すべきだというルールを私が提案し、決定いただきましたので、そういった以上私自身が会長になり、この職を続けるということはちょっとみなさま方からも納得がいかないんじゃないかと辞任要求をいたしました。

 そうしたところ1年間、どうしても引き止め策などがありまして。

 その間も、こうやって各日本の自動車産業のフルライン体制で、副会長を務めながら、日本には本当に二輪・軽・大型そして乗用、フルラインナップがあるというのが本当に世界にない強みだと思います。

 その強みを活かすためには、CASE技術初はじめ自動車業界に100年に一度の変化が起こっていく中で、その都度適材適所というか強みの方が引き受けるのがいいのではないかという議論がずいぶん進んだというふうに思います。

 そうしますと5月というスタート時期よりも、カレンダーが変わる2024年、特に物流は、2024年問題、2025年問題と言われているので、解決すべき課題にタイミングを合わせた形で、新体制でやった方がいいという感覚から1月のスタートにさせていただきました。

 そちらの方が自動車業界にかかわる550万人すべての方にとって、安心と信頼を得られると自工会トップのみなさま方と議論をして決めさせていただいたことでございますのでぜひともご理解いただきたいと思います。

 前回(2019年)の東京モーターショー以降、自工会の中の改革をずいぶん進めてまいりました。正副会長が乗用3社から出ていた輪番制みたいな形から、フルラインナップ体制にしたりだとか、理事会をスリム化して各社トップによる議論の場に考えてまいりました。

 それまでは各社合計30名ぐらい参加されたのを、各社からCEOレベルの方1名ということにさせていただき、ずいぶん議論が進んできたと思います。

 かつては形式ばった形の議論が中心だったのが、手前味噌ではありますが本当に本音に近い形、競争してる仲間たちが、変化の時代、協調の分野を真剣に議論する必要もあるということから、本音の議論ができる土台もできたんじゃないのかなと。

 それから、(自工会には委員会・部会が)全事業約300ほどございましたが、役割をもとに委員会・部会を再編いたしました。委員会も12にあったのを5個に、部会も55あったの30にスリム化しまして、理事会直下に置くことでガバナンスの強化もいたしました。

 そういうようなことから、今回7つのテーマを各副会長が主に担当されるリーダーを決定し、その下に委員会を付けておりますので多分サポート体制というか、そういう形で自工会全体がフルラインナップで回る体制ができ上がってきたと思いますので、みなさまから見てちょっと思っていること、あれと違うよというのは、ご指摘をいただければいいと思います。

 我々とにかく日本の競争力を上げたい、そしてそれには自動車業界を活用いただきたい。そして日本の自動車には550万人の雇用がかかっております。これをモビリティに変革することによって、550万人を850万人、引いては1000万人ぐらいの新たな雇用創出につなげられる最適な産業だと思っております。

 ぜひともこれからの自工会、片山新会長率いる、副会長がサポートする、これからの自工会の動きにご注目と、あとはご支援応援いただきたいと思っております。

過去、現在において自動車産業に本当に人生をかけてかかわっていただいた方が、未来には自分の場所ないよっていうのは、自工会会長としても、いちクルマ屋としても到底発言できる内容ではない

 また、退任会見では一番伝えたかったことは?という質問も出た。それに対し豊田会長は、自動車業界への思いも込めて回答。5年間の思いを込めて語った。

豊田章男会長:私自身カーボンニュートラル宣言から一貫して、私自身が特殊な能力があり、未来を見渡す能力があるわけではなく、私は現実をしっかり見ようと一生懸命努力をしたと思います。私が発言をしていた内容というのは、550万人の方々、そしてモビリティというもので恩恵をこうむっておられる方々が、その利便性とかその難しさとか、そういう現実をどう解決しながら未来につなげていくのか、その現実をしっかり見てきた結果がこういう発言になり、今年のG7では世界に先駆け、日本政府はマルチパスウェイ発言に変わり、ちょっと世の中動きも変わってきたんじゃないのかなと思います。

 やはり大事なことは、一般ユーザーがそれぞれのお国のエネルギー需要によって、みんなが地球温暖化に対して取り組もうよ、それにはそれぞれの国、それぞれの会社、それぞれが今の得意分野で、今できることをやる。それには、この日本という自動車産業は、本当にフルラインナップでグローバルに戦っている会社ばかりでございます。

 そういう意味では電気がない10億人の方々にもモビリティを提供している会社がありますし、3億頭の牛を活用し3000万台のクルマを動かそうという会社もございます。そんな言葉がこの日本をベースにしたときに、モビリティが今後も未来の変革に使えるということを、一番伝えたかったと思います。

 非常に残念ながら、時代遅れだと言われたり、周回遅れだと言われたり、いろいろなことは言われましたけれども、私を奮い立たせたのは、やはり550万人の方々といろいろな形で私は現場で接するときがございます。

 多くの記者の方も、その現場で実態を見ていただいております。そのことがなかなか伝わらなかった現実が、非常に残念でもありましたし、非常に悔しくも思いました。

 変化というものは時間もかかり、誰かを犠牲にすればいいというものではないと思います。みんなで未来を作っていくものだし、変化をするにはそれぞれのスピード感というのがあると思います。

 今まで、過去、現在において自動車産業に本当に人生をかけてかかわっていただいた方が、未来には自分の場所ないよっていうのは、自工会会長としても、いちクルマ屋としても到底発言できる内容ではございませんでした。

 そういう中において、その辺の理解が今みなさまも中心に進み始めた点、本当に感謝申し上げますし、ぜひとも我々はユーザー目線・市場目線で、我々の技術がどう役に立つか、どう未来につながるかという思いでやっておりますので、ぜひとも叱咤激励も含め応援いただきたいなと思っております。以上です。

自動車産業における7つの課題、豊田会長は経団連モビリティ委員会で取り組む

 上記の発言から分かるように、豊田会長は自動車産業で一緒に働いている仲間のためにこれまで働いてきた。自工会としては、以下の7つの課題を経団連のモビリティ委員会と共有しており、今後豊田会長は経団連モビリティ委員会の委員長の一人として、7つの課題の解決に向けて、バックアップしていくものと思われる。

自動車産業における7つの課題

1つ目が物流商用移動の高付加価値化・効率化
2つ目が電動車普及のための社会基盤整備
3つ目が国産電池・半導体の国際競争力確保
4つ目が重要資源の安定調達、強靱な供給網の構築
5つ目が国内投資が不利にならない通商政策
6つ目が競争力あるクリーンエネルギー
7つ目が業界をまたいだデータ連携

 ジャパンモビリティショーについても、経団連モビリティ委員会との関連を強化する方向を示唆しており、自工会を離れてもモビリティ産業という大きな枠でかかわっていくだろう。

 自工会の先頭からは離れる形となったが、2度目の自工会会長ではコロナ危機、カーボンニュートラルなど多くの課題について尽力してきた。その働きや戦いを表面的ではあるが見続けてきた者として、お疲れ様でしたと伝えたいし、ありがとうございますと感謝したい。

 なお、自工会会長退任会見を終えた豊田章男会長の週末はTOYOTA GAZOO Racing ラリーチャレンジにモリゾウ選手として参戦。日曜日にはヤリ-マティ・ラトバラ代表との対決も行なわれる。

豊田章男会長はモリゾウ選手としてTOYOTA GAZOO Racing ラリーチャレンジ豊田市に参戦。ラトバラ代表との対決も行なう